珊瑚の時々お絵かき日記

成長した二人の子供は独立、夫と二人暮らしになった主婦の日々。

母が旅立ちました

2014年09月27日 16時30分06秒 | 母のこと

今月19日、母が旅立った。

最後の10日間程は、肺の機能が低下していたのだろう、

息遣いが荒く苦しげで、見ているのが辛く、早く楽になってほしかった。

それなのに、母の呼吸が止まりかかると、

「母さん、息して!もう一度頑張って!」と必死に呼びかけてしまう。

それが聞こえるのだろうか、そのたび、母は苦しげに息をする。

母を苦しめているだけなのかも知れないのに、呼びかけずにはいられない。

それを繰り返しながら、脈の間隔がだんだん長くなっていく。

そして、遂に消えてしまった。

偶然なのか、父のお墓で、「早く母さんを迎えに来て」と祈った翌々日だった。

 きっと迎えに来た父に手を取られて、真っ直ぐ前を向いて行ったと思う。

弟が涙ぐみながらぽつんと言った。

「今日は俺の誕生日だ」 

本当に、そう言われればそうだ。

父は、この日を選んで迎えに来たのだろうか。

何だかそんな気がする。

 

葬儀は家族葬で行った。

何もいらないから、お花を多めにして下さいとお願いした。

弟と私の家族、ごく近しい親戚、母のお友達、それだけのつもりだったけれど、

弟の職場のお友達が何人も来てくださり、思いのほかにぎやかになった。

何よりも、弟が職場で皆さんと良い関係を築いていることが よくわかって

母も安心したことと思う。

出棺の時は、タバコをひと箱、おやつにピザを一切れ、りんご、みかん、

父へのお土産にアンパンを入れた。

後で思いだすと、まるで遠足のようで、少し可笑しい。

葬儀屋さんの方が、

「美人さんだったでしょう?こんな綺麗なお顔のご遺体は久しぶりですよ」

と言ってくださった。

その言葉は、母に聞こえただろうか。

子供や孫に見守られ、たくさんの花に飾られて、母は旅立った。

とてもささやかな葬儀だったけれど、私たちは満足だった。

 

 

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母の入院 10 病院からの電話

2014年09月17日 19時47分17秒 | 母のこと

家に入った途端に携帯が鳴った。

母の病院からだった。

「一日一日と悪くなっています。そう長くはないと思います」

先生のその言葉を、聞く前にわかっていたような気がした。

電話を受けた時、母に会いに病院へ行って帰って来たところだったのだ。

眠っているようだった母の目が、ここ何日か開いている。

見ているという開き方ではなくて、瞼を閉じる機能がなくなったかのようだ。

父の最後の頃がそうだった。

父はまだ59歳だったから、生命力が強かったのだろう。

その状態が何日も続いた。

母が、目が乾いて辛いだろうと言って、瞼を閉じてあげても自然に開いてしまう。

その目を見ているのが辛いと言って、母が開いた目の上にガーゼを載せて塞いでいた。

そのことを思い出していた。

私も母の目を塞いであげようかと思ったけれど、

顔に布を被せることに躊躇があって、できなかった。 

呼吸も荒い。 とても辛そうだ。

肺がふさがったのだろうか。

「かあさん」、何度か呼びかけてみる。

もちろん、反応はない。

はぁはぁという息遣いを聞いているのも辛い。

「もう少しだよ、頑張って」

思わずその言葉が出た。

でも、何がもう少しなのか?何を頑張るのか?

自分で言っておいて、わけがわからない。

本当は言いたい。

「頑張らなくていい、もう楽になって」

 

「これはというときになったら、夜中でもご連絡しますか?」

先生がそう訊かれたのは、我が家から病院まで1時間近くかかるとご存じだからだ。

連絡しても間に合わないかも知れませんよ、という意味を含んでいるのだと思う。

それでも、「そうしてください」とお願いして、電話をおいた。

 

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町内会のジンパに参加しようかな

2014年09月16日 10時01分14秒 | 日々のこと

町内会のジンギスカンパーティー開催のお知らせが回覧されて来た。

町内のほぼ真ん中にある公園で、毎年開催されているそうだ

今までは興味もなく、見向きもしなかったけれど、これからはちょっと違う。

お仕事を辞めて、毎日が日曜日だ

交友関係も、否応なく変わってくる。

心を入れ替えて、ずっと不義理だった町内会にも顔出ししようか。

子供たちが小さいときに親しくしていた、今風に言えばママ友たちにも久しく会っていない。

彼女たちが参加するかどうかはわからないけれど、ほぼ同年齢だから、

心情的にも相通じるものがあって、一人や二人は出てくるのではないかしら。

気持ちの変化って不思議だ

何となく鬱陶しかったご近所付き合いが、さほど鬱陶しいと思わなくなっている。

言い換えれば、近所付き合いが鬱陶しかったのは、職があるという強みからだったのかも知れない。

回覧板の申込書に二人分の名前を書いた。

 

先日のオータムフェストで同時開催されていた写真展の中の作品。 

木の枝の影が入ってしまったのが、とても残念。 

この白熊、可愛すぎる~

この一瞬のキメポーズ、カメラマンさん、天晴れ

これって、著作権の侵害になる?

 

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退職しました

2014年09月14日 15時14分47秒 | 思う

二十数年お世話になった職場を退職しました。

いかにも働いてきたという言い方ですが、実際は月の前半の8日~10日、一番短い日数のパートでした。

最長の人はフルタイムの準社員ですから、それに比べれば気楽なものでした。

この私たちの働き方は、古くから居た人への特例で、

会社の方針はすべての人を準社員にするということです。

だから、私の後は、月の後半を担当していた人がそのまま引き継いで、フルタイムになります。

採用時の条件だそうです。

彼女の仕事は今までの倍になるわけですが、若さですぐに慣れるでしょう

最後の日、彼女と引継ぎの作業をした後、

机やロッカーの中を整理、貯めこんでいた不要な書類やメモを裁断機にかけました。

これに結構な時間を使い、思ったよりも忙しい日になりました。

丸井さんで買った小さなタオルを一人一人渡して、お別れをしました

そうこうしている間に、この間転勤になった私のお気に入りの社員のかたが、

わざわざ電話をくれたのは感激でした

最後にわざわざ会議室に移動して、ご挨拶をさせていただきました。

みなさんのお気持ちで素敵なお花と御餞別をいただきました。

私のイメージで作っていただいたのだそうです

とっても素敵、何て嬉しいんでしょう

感無量ってこういうことかな

でも、涙は出そうででません。

いずれにせよ、あと半年で定年という事実が、私を吹っ切らせているようです。

かえって、あと半年後と思っていた皆さんのほうがショックのようでした。

私の存在って、きっと玄関の下駄箱の上に昔からあった

木彫りの熊のようなものだったんじゃないかと思います

特に気にしていないけれど、あるのが当たり前みたいな。

特に比較的年配の人たちには、まだあの人がいるという、

年齢の防波堤でもあったんじゃないかと思います。

 

皆さんへの感謝の言葉を口にしているうちに、

「仕事に未練はありませんが、皆さんとお別れするのが本当に寂しいです」

と、つい本音がでてしまいました。

「仕事に未練はありませんが」は言わなくてもよかったかなと反省です。

送別会のお話をいただきましたが、母の状態を思えば、とても予定は立てられません。

「忘年会か新年会に呼んで下さい」と、今は辞退させていただきました

それでも、親しい人たちが個人的に飲み会をしてくれました

それなら、急に私が行かれなくなっても、女子会をしたと思えばいいですものね。

あとは、制服を返さなければなりませんが、当日まで着ていたので後日ということになります。

破棄するので、洗濯機で洗っただけで良いとのこと、クリーニング代が浮きました。

制服を返しに行く日、その分でお菓子の差し入れをしようかと思います

 

ほんの少し、心に穴が開いたような気がします。

でも、すぐに塞がるはずです。

半年早くなっただけなんですから。

 

 

 

 

 

 

 

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さっぽろオータムフェスト2014、〆はオムパフェ

2014年09月13日 21時40分52秒 | 食べたり飲んだり

母の病院の帰りに、大通公園で開催されている「さっぽろオータムフェスト2014」に

行ってきました。

昨年は急な雨に降られた記憶がありますが、今日は快晴、そよ風が気持ち良くて

まさに食べ歩き日和。

とにかくスゴイ人出。

並ばずに買えるものはありません。

じっと我慢で並んでゲットした厚岸の焼き牡蠣、

美味しかったのですが、後で反対側のブースに

牡蠣のガーリックバター焼きがあるのに気が付きました。

そっちのほうが美味しそうだったな~

 

左は牛すね肉のワイン煮込み

注文する人が多かったので、私たちもつられて食べてみました。

柔らかくて美味しかったです。

右はチーズ入りオムレツ、まあ普通のオムレツでした。

 

食べるときはこんな感じ、

座る場所を探すのにまた一苦労です。

 

人の多さに疲れてしまって、早々に退散しました。

でも、これだけでは帰れません。

大通りに行ったら、「きのとや」でオムパフェです

 

いつものように、食べかけです。

どうして、食べる前に写真を 撮るのを忘れるんでしょうね~

生クリームの下にはお餅とあんこが隠れているんですよ

ああ、満足

 

 

 


年貢の納め時、お仕事辞めます

2014年09月01日 19時35分27秒 | 思う

いろいろあって、といっても、別に個人的に嫌なことがあったわけではないのよ。

今はどこでもそうだろうけれど、少数精鋭のメンバーでやっていきたいという

会社側の理想が、着々と現実になって来ている。

要求されることが多すぎて、

私のような過去の遺物にとっては、どんどん働きづらくなっている。

「これからはこれもやってもらいます、あれもやってもらいます」と、軽く仰る。

そりゃあ、ほかの人にできるなら私にだってできるわ、多分・・・

でも、頭痛がしそう

どうせ、来年の3月で定年だし、運転にも自信がなくなってきている。

母のこともあるし、冬を越すまで待つこともないかなと思うのが人情でしょ。

心が決まったら善は急げ、早速上司に退職したい旨を伝えに行った。

向こうも、私のような存在は使い辛くて不自由を感じていたのだと思う。

あっさり承知してくれた。

ねえ、少しくらい引き留めてくれてもいいんじゃない、

若干不満だったけれど、それは私の勝手な思いよね。

一応円満退職だ

それでまあ、良かったのだけれど、今月は働かなければならない。

辞めるとなると、一日も嫌だわ

ああもう今日で辞めたい

でも、引き継ぎもあるし、そうはいかないよね・・・

 

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