「テロリスト ワールド」 真鍋 厚著、現代書館 2016年。
スリランカで2019年4月21日に300人近くが死亡する大規模・同時多発テロが発生しました。イスラム国が犯行声明を出しましたが、イスラム世界からは初め型通りの哀悼声明があっただけで、その後は沈黙しているようです。
なぜ、何の罪もない人たちを殺害した犯人は地獄に落ちると宣言しないのか? それもすべてインシャラ-、神の思し召し次第だからですか?自分たちとは関係ない、というだけでは説得力はありません。
スリランカのムスリムに嫌がらせがある、というのは仕方がありません。殺すわけではないのですよ。
ムスリムは犯人と決別し被害者に寄り添うことができていますか?
それをしなくて被害を訴えても、とても共感はできません。単に甘えているだけではないですか。
深く考えればイスラムからの棄教もあるのではないですか? 考えていますか? ムスリムの皆さんは、どう考えているのですか? ただ関係ないというだけでは、憎まれても仕方がないと思います。
著者は、現代のテロの源流として日本赤軍の影響を指摘し、かつてイスラムには自殺同然の自爆テロなど考えられなかったとする。
アメリカのアフガン反政府勢力援助がテロリスト養成所になった、など詳細なテロリストワールドの展開を解説します。
ただ、冒頭の「テロの定義」には疑問があります。
テロの定義は人により千差万別、明確な定めがない、と言われている。
テロルとはフランス革命時に政権側が対立党派を粛清し恐怖に陥れたことが語源という。しかし、恐怖感を与えるかどうかは決定的なことではないと思われる。
指導者か否かを問わず直接に対象となる個人を抹殺することが目的であることも多い。
私の定義は、テロとは、
1. 政治的、宗教的、民族的、など何らかのイデオロギー、または経済的利害に基づき
2. 国家、または非国家勢力、個人が
3. 対立する国家や集団の構成者、またはその支持者と見なした非戦闘員や非武装団体、また問題への責任性がほとんど無い人に対して、
4. 暴力を行使すること
と定義したい。
この定義により、ローンウルフ型のヘイトクライムも、国家による民衆殺戮もテロに含めることができる。イスラエルのパレスチナ人に対するものは国家テロの典型である。
一般に国家対国家の戦いは戦争と定義されるが、公式に戦争と称することは決して多くない。対立する国家や集団の指導者個人への暴力行為は、テロか戦争行為か、判断が難しい。武装抵抗運動は多くの場合、戦争に含まれるが、テロと戦争はかなりの部分で重なり合う。
重要なのは、民衆や無関係者への暴力がテロであれ何であれ、許されないことだという一点です。スリランカの被害者の冥福を祈ります。