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No138「タッチ」犬童一心監督

キャッチャーマスクをつけてホームベースに座った南ちゃんの顔に、
ピッチャーマウンドから達也が思い切り投げたボールがまともに当る。
ゴン!
球の勢いにはじかれる南の身体。
一瞬、画面に映ったのは、真っ青の空に、風に揺れている電線が2本。
南に見えた風景だろうか・・。
この映像にふっと吸い寄せられた。
こんな感覚が私はとても好きだ。

原作に忠実につくるために、
はしょりながらも「物語」をなぞっていく。
それが少しもどかしく感じられたのは否めない。
しかし、
犬童監督は、見せるところでは、しっかり見せる映像づくりをし
南を演じる長澤まさみのはじけるような「今」を映像に焼き付けた。

一番いいのは、決勝戦当日の早朝、高架下での3人のキャッチボール。
ガキの頃よくやったよね、と昔を思い出しながらの南と達也と和也の三角キャッチ。
それぞれの胸を去来するのは、違う思いかもしれないが、
同じ思い出を大切に心の引き出しにしまっているのは、3人とも同じ。
幸せなひととき。
高架下という重苦しい空間でありながら
斜めに入る朝日の光をあびて、きらきらと輝く長澤。
長く伸びた影、高架の橋げたが連なる奥行きのある風景でとても心に残る。

和也が死んでしまうシーン。
迫り来るトラック、空に飛ぶ和也の鞄・・
赤いヘルメットをかぶったかわいい南ちゃんの笑顔と、遠くから聞こえてくる声。
和也の脳裏をよぎった最期の映像だろうか。
この声の聞こえ具合、見え具合、ぼかし具合がいい。
死の容赦のなさと、あっという間の突然さ、悲しさが胸に迫ってくる。

霊安室から和也の母、風吹ジュンが泣き崩れるようにして出てくる。
わが子を喪った母親の絶望と発狂寸前の悲しさが画面を覆う。
そして1年後、和也が命を救った少年と母親の突然の来訪。
遺影にお参りを終え、おじぎをした少年と風吹の目と目が合う。
少年の微笑みに吸い寄せられていく吹雪。
今まで心の中に抱えていた何かがほぐれた瞬間が示唆される。
風吹の好演が光る。

クライマックスの決勝戦の描き方もよかった。
誰もいない勉強部屋をふいとのぞく南。ラジオを持って入っていく。
試合と、南の様子と、喫茶店「南風」の家族とをカットバックで交互に映し出していく。
ラジオを聞いているうちに、とうとう家を飛び出して、走りだす南。
手足の長い長澤が走る姿が、美しく、とても絵になっている。
そして、球場でのスタンドの入り口に立って、試合を見つめる南を、
逆光で撮った姿のなんと美しいこと。

敬遠をやめて、強打者との勝負にのぞもうと守備位置を変える明青ナインが勝負を盛り上げる雰囲気もいい。
「和也、おまえは、ずっとこのマウンドから、南の姿を探していたんだな」という達也のセリフが、
ぽんと心に響いてくる。

「感動させる」というのとは意図的に無縁につくっており、全体にさらりとしている。
でも、だからこそ、静かに心に残る、柔らかな感触がある。

長澤のこぼれるような笑顔、はにかんだ表情は、もう完璧に南ちゃん。
(もちろん漫画の南とは違うのだが、映画の存在感としては、十分南ちゃんなのだ)
ただ、セリフ回しに少し不自然さを感じたのは、私だけだろうか。
特に、夜、大雨の中、和也に「かっちゃんは逃げなかった・・」云々の長いセリフは、
言い回しにぎごちなさが感じられた。
漫画のセリフをそのまま使っているため、しゃべりにくいセリフもかなりあっただろう。

本当の双子俳優の斉藤翔太と慶太は、実はかなり違和感があった。
しかし、よくがんばったと思う。
双子という、意識してないながらに、どこか互いを意識している感じがいい。
ボクシング部の原田役のRIKIYAが存在感十分でぴったり。

3人の心の風景。
不在の1人は、残る2人の心の中にいつもいる。切なさと哀しさ。
終わり方も、こんな感じになるんだろうな、と思う。

余裕があれば、漫画を全巻読み直して、もう一度観なおしてみたい。
犬童監督風、味付けの「タッチ」。
私は、同監督の「ジョゼと虎と魚たち」に惚れこみ、期待度が大きかっただけに
観終わって、すぐは、もっともっと繊細に描きこめたような気もするが、
大会社からオファーのあった企画もの、という限界の中で、
よく頑張られたなと青空に送り出したい気分。

満足度 ★★★★★★★(星10個で満点)
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
TBありがとうございました (丞相)
2005-09-17 17:27:46
こんにちは、TBありがとうございました。

原作ファンからの非難を覚悟しつつの映画化となりましたが、

それなりに満足のいく作品になっていましたね。

ストーリーの流れ具合よりも、キャスティングの妙が光っていました。

全体的な出来よりも、印象に残るシーンをいくつか散りばめたところに

犬童監督らしさが出ていると思います。
 
 
 
丞相さんへ (パラパラフィン)
2005-09-18 14:17:10
こちらこそ、TB、コメントありがとうございます。

きっと原作者も、何十年もたって、

長澤まさみなら、OKと思ったのでしょうね。

本当にきらきらしてます。



私は、犬童監督のセンスが、とても好きです。

「ふたりが喋ってる。」もツタヤでレンタルして観ましたが、過去と現在がいい感じで入り混じって、とてもよかったです。
 
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