27日、中秋の名月が、新国立劇場の屋根の上に、冴えざえとした光りを放ち、孤高に掛っていました。朝鮮王国最後の梨本宮方子皇太子妃も、生涯を捧げられた韓国で、何度となくこの月を愛でられたことでしょう。
彼女の数奇な運命の実話をもとにした、創作オペラ「ザ・ラストクイ-ン」が、日韓国交正常化記念特別企画として、新国立劇場で初演されました。涙なしには見ることが出来ませんでした。方子妃の葬儀のことは、新聞やテレビで、覚えていますが、今回のオペラから、当時の日韓の状況、激動の時代の流れに翻弄される個の姿が忠実に再現され、改めて平和の大切さを思いました。時代の犠牲者でありながら、二つの故郷の「和」を願い、誠を貫かれた李ギン殿下と方子妃の崇高な思いを、日韓両国の多くの人に知って欲しいと強く思いました。今年は 9月4日、ロ-タリ-での日韓親善会議への参加等、韓国とのご縁のある年になりました。
1916年、15歳の方子妃は、ご自身の婚約を新聞紙上で知ることになったそうです。書は方子妃の直筆。
方子さまは、異国で言葉の問題もあったでしょうね。でも夫となる方と素晴らしい関係を結ばれた。
お二人の人生を創作オペラにしたことを、モリリンさまの記事で初めて知りました。より多くの方に見ていただけるといいですね。地方でも公演していただけるとありがたいです。
まぁ、最初は犠牲者的でも意外と夫となる方が良い方で幸せに暮らされた方も多いという話でしたが、日本人は見える世間が狭すぎた。
今でもまだ、狭いと感じはしますが、私もぜひこの舞台は観たいと思いますので、また調べておきます。
方子妃も11歳で半ば人質のように日本に連れてこられた李垠(イウン)殿下も日韓の犠牲者。戦後朝鮮王族の身分も資産も失い、帰国も難航し、現大統領の父君の大統領時代にようやく帰国がかなったのだそうですね。
夫君が亡くなられた後も帰国せず韓国の障害児の為に働かれ最後は韓国のオモニ(母)とまで呼ばれた方。
我々は彼女の苦労と努力を未来に繫げなければいけませんね。
未来につなげなくてはなりませんね。です