珊瑚の時々お絵かき日記

夫と二人暮らし、コロナ自粛するうちに気がついたら中国ドラマのファンになっていました。

エアコン取り付け

2011年04月29日 | 日々のこと

娘の入居二日目、エアコン取り付けの業者がやって来た。

「名古屋から来ました」というイケメンのお兄さん、二人組みだ。

一人は話好きで気のいいタイプ、もう一人は無口で、まだ見習いと言う感じ。

 

取り付け作業は「そんなに時間はかかりませんよ」と言っていたけれど、実際はそうはいかなかった。

気のいいお兄さんが、エアコンをネジで取り付ける作業をしながら、あれ、とか、うう、とか言いながら、 留めたはずのネジを引き抜いては違う場所をさぐる。

それを何度か繰り返して、「この壁、ダメですね~」と申し訳なさそうに言った。

建物が古ければ、壁だって古い。

居住者が変わるたびエアコンを取り付け取り外す。それを何度も繰り返したために、壁の中がズクズクになっていて、ネジが止まらないのだそうだ。

そこで、何と言うのか知らないけれど、壁と天井の境目にある木の部分から金属の板をぶら下げてそこにエアコンを取り付けることになった。

車にその一式をとりに行くのは助手の無口なお兄さんの役目だったが、そんなものを載せているところを見ると、こういうことは、そう珍しくもないのだろうな。

そして、作業再開、気のいいお兄さんが、金属板を留めながら、「この壁、震度5くらい来たら持たないですね~、崩れるんじゃないかな~」と気楽に言う。

「え!」折も折、硬直する私達。

「あ、あの、それって、大きい地震がきたらこの建物が危ないってこと?」と、家族を代表して、恐る恐る聞いてみた。

「いや、ここの壁が崩れるっていう意味ですよ。中はぼろぼろですからね~。地震のときはこの辺から離れていたほうが良いかも知れないです」と、エアコンの辺りを指す。

そして「建物は・・・大丈夫なんじゃなかな~」と続いたので、「ああ、そうなの、それなら、まあ、そこにさえいなければ大丈夫よね」と、少し、ほっ。

すると、そこで追い討ち。

「建物はね~持ちこたえるんじゃないかな。でも古いからね~、まあ、建物まで行っちゃっても、ここは3階だから大丈夫ですよ。このまま下に落っこちるだけだから。1~2階は危ないけど」と、あくまで気楽に言う。

「ははは・・・」 引きつる私達。

1~2階の人には聞かせられない話だ。

 

話好きの彼、私達を恐怖におののかせたとは夢にも知らず、「もう、名古屋の観光はしたんですか?」と、無邪気に聞いてくる。

何か期待は感じたけれど、「あ、いえ、京都まで行っちゃったもので、京都を少し」と、つい正直に言ってしまった。

すると、彼が、「じゃあ、明日?」と聞く。

「とりあえず京都って言うのは、仕方が無いか」と、顔に書いてある。

「あ、いえ、私達今夜の飛行機で札幌に帰っちゃうんですよ」と、また正直に答えてしまった。

彼は、「あ、そうなんだ、まあ、観光と言っても名古屋は何もないですからね~」と笑顔で言ったけれど、心なしか、声に無念さがにじんでいる。

「息子が名古屋に住んでるから、前に来たとき、あちこち行ったんだよね」と、夫が慌ててフォロー。

「ああ、そうなんだ」と、彼の笑顔がぱっと明るくなった。

何ともわかりやすい。

 

それから、たわいない会話を交わしながら、無事作業完了。

イケメン二人組みは、来たとき同様明るく帰っていった。

帰り際、私達二人に「今度は名古屋でも、ゆっくりしてってくださいね」と、言うのを忘れない。

うう~む、郷土愛に溢れている。

今度来るときは、名古屋の「世界一のプラネタリウム」に行ってみよう。

 

さて、私達も、その夜の便で帰ってきたけれど、お兄さんの言葉が気にかかる。

冗談半分だろうけれど、多分。

空港まで送ってくれた娘に、「もし地震が来たら、とにかくあの壁から離れるように」と、しつこいくらい言ってはきたけれど、そのような事態が起きないように祈るばかりだ。

 

 

 

 

 


3DK!

2011年04月28日 | 日々のこと

4月1日をもって、娘は岐阜支店勤務となった。

転居先は岐阜から20分ほど電車に乗った辺りの社宅の3階。

通勤時間は、歩きも含めて40分もかからないそうだ。

そして、驚いたことに、何と3DKだ!

独身寮のワンルームから引っ越してきた身には、恐れ多いほどの広さだ。

地方都市ならではの恩恵だろう。

その代わり、古い!

社宅ゆえの宿命か、お化けがでてもおかしくないほど古い!!

今は、住んでいた人が退去するとき、ホームクリーニングを頼んできれいにして行くというのが常識になっているそうで、室内はごみ一つ落ちていなかった。

けれど、積年の汚れはどうしようもなく、あちこちに黒ずんで染み付いている。

昔の間取りだからだろう、引き戸が多い。

そして、そのすべてが開け閉めするたび、ガラガラとかキーッとか、結構な音を立てる。

夜はかなり気を使って開け閉めしなければならないだろうな。

でも、そんなことは何でもない。

3DKの広さは、すべてのマイナス面を吹き飛ばしてしまう。 

先週末にきた電話では、「家にいるのが楽しいのよねえ、きっと広いからかなー、何となく時間が過ぎちゃう感じ」と言っていた。

休日ともなれば、朝から出歩いていた子が、今はあまり出歩く気にならないとか。 

それは、まだあたりの様子がわからない、とか、片づけが済んでいないから、とか、まだ、友達や知り合いがいないから、とかいろいろ理由はあるだろうけれど、広い空間が気持ちにゆとりと落ち着きをもたらすのは確かかなと思う。

 

私も、以前の娘の部屋に泊まるのは、正直言って辛かった。

ベッド、小さな箪笥、冷蔵庫など、最低限の家財道具しか置いていなかったけれど、収納に収まりきらない衣類や本、小間物、溜まった新聞の束などで、部屋はいっぱいだ。

 何をするにも、何かをどかしてスペースを作って、それから。

そこに夫が入ると、もう空気すら足りない。

一泊したら疲労感でぐったりだった。

もうそんなこともないだろうな~、私も嬉しい

 

彼女は2DK分を日常居住区とし、独立した作りの1室を客間にすることにした。

この前、私達も泊まった部屋だ。

 

客間があると聞いて、それならと、お友達が次々と訪問を希望。

ゴールデンウイークも夏休みも予約済みだとか。

「民宿状態だよ~」と、嬉しそうだ

 

「その客間、客間のままに維持しなさいよ」と、釘を刺しておいたが、1年後、「時々客間、実は物置」になっていなければいいけれど

 

 

 

 

 

 

 


受刑者からの義捐金

2011年04月27日 | 日々のこと

法務省が、全国の刑務所や拘置所など刑事施設に収容されている受刑者らからの義捐金が送金されたことを発表した。

義援金は2800人の受刑者が、刑務所に入る際に預けた領置金や、作業報奨金から自発的に申し出たものだという。

それはとても尊い気持ちからだと思う。

でも、2156万円の金額、平均すると、一人7700円にもなるのだ。

それは、本当にみんな自発的に申し出たお金なのだろうか。

受刑者の作業報奨金は、信じられないほど少ないだそうだ。

一日働いて、わずか数百円だと、何かで読んだことがある。

汗と涙の結晶のようなお金だ。

受刑者の中には金銭的に恵まれた人もいるだろう。

けれど、出所しても仕事も住む場所も無く、身内もいない、いても頼れないという人が少なくないのではないだろうか。

そのため、すぐにお金に困って再び犯罪に走る人も多いという。

だから、そのお金は、普通の人の7700円とは全然違う、受刑者にとっては、絶対必要なお金なのではないかしら。

それを、見えないプレッシャーを感じて泣く泣く出したのであれば、とても切ないと思う。

もちろん、何万人もいるであろう受刑者の中の2800人だから、ほんとうに出したい人だけ出したのかもしれない。

それならば、とてもありがたいことだけれど。

 

 


あ、私のマイル

2011年04月26日 | 日々のこと

娘が5月中に一度帰って来たいというので、マイルを使って飛行機のチケットを予約した。

マイルは家族同士なら誰でも使えるので、一番貯まっている夫の口座から使うつもりだった。

娘と電話で相談しながら、ANAのサイトで、彼女の都合の良い時間の飛行機を調べる。

そして、幸いベストの便を予約できた。

それが、先週の金曜日。

今日になって、「そういえば、夫のマイルは、引き落とされていくらになったのかしら?」とANAのホームページの夫の口座を見に行った。

あら不思議、減っていない。

なぜ?予約したらすぐに引き落とされるはず。

ということは~、「え、もしかしたら!」と、慌てて自分の口座を見に行った。

減っている~、11000マイルが~

こつこつ貯めた虎の子のマイルが、残り7000マイルになっている。

ショック、間違えて私の口座のマイルを使ってしまったのね~~

ああ、どうしてこう粗忽なの 

期限はまだまだ先だったのに。

クレジットカード使用でもらえるポイントは、マイルとして、すべて夫の口座に毎月自動的に移行される。

マイルの有効期間は2年間だ。

だから、近々使わなければならないマイルがたくさんあったというのに。

 

レギュラーシーズンなら15000マイルのはずが、キャンペーン期間で、11000マイルだったのがせめてもの慰めだ。

はぁ~、苦労したのに・・・

パーマはマイルの貯まる美容院、ランチはマイルの貯まるレストラン、お買い物はマイルの貯まるショップで、マクドナルドやコンビニではマイルの貯まるエディで支払う。

涙ぐましい努力で貯まったマイルだったのだ。

仕方が無いわ、1から、いえ7000から出直しよ

 

 

 

 

 

 

 

 


ハマグリの湯豆腐

2011年04月25日 | 日々のこと

我が家では読売新聞をとっている。

土曜日の夕刊に、こぐれひでこさんという方の「食悦画帳」というコラムが載っていた。

そこで、池波正太郎の「そうざい料理帖」というエッセーに登場しているという「ハマグリの湯豆腐」が紹介されていた。

あまりに美味しそうで、読み終わった途端、材料を買いに出て作って食べたのだそうだ。

食べてみたら、「その美味しさと言ったら、ああ!気っぷのいい味だった」とのこと。

作り方はいたって簡単。

昆布を敷いて水を入れた鍋に、薄いいちょう切りした大根、ハマグリ、豆腐をいれて火にかけ、ハマグリの口が開いたらできあがり。

鰹節と刻みネギ、しょうゆを混ぜたたれでいただく。

残った汁でうどんを煮たら絶品だとか。

うう~む、やってみたい

私は湯豆腐が好きだ。本場京都で食べたことは一度しかないけれど。

明日の夕飯はこの湯豆腐にするぞと決めた。

 

さて、翌日、つまり昨日。

ハマグリを砂だしすることを考えると、ゆっくりしてはいられない。

午前中にとるものもとりあえずヨーカドーへ買出しに。

まずはハマグリだ。

お魚コーナーへ突進する。

ハマグリは・・・あらら、ない!

ガクッ、でも、めげない、ハマグリが無くてもアサリがあるわ。

大根、ネギ、肝心な豆腐も忘れず購入。

そして、アサリがリラックスして早く砂を吐いてくれるよう、足音にも気をつけて砂だしをした。

夕方、十分に砂だししたアサリ、こんぶ、薄くいちょう切りした大根、そして豆腐を鍋に入れて火にかける。

アサリの口を開いたところで、わくわくしながらまずは熱々のお豆腐を一掬い

う~む、ちょっと何かが足りないかな~、ハマグリとアサリの差が出ているのかもしれない。

まあ、私はお豆腐が好きだから、特に文句はない。

ところが、夫が、ネギを入れてくれと言い出した。

ええ~!と私。

しばし躊躇。

でも、、まあ、ネギはたれにも入っているわけだしまあいいか、と斜め切りしたネギを投入。

すると、調子付いた夫が、「鶏肉があったよね~」と上目遣いに言う

ありますよ、そりゃあ、常備してるもん。

だけど、鶏肉なんか入れたらアサリのだしが・・・。

「なんか物足りないんだよな~」と、夫。

開き直っている。

クッ、確かに・・・、仕方がない、邪道だとは思うけれど。

渋々で、鶏肉投入。

「それから、ほれ、あれ、あれ」と、また夫。

わかった、わかった、えい、ままよ。

えのき、シメジも続けて投入。

気が付いたら、なんのことはない、いつもの鍋に成り果てていた。

「気っぷのいい味」と筆者が絶賛している「池波正太郎の湯豆腐」は跡形もない・・・。

夫が悪い!あやつの食い意地が湯豆腐をただの鶏鍋に変えてしまったのだ

 

でも、そもそも、ハマグリをアサリで代用したのが間違いのもとだったのだろう。

きっとアサリのだしは、ハマグリのそれに遠く及ばないのに違いない。

ハマグリが無かった時点で諦めるべきだった。

そうよ、そうなんだわ、「もう一度、今度はハマグリを手に入れて絶対成功させるぞ」と、ぐっと拳を握り締めたのだった。

 

 

 

 

 


夫は赤兎馬ファン

2011年04月21日 | 日々のこと

夫はワインも飲むけれど、実は焼酎党だ。

若いころはビール党だったけれど、年とともに胃の膨らみが悪くなってきたようで、ビールが飲めなくなった。

それで、今は、もっぱら赤兎馬という芋焼酎を飲んでいる。

試飲をして買ったわけではない。

インターネットで、たまたま目に付いてお取り寄せしてはまってしまったのだ。

元はと言えば、特に三国志のファンというわけではないけれど、赤兎馬というネーミングが彼を惹きつけたのだ。 

 

ネーミングはかなり購買意欲に関係する。

サングレ・デ・トロもそうだけれど、ただの文字の羅列よりは、そこに何か魅力的な意味が含まれていたり、ドラマがあったりすると、どうしても惹かれるものを感じてしまう。

赤兎馬は、三国志の英雄関羽の愛馬だ。曹操から贈られた。

ここまで書いて、あら、ほんとうにそうだったのかしら?と不安になって調べてみた。

確かに、赤兎馬は 関羽の愛馬だった。よかった~

それにしても、何と良いネーミングだろう。

映画「レッドクリフ」では、長刀を自由自在に操って敵をなぎ倒す関羽、かっこ好過ぎて惚れ惚れしてして観ていた

その関羽の精悍な姿が赤兎馬という文字を見ただけで、目の前に浮かんでくる。

それだけで魅力的ではないか。

三国志ファンなら、いや、ファンでなくても、ちょっと買ってみようかなという気になってしまう。

もちろん、期待はずれの飲み心地なら2本目のお買い上げはない。

それどころか、不味いものに好きな名前を使われたということで、余計腹立たしく感じるだろう。

その点で赤兎馬は期待はずれではなかったらしい。

時々、浮気して違うものも飲んでいるけれど、結局赤兎馬に戻っている。

 あ、やだ、私は酒造会社の回し者ではありませんよ~

ただ、商品名って大事だなということを言いたかったんです。

そういえば、軽自動車のスズキのアルトは、「あると便利」と言う意味でアルトとつけたんだそうです。

ワゴンRは、「ワゴンもあーるよ」で、ワゴンアール。

「カンブリア宮殿」で社長さんがおっしゃっていました

 

 


ホイリゲでホイリゲ

2011年04月19日 | 日々のこと

さて、昨日の続きだけれど、 ウイーン郊外のホイリゲでウエートレスのおねえさんに勧められるまま、ホイリゲを注文してみた。

赤ワインよりはやや色目の薄いホイリゲワインが、持ち手のついたビールジョッキのような大きなグラスで運ばれてきた。

グラスのふちまで惜しげもなくなみなみと注がれていて、木のテーブルに置かれるとき、ちゃぷちゃぷと溢れてこぼれた。

おおお~と思わず歓声を上げてしまった私達。

何と気前の良いこと、さすが本場だ。

 

それを、ぶどう棚に囲まれた中庭のテーブルでいただいた。

甘くて美味しい 

夫は瞬く間に飲み干し、2杯目は普通のワインを注文していた。

酒好きには甘みが邪魔だったのかもしれない。

 

気持ちよく晴れた日の午後の3時頃、観光客は私達しかいない。

見廻すと、現地の人らしき初老の男たちが数人、若いカップルが一組。

ウエートレスのおねえさんも手持ち無沙汰だ。

そこへ、買い物袋を提げた白髪の老婦人が現れた。

おばあさんと呼んでも良いだろう。

おねえさんとも男たちとも顔見知りらしく、二言三言会話をしている。

そして、ゆっくりと一人で木陰の席に着いた。

おばあさんの両足にはサポーター、リユウマチか神経痛を患っているのだろうか。

その足で歩いてくるのだから、きっと住まいは近くなのだろう。

気持ちの良い昼下がり、一杯のワインをぶどう棚の下で楽しむおばあさん。

花柄のワンピースにカーディガン、手には買い物袋、頑丈な踵の低い古びた靴。

ああ、ヨーロッパだなーと思う。

 

やがて、ワインを飲み干したおばあさんは、おねえさんや男達に声をかけ、ゆっくりとした足取りで帰っていった。

家に着いたら、きっとお昼寝タイムだろう。

 

私が唯一美味しいと思ったワイン、ホイリゲ。

その味を、今もうはっきり思い出すことはできない。

だから、私のぶどうジュース割りワインが、同じような味かどうかは自信がないけれど、少しは思い出させる味なのではないかしら。

 

ああ、もう一度行きたくなってしまったなぁ。

 

 

 


私的ワインの飲み方

2011年04月18日 | 日々のこと

前回、私はワインの味がわからないと書いたけれど、実際のところ、美味しいと思ったことはない。

それなのに、なぜ飲んでいるかと言うと、少しくらい飲んだほうが健康に良いらしいということと、夫が一人で飲んでいるとつまらなそうだから、という理由

とはいえ、ワインを生のままではとても飲めない。

お高いワインなら美味しいのかもしれないけれど、経済状態が許さない。

そこで、私なりに工夫して飲んでいる。

いあや、工夫などといえるようなことではないか、ワインを葡萄ジュースで割るだけだ。

常温のワインと冷蔵庫で冷やしたジュースを半々くらいで割る。

ワインは、赤なら何でも良い。

でも、ぶどうジュースは何でもよくはない。へたをすると、水っぽくなってしまう。

色々試したけれど、私は、ウエルチのが一番美味しいと思う。

そこまでして飲まなくても・・・と思われるかもしれないけれど、美味しいのだ。

ワインだけなら渋くて飲めない。

ぶどうジュースだけなら甘すぎる。

その二つを合わせると絶妙に美味しいのよ

10年以上前にウイーン郊外のワイナリーで飲んだホイリゲワインみたいになるんじゃないかしら、と、思いついてやってみたのだ。

ホイリゲというのは、日本風に言えば造り酒屋のことを言うのだが、その年仕込んだワインのこともそう呼ぶだそうだ。

その年仕込んだものだから、飲める期間はとても短い。私達が行ったのは9月の末頃だったと思う。

ホイリゲの美しいお嬢さんは、ヤングワインと表現して、「今だけしか飲めないのよ」と、勧めてくれた。

迷わず、それを注文した。

 

ああ~、こんな時間に~!

大変出かけます!


サングレ・デ・トロ

2011年04月17日 | 日々のこと

岸本葉子さんの「幸せな朝寝坊」というエッセイ集を読んでいたら、もうそろそろ終わりという頃にワインの話題が出てきた。

岸本さんはもともとお酒が飲めない人なのに、32歳のお誕生日に仕事上お付き合いのある人から、なぜかワインをプレゼントされた。

それは、スペインのサングレ・デ・トロというワイン。

岸本さんは、飲みかけのワインを、ボトルの口にラップを巻いて輪ゴでとめるという荒業で保存しながら、数週間かけて飲んだ。

すると、あるとき、思いがけないことに気がついた。

目覚めがいい、朝が寒くない、手足に冷えを感じない、どうもそんな気がする。

それを読んで、私の目がキラランと光った。

私は長年冷え性に悩んでいる。

最近はいろいろ努力の甲斐あって、だいぶ改善されてきてはいるけれど、夏でも素足でいられない。

飛行機嫌いの理由の一つは、足の冷えが辛いからだ。

そこで、そのワインに俄然興味がわいたというわけ。

サングレ・デ・トロとはスペイン語で「牡牛の血」という意味だとか。

スペイン牛追い祭りだったろうか、男達を振り切りながら町中を奔り回る牡牛の群れが目に浮かぶ。

一口飲んだら、活力が漲り、血が身体の中をぎゅんぎゅん駆け巡りそうではないか。

とはいっても、そのワインを飲んだからと言って、冷え症が治るはずがないのはわかっている。

でも、一日グラス1杯のワインが健康によいということはよく言われているし、どうせ飲むなら、誰かが何か良かったよ~というのものを飲んでみたいというものだ。

 

そういうわけで、翌日早速近くの大型スーパーで探してみた。

あったあった、スペインワインのコーナーにほんとうにあった。

案外一般的なワインらしい。

 ポリフェノールを期待して、迷わず赤を買う。

マグロのお刺身も忘れない。

その夜、夫のお気に入りチリワイン、カベルネ・ソーヴィニヨンではなくて、このサングレ・デ・トロを飲んでみた。

お味は、夫によると、「よく言えばまろやか、悪く言えばピリッとしないけど、まあまあかな」というから、女性に向いているのかも知れない。

 私はといえば、実はワインの味はわからない。

ただただ渋い。

だから、ワインは夫の好みで選ぶ。

ということは、このワイン、飲み終わったら次はなさそうだ。

でも、いいの、こういう些細なことが結構楽しいのよ。

 

 

 

 

 

 


チューリップのあつもの

2011年04月14日 | 日々のこと

北国にもやっと春がやってきた。

我が家の庭にはまだかなり雪が残っているけれど、日当たりが良くて土がでているところではもうチューリップの芽が意外なほど伸びている。

花を見るまでそう長くはかからないだろう。

ところで、春になってチューリップを見ると、頭に思い浮かんできては私を悩ませる言葉がある。

「欝金香の羹」。

この言葉に出会ったのは、多分30年以上も昔のことだ。

浪漫の香りが立ち上ってくるような欝金香の文字。

うっこんこう、チューリップの別名だ。

羹は、よく見ると羊羹の羹だけれど、あつものと読む。

そして、「欝金香の羹」は「チューリップのあつもの」ということだ。

当時読んだ短編小説に出てきた。

多分主人公である女性が、増えて困ったチューリップの球根であつものを作ってみた、というくだりがあったのだと思う。

いや、もしかしたら、球根ではなく、花びらだったかも。

チューリップの球根できんとんを作ったという人の話と、混同してしまっているのかも知れない。

 

ところで、あつものって何?

調べてみると、お吸い物のことだとわかった。

つまり、「チューリップのお吸い物」というわけだ。

それならやはり球根だろうか。

百合根のしんじょのように作っておだしをかけたら美味しそうだ。

漆のおわんにチューリップの赤い花びらというのもなかなか素敵だ。

ところで、この不思議な食べ物、ほんとうに食べられるのだろうか。

材料はチューリップなのだから、作ろうと思えば簡単だ。

でも、食べてみる気になるかといえば、ならないだろうな~。

小説の中でヒロインの作ったチューリップのあつものを、誰か食べたのだろうか?

もう一度その小説を読んだら、そのあつものがどんなだったかわかるかも知れない。

でも、題名も作者も思い出せない。何だったんだろう・・・

そんなことを、つらつら考えるのだけれど、チューリップの花が終わった頃には忘れてしまう。

でも、翌年チューリップを見ると、また思い出して・・・という感じなのだ。

 

ところがこの前、そうだ、インターネットで調べてみればいいんだと思いついた。

でも、知られた作品とも思えないからわからないだろうな~と、だめもとで検索してみた。

そうしたら、なんと、ヒットした。

あるブログに、横溝正史の短篇に「薔薇と欝金香」というのがあって、その中に、「チューリップの羹」というのが出てくると、書いている方がいらっしゃった。

えええー、横溝正史だったのー!

私は、何となくだけれど、純文学系じゃないかと思っていたから、意外も意外、想定外だ。

でも、確かに「薔薇と欝金香」というタイトルには憶えがある。

ような気がする。

それに、考えてみたら、私、純文学なんて読んでいなかった。

でも、横溝正史なら殆ど読んだわね。

そうかぁ、横溝さんだったのねぇ。 

長年の謎が、いとも簡単に解けてしまった。

インターネットって凄い!

 

 

 

 

 


ホワイトアスパラガス 2

2011年04月13日 | 日々のこと

アスパラガスの産地北海道でも、ホワイトアスパラガスとなると、そうお目にはかかれない。

だから、見たら買う。

買わなければ、来年まで食べられないかも知れない。

いや、来年だって食べられるかどうかわからない。

私は、ホワイトアスパラガスが大好きなのだ。

買わずにいられようか。

さて、よくよく吟味し、3本入りをこの際だから3束買った。

割り当ては夫に1束、私に2束かな。

レシピはきわめてシンプル、下3分の2の皮を剥いて、茹でてマヨネーズで食べる。

それだけ。

そういえば、「あるこほーるどりーむ」で、フランスだかイタリアだかの地元の人の食べ方が紹介されていた。

茹でたホワイトアスパラガスとゆで卵をお皿に乗せる。

そのゆで卵をフォークで細かく崩し、塩、酢、オリーブオイル、コショウなど、好みの調味料を加えソースを作る。

そのオリジナルソースでアスパラを絡めて食べるというものだ。

やってみようかなとちらっと思ったけれど、マヨラーの私は、マヨネーズで十分だ。

ただし、マヨネーズはキューピーじゃなきゃダメだけど。

本当は赤い網目の元祖マヨネーズが好きなのだけれど、メタボな我が家はコレステロールを減らすというデフィだ。

さて、グリーンアスパラの2~3倍ほどの時間をかけて茹でたホワイトアスパラを食卓に並べて、赤ワインもそえた。

私はその独特の甘さとわずかな苦味、舌にとろけるような食感に舌鼓を打ったけれど、夫からは何の反応もない。

ホワイトとグリーンの区別がついていないのかしら?

そもそもアスパラガスだと気づいていないのかも?

まあ、いいでしょう。

おいしいおいしいとパクパク食べられたら、あっという間に無くなってしまうものね。

さあ、今年は食べたぞ、ああ幸せ。

もう一度スーパーに並んだら儲けものだ。

 

 

 

 

 


ホワイトアスパラガス 1

2011年04月12日 | 日々のこと

ANAの機内誌「翼の王国」だけれど、娘の引越しの手伝いで3月に行って、4月に帰ってきたので、帰りは号が新しくなっていた。

新しい号の「あるこほーるどりーむ」は、レストランを経営している日本人女性のエッセーだった。

「ホワイトアスパラガス」というタイトルに惹かれて読み始めた。

筆者はレストラン経営の合間を見ては世界中を旅しているというから、なんとも羨ましい。

あるとき、彼女がフランス、イタリアだったかも知れないけれど、そのあたりの地方の町へ行ったとき、季節はホワイトアスパラガスのシーズンだった。

ホテルの近くの市場ではいまや盛りのホワイトアスパラガスが、山盛りに売られていた。

筆者の近くに立っていた主婦らしき中年の女性が、買い物籠を握り締め、ホワイトアスパラガスの山を睨むように見ている。

彼女は頭の中では、家族の人数と目の前の一山、その金額とが繰り返し繰り返し巡っているらしい。

やはり、ホワイトアスパラガスは洋の東西を問わず希少で高価なものらしい。

その主婦はやがてホワイトアスパラガスを一山買って帰ったのだが、その夜の食卓は春の香りでいっぱいだったことだろう。

ああ、私も食べたい、ホワイトアスパラガス。

でも、まだ早いわね。

 

帰宅して冷蔵庫を開けるとほとんどからっぽ。

出かける前の2~3日で、冷蔵庫の中のものを食べつくして出かけたんだっけ。

翌日冷蔵庫を一杯にするべく買い物に出かけると、野菜コーナーに、ホワイトアスパラガスがほんの数束並べられていた。

おや、シーズンには少し早いような、どうしたんだろう。もしかして、私の気持ちが通じたのかしら?

 

北海道はアスパラガスの産地として知られているけれど、大概のお宅でも庭に数株は植えている。

我が家でも5~6株はある。そして、春から夏にかけては毎日収穫して新鮮な味を堪能している。

でも、ホワイトとなると話は別。

グリーンとホワイトはもともとは同じものだけれど、ホワイトにするために土に埋めるなど日が当たらないように手間隙かけて育てなければならない。

そのうえ、痛みが早い。

まさに深窓の令嬢なのだ。

放任主義の我が家などでは到底無理だ。

そういうわけで、農家でもそうたくさんは作られていない。作られているものの殆どは贈答用だという。

我が家の近くのスーパーに置かれるのは、年に1~2度。

それも、シーズンがきたら毎年あるというわけではなくて、あたかも農家さんの気まぐれのように、売っていたり売っていなかったりする。

贈答用に使えなかった分があるときだけ、スーパーに廻しているのかも知れない。

 

あ、もう出かける用意をしなければ。

 


ボトルりんご

2011年04月11日 | 読む

ANAの機内誌「翼の王国」に「あるこほーるどりーむ」という2~3ページほどのシリーズがある。

3月号は「ボトルりんご」という作者は名前を忘れてしまったが外国人の作品だった。

ちょど収穫時という時にタイミング悪く骨折してしまったりんご園の主の話だ。

 

一年で一番大事なときに骨折するという夫の自覚の無さに奥さんは激怒、骨折の理由が酒場で足を滑らせてというのだから、無理もない。

リンゴ園の収穫作業は、働き手を失って、奥さんの肩にずっしりとのしかかることになる。

そこで、園主である夫は、あるものを使い、短い休暇を楽しんでいたスキーインストラクターたちを駆り出し、収穫の大仕事を見事乗り切るのだ。

そのあるものとは、ボトルりんごと呼ばれる主手作りのアップルモルトのウイスキーだ。

それは、見たところ、何の変哲もない、ウイスキーなのだけれど、そのボトルの中になぜかりんごが丸ごと一個入っているのだ。

ラムネのような感じだろうけれど、ラムネの玉とりんごでは大きさが全然違う。

なんとも不思議だ。

 

 その不思議なボトルりんご、作り方はこうだ。

 りんごの芽の剪定時に、程よい芽に適度なボトルをさかさまに被せるように周りの枝などに縛り付けて固定する。

すると、芽がボトルの中で育っていってりんごの実をつける。

あまり大きくならないうちに摘み取ると、見事にりんごはボトルの中に。

そこへウイスキーを注ぎいれ2ヶ月ほど熟成させると、アップルモルトのできあがりだ。

このボトルりんごのウイスキー、これ1本で、大の男が休暇を投げ出し果樹園労働を買って出るほどの絶品なのだ。

 

でも、これがエッセーなのか小説なのかそもそもはっきりしないから、ほんとうに作れるものなのかどうかわからない。

私は、りんごが生っているのをつぶさに観察したことはないから、単純にりんごの実といえば垂れ下がって生っているような気がする。

この場合、りんごは逆立ちしながら育っていくわけだけれど、あり得るのだろうか?

りんごの頭の部分についている枝というかあの部分が、育っていく実の重さに耐えられるのだろうか?

さかさまのボトルの肩に乗っかって育って行くならば、実には傷がつくと思うし・・・。

もしかしたら、翻訳の間違えじゃないのかしら?

ボトルは下にぶら下がるように固定するんじゃないのかしら?

でも、それなら、雨が壜の口から入ってしまうかな~。

それに、挿絵に逆立ちのボトルが描かれているから、やっぱりこれでいいんだろう。

うう~む、このボトルりんご、ほんとうに作れるものなのかしら?

我が家にりんごの木があったら作ってみたい。

でも、りんごの木はないのよ、ああ、残念

友人の顔を思い浮かべてみる。

りんごの木を植えている人はいないな~

余市の果樹園にメールで提案してみようかしら。

でも、迷惑がられそう

 

さて、そのボトルりんごは、インストラクターたちの報酬となった3本で終わった。

彼はボトルりんごを、リンゴ園の端っこの自分専用の木でほそぼそと作っていたのだけれど、収穫の時期を逃すとりんごが大きくなりすぎてボトルを割ってしまう。

そこまで奥さんが気を配ってくれないだろうから、ボトルは全部割れているだろうと諦めていた。

すると、なんと奥さんが丁度良いタイミングで全部収穫してくれていたのだ。

奥さんの夫への愛情か、ボトルりんごの思わぬ価値に気づいたからなのか。

両方でしょうね。

 

 

 

 

 

 


旅行は国内で

2011年04月07日 | 国内旅行

5月にカンボジアのアンコールワットへ行く予定だった。

世界遺産アンコールワットへはいつかきっと行きたいと思っていたから、たまたま日程も都合よく、予算もお手ごろのツアーを見つけて、2月から予約していた。

そこへこの大地震だ。

2ヶ月間は大きな余震が起こる可能性があるそうだし、原発の事故は一向に収束に向かわない。

万が一、旅行している間にまた何かあって飛行機が日本に飛ばなくなったりしたら、帰って来れなくなるかも知れない。

最悪の事態とはどういうことを言うのかわからないけれど、何があっても子供達が避難のために帰ってこれる我が家を守らなければ、なんて大げさかしら。

旅行したいという気はあるけれど、海外までは行っていられない。

それに、こういう時だ。

どうせお金を使うなら国内で使うべきだろう。

そこで、旅行は当分国内旅行にしようということになった。

若いうちは遠い外国へ、年をとったら国内へと考えていたから、国内に行っていないところはたくさんある。

とりあえず、銀山温泉なんかどうだろう。

 

今日旅行会社にキャンセルの電話を入れたら、私がキャンセルしてもしなくても、催行されそうもない様子だった。

私達だけでなく、キャンセルしている人が相次いでいたのかも知れない。

 

 

そういえば一昨年だったか、一度アンコールワットに旅行をしようとしたことがある。

カンボジアのビザも取り、容易万端整えてその日を待っていた。

ところが、降って湧いたような新型インフルエンザ騒ぎ、泣く泣く諦めたんだっけ。 

アンコールワットには縁がないのかな

 


新幹線

2011年04月06日 | 国内旅行

本州の人には意外かも知れないけれど、北海道には新幹線に乗ったことがないという人が結構いる。

なぜかと言えば、北海道から本州へ行こうとしたら、目的地がどこであれ、まずは飛行機で近場の空港へ飛んでしまうからだ。

娘が東京へ転勤になってしばらくして京都に遊びに行くとき、飛行機で行ったら同僚に呆れられたそうだけれど、その頃は新幹線で行くという選択肢は思い浮かばなかったのだという。

その後出張にもたびたび出かけるようになり、どこに行くにも新幹線や電車で行くことに慣れたそうだ。

 

そんなわけで、私も新幹線に乗ったことは2度しかなかった。

一度目は高校の修学旅行でだった。

あまりに古い話で憶えていないけれど、多分、東京から大阪まで「こだま」に乗ったのだろう。

車窓から電信柱が飛んでいくのを見ておおはしゃぎしたことを思い出す。

2度目は息子が結婚を決めたとき。

今は嫁となったお嬢さんのお宅へご挨拶に伺った帰り、京都まで足を伸ばして「ひかり」に乗った。

3度目となる今回は、東京から京都まで、京都から名古屋まで「のぞみ」に乗った。

 

乗ってみれば、乗り心地は他の電車と大差はないわけで、これはやはり顔を見なければと、降りてからカレが走り出すのを待った。

す~っと滑るように走り去るカモノハシを見て、やっと、「おお、新幹線だ~」と実感していたら、夫が、「満足したか?」と訊いた。

ほとんど子供だ

でも、やはり、新幹線に乗ることは、北海道人にとって特別行事なのだ。

 

次は東北新幹線だけれど、乗れるのはいつの日だろう?