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No1101『最後の手紙』~抑制された舞台からあふれ出す愛と強さ~

息子にあてた手紙の朗読劇。
たった一人の息子に向けたモノローグ、
それは、彼女が生きているうちに、息子に届くことはない手紙。
でも、そこに込められた母の愛、「生きなさい」という思いは、
観客一人ひとり、誰の心にも届く力強いメッセージとなって、響き渡る。
誰の心にも、何かを呼び起こす、能動的な力を伴った呼びかけとなって。
『親密さ』(演劇)の、あの最後の言葉どおり…。
「届かない愛の言葉は、…(略)… 誰の胸にも届くのです」

7月13日(土曜)「濱口竜介プロスペクティブ in Kansai」のオールナイトで
やっと観ることができたワイズマン監督の2001年の作品。
『親密さ(short version)』で、手紙を読むシーンを観て、
どうしても観たくなった。

1941年のウクライナ。
ゲットーのユダヤ人たちはナチによって全員殺されることになる。
迫りくる恐怖の中で、年老いた女医アンナは、
ナチの手を逃れた息子に宛てた手紙を口述筆記する。
ワイズマン監督が、ワシーリー・グロスマンの小説「人生と運命」の一章を
コメディ・フランセーズの女優カトリーヌ・サミィのために、脚色、映画化したもの。

これもまた「手紙」である。
映画はモノクロ、
舞台に立つのは、たった一人の女優だけ。
舞台美術も、光と影だけ。
62分全編、手紙の朗読だけというのに、
ひとりのユダヤ人の女性の思いが、リアルに心に迫ってきて、圧倒された。

「Vivre! Vivre! Vivre!」(生きて!生きて!生きなさい)と連呼される
息子への言葉は、
映画を観てから約1か月経った今も、鮮やかに脳裏によみがえる。

アンナは、ゲットーの人々の様子を観察し、息子に語る。
いじわるな人、
優しい人、
じゃがいもをそっと鞄に入れてくれた人…、
アンナのまわりの人々の様子が、生き生きとまぶたによみがえる。

老女の仕草、表情、抑揚ある語りから、
まわりの人の思いやりに感謝する心、
いじわるな人、落とし入れようとする人への恐怖、怒り、
弱さも強さも、
いろんな切実な思いが、豊かにそしてリアルに伝わってくる。
まるで、恐怖そのもの、感謝の気持ちそのものに触れたような
生々しい感覚にとらわれるのはなぜだろう。

老女が愛した本や写真も、心の中に映りだすような気がした。

暗くなってゆく舞台、襲ってくる闇、
明るさの変化に、心が敏感に反応する。

女優は舞台をゆっくりと歩き、影もいっしょにゆっくりと動く。
手を上げれば、影も手を上げる。
光と影の演出は、感情の動きに呼応する。

女優の声の、わずかな強弱の変化にもはっとする。
時に激しく怒りを口にする姿には、思わず息をのむ。

彼女の語りを通じて、
私たちの心の中に描き出されるのは、
深い悲しみであり、諦念であり、息子への深い愛。
息子の両目にキスをしたいと願う、でも、それはかなわない。
我が子を思う母の愛の強さ。

迫りくる死を前に、
追い詰められた恐怖と緊張の中で、
果てしない沈黙の中で、
人は、どれだけきちんと己を生ききることができるのだろう。

自分の中に深い愛を感じることで、
愛を確かめ、伝えることで、
恐怖に立ち向かう勇気がわいてくる。
人間の尊さ。強靭な魂のありように、涙があふれた。
女優の瞳に、しわに、人間の強さと勇気を感じた。
ラスト、彼女の瞳の向こうに映し出されたのはなんだろう。

思いは形を変えて伝わるのだ、きっと。

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