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人間の感情をどう演じるか~塩田明彦監督著「映画術」から~

「人間の感情は常に複数あって、
その複数ある感情のうちのどれかが今支配的になっている―――
ものすごく怒っていても、
急に笑いたくなったり、
泣きたくなったり、
「こいつを許している」と思っていたのに
なぜか感情が怒りの方向に突っ走っていったり、
いろいろ複雑なことが起こるわけですよね。
複数の感情が渦を巻いて一定しない。
この感覚が大事なんです」

塩田明彦監督著「映画術~その演出はなぜ心をつかむのか」からの
引用である。
監督は、日本のテレビドラマや映画が
「たったひとつの感情に支配されてる」のが一番問題だと指摘している。
確かに、そのとおりだなと思う。
一つしかなければ、ドラマとしては、わかりやすいけれど、
実際のところ、人間は、もっと複雑だし、
そう簡単に、わりきれないのが人間なんだろうなと思う。

「一人の人間を演じる際にも、常に複数のエモーションが共存してないといけない」

「そういった「感情」をちゃんと「行動」で描いている。
カサヴェテスは「行動」を絶対忘れない。
やっぱりアメリカ生まれのアメリカの監督だなって
思うんですけども、
「感情」が必ず「動き」に転化していく。
「動き」を突き動かしている「感情」が
ダイナミックに動くので、
「動き」そのものもダイナミックに演じられていく」

ジョン・カサヴェテスは
アメリカにおけるインディペンデント映画を確立した人で、
ハリウッド、インディーズの垣根、国境を超えて
今も多くのアーティスト達に崇拝されている映画監督。
『オープニング・ナイト(77年)』、『こわれゆく女(75年)』『ラヴ・ストリームス(84年)』 ほか

「彼の内面を覗かなくても、
彼の考えてることが外側からおよそ見えてくることが
大事なんです。
「外側から見る」という行為を積み重ねて、
無意識の厚みを作っていくことで、
やがて登場人物が捕まえられるようになるんだろう。そう思います」

「内から溢れ出てくるものと、ひたすら外から見つめることによって蓄積してきたもの―――
内側から生まれ出(いずる)ものと、
外側からの観察によって見えてきたものが
スパークした地点に立ち上がってきているもの、
それを僕は「魂」と呼んでいるんです」

感情や気持ちばかりに目がいくのでなく、
外側からの視点が必要だ、という指摘は、とても意味深いものがあります。

濱口竜介監督が
ワークショップでされている「聞く」こと、というのは、
この「外から見つめる」作業に通じるのかもしれません。
「聞く」という姿勢は、自然に「見る」に連動していくような気がします。

「見事な「動き」の創造があって、
そこに「ある感情」が呼び寄せられて、
何かしらエモーショナルな出来事が立ち上がってくる。
そこに「魂」を感じるんだけど、
もしかするとこの「魂」のことを、
僕は「音楽」と呼んでいたんじゃないか?という気もするんです―――
適当なこと言ってますけども(笑)

どういうことかと言うと、
「感情」があって「動き」が生まれるのか?
それとも「動き」があって「感情」が生まれるのか?
鶏が先か卵が先かわからない。
ある「感情」が、ある「音の連なり」を生む、
あるいは、
ある「音の連なり」が、ある「感情」を生む。
ギターのあるコードを押さえると、
それがメジャーコードとして人を明るくさせたり、
マイナーコードとして悲しくさせたりする……
いったい何なんだ、これは。
映画があらゆるものを超えて
音楽にだけ嫉妬する感じに近いんです」

神代辰巳監督の『恋人たちは濡れた』(1973年)の
クライマックスの、
浜辺での「曖昧な腐れ縁の男女3人」の馬跳びのシーンを
例にして、塩田監督は、説明しています。

「原因を考えて結果を作るんじゃなくて、
まず思いもよらない行動を登場人物たちにさせてみて、
そこからどういう感情が立ち上がってくるのかを見つめてみる」

つまり、
まず「動き」を作って、
その「動き」がその場に「感情」を生み出す、という逆転をやったというわけです。

このシーンについて、
女の人が
「裸になって、男に無視されて、結局、抱かれたくない方の男に抱かれながら
もう一人の男の方をじっと見つめて……
単なる遊びのはずなのに、
人生の一番大切な瞬間にこの人は幸福を掴み損ねた、みたいな、
身を切るような痛みって、こういこと?みたいな。
女の人は中川梨絵さんという方ですが、
今まさに女優の魂がむき出しになる瞬間を見たっていう感じがします」

私も、ずいぶん前に、この映画は観たことがありますが、
なんか、変わったシーンだなあ、おもしろいなあと思ったものの、
ここまで考えたことはありませんでしたし、
女性の気持ちもよくわからず、ましてや、女優魂も感じませんでした。
やはり、映画を観る目は、まだまだ、全然育ってないなあと
この本を読んで、とても勉強になりました。

この「動き」、「感情」、「音楽」をめぐる指摘はとてもおもしろく、
これからも、深めていきたいと思います。

以上、塩田さんのこの本は、
映画美学校のアクターズ・コースでの
演技と演出についての連続講義を採録したものです。
非常におもしろい本ですので、興味を持たれた方は、
ぜひ手に取ってみてください。

2014年1月16日第1刷発行
発行所:株式会社イーストプレス

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