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ボヘミアン・ラプソディ 【感想】

2018-11-16 08:00:00 | 映画


どうしても涙が溢れるのは、爆発的音楽の魔力に、フレディ・マーキュリーの生き様がそのまま重なるからだ。真実の自分にたどりついた男は、伝説の舞台で命の火を燃やす。クライマックスのライブシーンは、映画体験の極みだ。フレディ・マーキュリーが見た景色が、会場の観客たちが見た景色が、時代を超え目の前に広がり、放出される熱気を全身で受け止める。これほど贅沢な時間があるだろうか。例え、この物語がフィクションだったとしてもこの映画が持つ力は変わらない。約1週間が経過してなお興奮と感動の余韻が冷めない。至高の音楽映画だ。

Queenの名ヴォーカリストで45歳の若さで亡くなったフレディ・マーキュリー。彼が音楽活動を始め、伝説の「ライヴエイド」に参加するまでの道のりを描く。

昨今の日本市場におけるミュージカル映画は、もれなく大ヒットしている。その延長にあるような本作の日本公開は「いかにも」といった具合で、無名タイトルにも関わらず、半年以上前から劇場で予告編を流す異例のプロモーションを展開。「グレイテスト・ショーマン」を当てたばかりとあって、配給会社の鼻息の荒さを自分は冷めた目で見ていた。が、とんでもなかった。

そもそも本作はミュージカル映画にあらず。音楽をメインに据えたドラマ映画という表現が適当と思える。

フレディ・マーキュリーについては、筋肉と体毛を露出した白タイツ姿で歌う、ゲイっぽいミュージシャンというくらいの理解度。ただ、その独特の歌詞と抜群の歌唱力だけは認識していた。Queenの音楽は、海外ドラマ「glee」で知ったくらいのニワカだ。

本作はQueenではなく、フレディ・マーキュリーのドラマだ。青春期から見る彼の生い立ち、今のバンドメンバーとの出会い、生涯のパートナーとなるメアリーとの出会い、ミュージシャンとしての飛躍、バンドメンバーとの確執、ソロ活動、バンドへの回帰まで。当時の音楽シーンを席巻したQueenの華やかな活躍をベースに、その背景にあったマーキュリーの半生を追っていく。

Queenの名曲が誕生した瞬間を本作で目撃する。あらゆる発想を試し、1つの音楽に紡いでいく過程がワクワクして引き込まれる。メンバーのナチュラルな反応から発せられるユーモアと、音楽のアンサンブルが想像を超えたときの高揚感。短いカットでリズミカルに繋ぐ編集が秀逸で彼らの躍動を捉える。ほか、ライブシーンでのカメラワークを含め、卓越したテクニックが観る者を豊潤な音楽の世界に引き込む。

本作の海外レビューがイマイチ弾けないのは、描かれるフレディ・マーキュリーの姿が真実と離れているからという。本作のタイトルでもある「ボヘミアン・ラプソディ」は、マーキュリーが書いた衝撃的な歌詞から始まる。「ママ、たった今、男を殺してしまった」。歌詞だけなく、様々なジャンルの音楽を取り入れ、異形の音楽を生み出してきた人だ。新たな音楽を生み出す野心だけでは説明できず、音楽的才能とは別に、複雑な人間性が想像できる。1つの伝記映画としていくらでも掘り下げられたはずだ。

そこで本作がとった選択は、彼らの最大の功績である音楽と、時代を熱狂させたライブパフォーマンスを前面に据えることだ。これは大英断だったと思う。フレディ・マーキュリーを知らないので、映画のどこまでが事実か判断はできない。事実を知りたければ、ドキュメンタリーを見ればよくて、自分はこの映画の主人公に心を揺さぶられたのだ。音楽の迫力で誤魔化すことの多い音楽映画にあって、主人公のドラマが誠実に描きこまれているのが本作の特筆すべき点だ。

自身の外見、アジア系の血筋、性的マイノリティなど、派手な音楽パフォーマンスとは裏腹に主人公が抱える劣等感は大きい。傍らには常に孤独がある。家族、バンドメンバー、レコード会社関係者など様々な人間関係が描かれるなか、最も主人公に影響を及ぼすのはソウルメイトのメアリーの存在だ。恋愛から始まった2人の関係だったが、主人公の性的指向は同性に向かう。メアリーを愛する気持ちに偽りはない。「信じ合える関係がすべて」とする主人公に対して、それを受け入れられないメアリーとの距離感。他の男性と付き合い「妊娠した」という告白に、素直に「何てことだ」と失望で返す正直さ。マーキュリーの繊細な個性を体現するために、ラミ・マレックが起用されたのだと感じた。

愛と自身のアイデンティティーを探し求め、ようやく見つけた答え。しかし時を同じくして、性的指向ゆえの時代の不幸に見舞われる。バンドメンバーとの絆を再確認し、復活を高らかに宣言、人生最後の大舞台に挑む。冒頭のライブ会場に向かうシーンに戻る様子から、すべてはこのクライマックスを描くための助走だったようにも見える。そして巨大なカタルシスが襲ってくる。

「屋根がなければ空に穴をあける」
伝説の舞台で目撃するのは、主人公の魂のパフォーマンスだ。歌唱力のスケールとショーマンとしての才能に圧倒される。体はライブ会場に呑み込まれ、体温が上昇し、汗が滲み、震えをこらえる。予測値を超えた音楽の破壊力と、それを形づくった主人公の人生がシンクロする。「We are the champions」に込められた想いが、スクリーンからほとばしる。これほどの映画体験は本当に得がたい。映画が好きでよかった。

【85点】
コメント
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