「1945 予定された敗戦」 小代有希子著、人文書院 2015。
著者は米コロンビア大学歴史学博士、2006より日大国際関係学部教授、という学者です。
そして1945の敗戦は当時の日本首脳部により「予定された」ものだと主張します。しかし学者であるにも関わらず、その根拠はまったく示されません。
「日本の指導者たちはこう予測したのだ。ソ連が対日参戦してくれば、アジア太平洋方面の戦争もアメリカの一人勝ちでは終わらない。そうすればアメリカが日本に代わる覇権国家としてアジアを支配することはできなくなる。そうした状況こそが敗北した日本が立ち直るチャンスと見たのだ。」(12p) というのです。
そうした思考過程は当時の指導者の手記、覚書などにはっきりと示されているというですが、そう予測したのは最高指導部の誰で、何に書いているのか、大部の著書のどこにもまったく書かれていません。仮に一部の軍人や官僚、民間人などがそのようなことをどこかで言っていたとしても、それが「指導者」の思考というのは明らかに誇大妄想です。
「朝鮮総督府・朝鮮軍は、日本の支配が長く続かないことを自覚していた。」(146P) これも大胆な推論ですが、本をいくら読んでも総督府・朝鮮軍がそういう自覚を持っていたことの証拠は見つかりません。幹部の中で一人くらいは密かにそう思っていたかもしれないが、全くの憶測です。終戦の直前まで、朝鮮を手放すということは日本人指導部の誰も全く考えておらず、いかなる会議でも議論になったという証拠はありません。
また「ポツダム宣言がアメリカとソ連の最終対決の始まりで、それはまた日本が戦争を終わらせるまでのカウントダウンの始まりであることを、最高戦争指導会議のメンバーは、おそらく合意し合っていたのだろう。」(235p)
恐れ入りますが、そんな合意が最高戦争指導会議の誰と誰の間で成り立っていたのでしょうか? 全員ですか? もしあったとしたら革命的な発見ですが、これも単なる憶測、著者の期待に過ぎません。何の証拠もなく、学問としては成り立ちません。司馬遼太郎ばりに、美しい誤解に満ちた小説を書くことをお勧めしたいところです。
ソ連の対日宣戦通知時に「東郷外相がマリクに語った台詞から、最高戦争指導会議の構成員がおそらく合意していたであろう一つの戦争終結計画が見えてくる。つまりソ連が参戦してくるまでは戦争を戦い続け、参戦してきたところで終結させるというシナリオである。」(246P)
これも著者の単なる憶測、期待に過ぎません。誰がそんなシナリオを考えていたのか、どこでいつ皆の合意ができたのか、何の証拠も示されていません。
致命的なのは、もし東郷外相や最高戦争指導会議のメンバーが仮にソ連が参戦するのは確実だと合意していたとしても、参戦がいつなのか、中立条約の期限終了と同時なのか、それより何カ月前なのか、間もなくなのか、誰も分かっていなかったということです。米ソ間の最高機密が簡単に分かるはずもないし、日本がその情報を把握したという記録も全くありません。
そのシナリオでは時間切れで本土決戦に突入してしまう可能性が十分にあります。沖縄戦のような悲劇が本土各地で起こり、いったいどれほどの犠牲が出るのか見当もつかないのです。そういう中でソ連が参戦するならば、いったいどういうことになるのか? 文字通りの1億玉砕になりかねません。それがシナリオと呼べる代物でしょうか? そんな悪夢を想定することはできるかもしれないが、そうなるように計画することなど、日本人としてまた人間として、できるものでしょうか?
かといって早期講和のためソ連に早期参戦させるような仕掛けをした様子もなく、むしろ早期参戦ナシと見込んで和平仲介を働きかけようとしていたのが実態です。著者はそれもソ連を欺くための演技と言いたいようですが、なんのために欺くのでしょうか。まるで意味不明です。
事実はそんな演技をしている場合ではなかった。軍は早々に引き揚げてしまって、満州の数十万人の入植者・一般人には何も知らせず、置き去りにしました。筆者はジェスチャーとして止むをえなかったと言います (311P) が、とんでもないことです。人間としてとうてい許されることではありません。
そして、もしソ連に参戦させ悪者にして講和する、というのが終戦のシナリオだったなら、なぜ終戦の詔勅にソ連の平和条約違反を書いていないのでしょうか。詔勅では「しきりに無辜を殺傷し」と言い、おそらく原爆のことを非難していますが、ソ連のことにはまったく触れられていません。これではアメリカを非難するがソ連はおとがめなしです。シナリオと全然違うように思えます。
つまるところ、筆者は何の根拠もなく「終戦は予定されたシナリオだった」「当時の日本政府指導者はよく考えて行動した」と主張しますが、下劣な小説以下の、ほとんどおとぎ話、絵空事の類です。そして国民の犠牲にはひとかけらの同情もない。
こんな人物が教授ですか? あきれたものです。こんなバカな本が図書館にあるのも実に不思議です。