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No1119『天国の門』~19世紀アメリカ西部の知られざる悲劇~

馬、馬、馬である。
怒涛のように、何十頭もの馬が駆けていくひづめの音が
いまだ頭の中で鳴り響いている。

キネマ旬報の「映画検定公式テキストブック」の年表に
「1981年マイケル・チミノ監督『天国の門』大コケ。」とある。
映画を観たばかりの人間からすれば、
こんな失礼な書き方しなくてもと思う。

確かに、当時、予算も撮影期間も大幅に超過、
製作費は当時のレート換算で約80億円!
219分の当初のヴァージョンは批評家、観客から酷評され
149分に切り刻まれての公開。
結果は惨憺。興業的にも大惨敗。
名門ユナイテッド・アーティスツ社は大きな負債を負ってMGMに買収される。
そんな呪わしい話で、この映画が語り継がれてきたのは事実。

でも、今般、チミノ監督自身の監修によるデジタル修復により
219分の完全版が、30年ぶりによみがえり、公開に至った。
これをスクリーンで目にできる幸せ。
会社が火の車になるのを覚悟で、日本で配給してくれたboidに感謝。
この1本を観ただけで、当分映画を観なくてもいいほどの充実感。

描かれるのは1892年に実際に起こった「ジョンソン郡戦争」。
合衆国西部ワイオミング州で、
ロシア・東欧系の移民が増え続ける中、
新規入植者達により土地が奪われることを嫌がった大牧場主たちが、
家畜泥棒の疑いを移民たちにかけ、
泥棒を一掃するとの名目のもと、
テキサスからガンマン達を数十人雇い入れ、
「合法的に」処刑しようとする。
移民たちは自警団を結成して対抗する。

映画は、実際の史実に加筆し、若干の誇張もしているとはいえ、
牧場主たちは、いずれも罪を問われずに終わったらしい。
こんな史実があったなんて知らなかった。

映画の終盤、移民たちとガンマンたちの大戦闘に圧倒される。
何百頭もの馬がものすごい勢いで駆けまわり、
カメラは地面すれすれから、土煙いっぱいの戦いぶりをとらえ、
鮮烈を極める。
女達までもが銃を握り、勇敢に戦う。
弱者対強者…
合衆国の旗を手に、国をバックにつけた牧場主側の勝利を気取った表情が
なんとも憎々しく、民主主義の不在が痛烈に浮かび上がる。

前半では、事態が深刻化する中で、
イザベル・ユペール演じる娼婦エラと、
保安官ジム、殺し屋ネイサンをめぐる三人の恋模様がゆったりと描かれる。
エラにべた惚れのネイサンを演じる
クリストファー・ウォーケンのかっこよさと愛くるしさ。
どこか憎めず、切ないのは、若さゆえの正直さと率直さのゆえか。
エラにふられて、別れを告げるシーンのすてきなこと。
男装した麗人と思うほど整った顔つきだった。

恋敵でありながら、ネイサンがいつしかジムに対して育んでいた友情、
きっと、大好きなエラを、ジムなら託せると、彼は思ったのかもしれない。

エラは、ネイサンもジムも愛していて、3人を結ぶ不思議な絆。
気丈で、かわいくてしっかり者のエラがすてき。
イザベルって、こんなに可愛かったんだと再発見。
川で裸で水に顔を浸したり、本当に生き生きした表情で、
ネイサンでなくとも、じっといつまでも見つめていたくなるほど魅力的。

ジェフ・ブリッジス、ミッキー・ロークと、脇役もいい味を出していた。

暗い室内に窓や扉から入る光の美しさに息をのんだ。
広い室内で、エラと保安官ジムが踊る姿のきれいさ。
草原を馬に乗って走っていく時の、近景で映る草花や緑の美しさ。
遠景の山々のきれいさ。
室内の暗闇、差し込む光に浮かぶ埃、
戦場の土煙、火薬の煙、川を渡る水しぶきと、
カメラのすごさに目を見張る。
ぜひスクリーンで観て!と強調したい。

冒頭、大学卒業式での大舞踏会や、保安官が街に着いた時のにぎやかさと
騒がしいシーンもあれば、
静かなシーンもある。
最後は、こんな大西部活劇になるとは、思いもよらず、
3時間半はあっという間。
最後、自決する移民女性もすごかったし、
終わって、しばし呆然、何もしゃべれなくなった。

帰り道の夜の交差点、
青信号になるなり、競うようにスピードをあげて
曲がってこようとする自動車のテールランプが
まるで馬の頭のように見えた。

歴史好き、法律に興味のある人、民主主義について考えたい人、馬が好きな人、ぜひお薦めです。
大歴史活劇。
心斎橋シネマートにて絶賛上映中。
どうしてこんなすごい大作をマスコミはあまりとりあげないのか、残念でなりません。
公式サイト(予告編あり)

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