魔人の鉞

時事、歴史、宗教など、社会通念を独断と偏見のマサカリでスッキリ解決!  検索は左窓から、1単語だけで。

聖典を絶対視しないイスラーム学派があった

2014-02-11 20:09:51 | 宗教

「イスラーム帝国のジハード」 (『興亡の世界史6』、
小杉泰、2006、講談社)。

この本で一番驚いたのは、クアルーンは唯一神アラーのムハンマドに対する命令で
始まっているいうことです。クアルーンの冒頭は 「読め」 ! です。(56P)  
「イスラームは 『命令の体系』 であるから、信徒たちはその体系が法として示され
れば、国家や権力の介入もなしに、法に従う。ウンマ (イスラーム共同体) は法に
よって自律的に運営される」。(231P)
これは素晴らしいことのようでもあり、恐ろしいことでもあります。神との契約は
一方的な命令だったわけで、選び取って契約したものではない。また一神教は生まれ
てすぐ信徒にするわけで、考える暇もなく神に命ぜられるというわけです。
これでは人間精神の解放など永遠にあり得なくなってしまいます。このようなことを
私はとても受け入れられません。

イスラームはメディーナ聖遷以降戦えば勝つという勢いで、わずか20年ちょっとで
大征服を成し遂げました。領土拡大は大きな利益をもたらし、早くも第2代正統カリフ
・ウマルの時にその分配がイスラームにとって大きな課題になった、とも。(169P)
イスラームは防衛的なジハードだと主張するけれど、必ずしもそうではない面も
あったわけです。

大征服後の改宗は徐々に進んだもので、「コーランか剣か」 ということで改宗させた
というのは完全な誤りだそうです。ウマイヤ朝では異教徒が圧倒的に多く彼らと共存
したが、ムスリムの中ではコーランに反してアラブを優先しました。
アッバース朝になりムスリムが民族の別なく公平に扱われたため改宗が大いに進ん
だそうです。これは私が思ったとおりでした

アッバース朝第7代カリフ、マアムーンはギリシア文化の翻訳を奨励しました。
ギリシア哲学の合理的思考を取り入れたムウタズィラ学派を公認し、異端審問
までも開始しました。(234P)
ムウタズィラ学派がそれまでと異なっていた最大の論点は、神アラーと聖典クア
ルーンがともに永遠で絶対のものであるのはおかしい、神が全知全能で永遠なの
だから、クアルーンは創造物である、ということです。これはすばらしく合理的で、
クアルーンを 「不磨の大典」 とする弊害を避けることができた可能性がありま
した。
ところが保守的なウラマー (法学者) たちが頑強に抵抗し、3代後にムウタズィラ
学派は公認から外れ、ほとんど消滅してしまいました。これによりウラマーの権威
が向上し、聖典解釈の権限がウラマーにあることが社会的に確認されるようになっ
たということです。
これは上からの改革が失敗したということであり、いまトルコの世俗主義政権や、
エジプトの民族主義政権がイスラーム復興運動に揺さぶられているのと同じ構図
かもしれません。そしてそれは皮肉にも西欧流の民主主義の導入によって生じて
いるのです。
イスラーム復興運動は一般に原理主義と呼ばれ、穏健派から過激派まで幅がある
ようですが、厳格な聖典重視で残念ながら人間精神の解放には結びつきません。
個人的な聖典解釈で勝手に 「ジハード」 を行う過激な原理主義集団もあります。

ジハードは3つの側面があり、心のジハード、社会的ジハード、剣のジハード、と
されます。剣のジハードはいわゆる防衛戦争であり、ウンマ (イスラーム共同体) の
指導者、つまりカリフなど政教一致の統治者が発動すべきものだそうです。個人的
にそれを行うことは原則に反することになります。いまスンニ派にはそのような
統治者が存在しないので、個人がジハードと称して自爆テロなどを行なうことに
なってしまっているわけです。
小杉氏の言う多数派=「中道派」 が彼らを制御することができないのは残念な
ことですが、それが宗教というものかもしれません。

最後に、一夫多妻制は夫が戦死した寡婦の生活保障制度だといいます。(131P)
それはイスラーム草創当時の、迫害と戦っていた時代にはやむをえなかったかも
知れません。しかしメディーナ聖遷以降は戦えば勝つという勢いで、わずか20年
ちょっとで大征服を成し遂げるのですから、いつまでもそのような制度が必要だっ
たとは思えません。
ムウタズィラ学派の 「クアルーン創造物説」 が主流派になっていれば、人間と
しての男女平等といった、イスラームにとって革命的な新理論が生まれたかもしれ
ないのに、と思います。惜しまれることでした。
       (わが家で  2014年2月11日)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする