若女将の修行日記

『写真館の若女将・成長記録』のはずが、いつのまにか『若女将のおとぼけな毎日』になっていました。

合唱コンクール

2008-11-27 23:13:14 | その他
基本的に私は、マツモト写真の接客・営業・事務・経理・掃除担当(要するに何でもやる)ですが、一応撮影もします。最近ではカメラマンと言われることにも慣れ、先日も「女性カメラマンなんて格好いいですね」と言われたのに対して、余裕の微笑みで返すことができました(内心ガッツポーズ)。

少しでも二代目・影の二代目の負担を軽くしなければ、と日々新しい撮影にもトライしています。今年は、中学生の合唱コンクールの撮影の2台目を担当しました(当然1台は影の二代目がしっかり撮影)。中学生の卒業アルバムは私が編集を担当しているので、「こんな写真が欲しい」的希望がどんどん募ってきます。それを二代目達に伝えれば見事に期待に答えてくれるのですが、どんどん要望が増えてくると申し訳ない。であれば、自分で撮るまでさ!と、今年は子供達の歌う姿(アップ)をたくさん撮影することにしました。

真面目そうなあの子や、ちょっと悪ぶっているあの子や、いつもお茶目に声をかけてきてくれるあの子が、みんなで一生懸命歌っている姿は本当に可愛い。多分、中学生諸君はこの写真を見ると、「なんだよ、この顔~」と恥ずかしがると思いますが、そんな無心な姿(ピースやウィッシュのポーズをキメていない姿)を残しておくのも、卒業アルバムを作る写真屋さんの務めかな、という気がしています。

ただ、残念なことに撮影に夢中で、全く音楽を楽しむことは出来ませんでした。最近の中学生は本当に上手なので、普通に客席で聴いていると大変感動するのですが。撮影しながら号泣できる二代目の域(→号泣撮影術)に達するには、まだまだ時間がかかりそうです。




2008-11-26 17:53:11 | その他
今日(11月26日)の栃木よみうり(新聞)、『わたしの昭和 この一枚』というコーナーに、先代が撮影した足利市の渡良瀬川にかかる中橋という橋の昔の姿が掲載されました。クラシックなバスが走り、どこへ向かうのかとても大勢の人が徒歩で橋を渡っている、何とも全体的にレトロな雰囲気の写真です。

大きな橋や高い建物を見ると、いつも二代目は「あの一番上を歩いている自分を想像してごらん。足がすくむね~」と一人で楽しそうに怖がって遊びます。実際、外国にはそうやって橋の(アーチの)上を歩くツアーがあるそうですが、私は想像しただけでブルっとします。長野オリンピックのジャンプ台の上から覗き込んだだけで、カラダが固まってしまった過去から考えても、そのツアーは無理です(高所恐怖症ではないのですけど。ジェットコースター大好きですから)。

現在、前述の中橋はリニューアル工事中で、すっぽりカバーがかけられています。何だかヨーロッパにある建物付の橋を渡っているみたいで(まるでヨーロッパに行ったことがある人みたいな発言だ)、少し面白い圧迫感があります。この外がライン川やドナウ川で、遠くにはお城が見えたりして……なんて想像して遊んでいます。

中橋がキレイになったら、『平成の1枚』として写真を残しておくことにしましょう。

渡辺美里

2008-11-25 15:30:25 | その他
何やら悪いことをしてしまったらしい小室哲哉氏。私にとって小室哲哉といえば、すっごいお金持ちになった(のであろう)時代のtrfとか安室ちゃんとかではなく、渡辺美里の作曲家というイメージが強烈です。懐かしくなって、つい昔のCDを聴いてしまいました(こんな風にCDを思い出される渡辺美里は迷惑だろうか)。

『My Revolution』や『死んでるみたいに生きたくない』(両方とも小室作品)等を聴いて、「そうだ、私だってきっと頑張れば何かを成し遂げる大人になれるに違いない」と、自分の可能性を闇雲に信じることができた10代の頃を思い出すメロディーです。渡辺美里をウォークマン(i-podじゃないよ、テープだよ)で聴きながら、あてどなく自転車を走らせて自分について考えたものだ、という二代目もしかり、彼女の音楽が私達世代に与えたモノって、結構甚大でした。

雨上がりの早朝、道路に太陽がキラッキラして、遠くには富士山が見えて、渡良瀬川もキラッキラして、空気はピーンっと冷たくて、そんな状況の中、車の中で渡辺美里をガンガンに聴いたりすると、何だか自分が世界の主人公みたいな錯角に陥るから不思議です。今から納品を済ませて撮影現場へ向かうまで時間がないよ、超ピンチ!なんて現実は一瞬忘れ、めちゃくちゃ気持ちが前向きになって、「きっと何もかも大丈夫さ!」と信じてしまったりして(結果、間に合いました)。

おじいちゃんやおばあちゃん達が、誰でも美空ひばりを熱唱できるように、私達はヨボヨボになっても、『恋したっていいじゃない!』(OL時代の私の十八番)とカラオケで歌っちゃうのかな。






ステキな先生

2008-11-24 12:43:10 | その他
鏡を覗いてため息をつく毎日が続いています。鼻が丸いとか、マツゲが少なくて短いとか、長年付き合っている哀しいポイントはさておいて、ここ数週間、増えゆく白髪、唇に出来た大きな吹き出物、目の下のクマ等が、私を哀しませます。

先日の足利市民音楽祭で、ひときわ感動したのは、藤岡先生の見事な復活でした。90歳を前に肋骨を折る大怪我をされ、弟子の端くれである私は「あぁ、もう『からたちの花』を歌う先生や、ステキなドレスで優雅に指揮をする先生を見ることはかなわないのか」と、とても心配していました。

ご本人の「絶対復帰」宣言は聞いていたものの、指揮はやはり難しいのでは、と思っていたので、その日の嬉しい裏切りは大きな感動でした。

終演後、先生のところに駆け寄っておしゃべりしたのですが、「先生、本当にスゴイ!」と言う私に、「そぅお?こんなおばやんになってしまったわ。毎朝鏡を見てガッカリするのよ。でも鏡は毎日見なくちゃね。365日の内少なくとも360日はきちんと鏡を見て、綺麗にしなくちゃね。」と言われました。

小学2年から高校2年まで、毎週1回藤岡先生のお宅にピアノのレッスンに通い、少しだけピアノを弾いて、あとはおしゃべりしていた頃を懐かしく思い出しました。私に『音楽が無くては生きられない体質』を植えつけて、『音楽を愛するステキな女性』になるべく育てて下さった藤岡先生は、私にとって本当に大事な先生です。ピアノはちっとも上達しなくて周囲の期待を裏切ってしまったけど(お母さん、ごめん)、藤岡先生みたいにステキな女性になれるよう、これからも努力していかなくっちゃ。
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クリスマスソング

2008-11-20 11:47:46 | その他
以前も書きましたが、英語で作られた曲は英語で、日本語で作られた曲は日本語で歌ったり、聴いたりするのが好きです。

だから、一般に『カバー』と呼ばれる歌に少し苦手意識を持っています。素晴らしい楽曲はどんなコトバを乗せてもその魅力を失うことはないと思いますが、コトバの意味だけでなく、流れとか響きとかも音楽の一部だということを思うと、ちょっと勿体無いな、という気持ちになるのです。特に、『You~♪』と1音で延ばすところを、『あなた~♪』と三連符で無理矢理入れている翻訳歌詞などに出会うと、「うぅ」となってしまいがちです。

ただ、一つだけ、自分の中に例外があります。それは讃美歌です。子供のころから教会で讃美歌に触れて育ったので、当たり前ながら讃美歌=日本語です。留学中にホストファミリーと礼拝に行く度、「そうかぁ、この曲って外国の曲だったのか」とまるでカバーのように聞こえる本家の英語歌詞に違和感を覚えていたものでした。毎週100名以上が出席している礼拝では、私一人の歌声など些細なもの。思い切り日本語で讃美歌を歌っていました。

寒さが厳しくなってきたので、今朝初めて車でクリスマス・アルバムを聴きました。いわゆるクリスマスソングだけでなく、讃美歌が多く含まれているこのアルバム、真っ青な空と昨日ひとつの締切を守りきった満足感とに助けられ、大変楽しく歌わせていただきました。カレン・カーペンターの美しい英語の歌声にナオミ・マツモトのご機嫌な日本語の歌詞を乗せて!
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夕焼けこやけ

2008-11-18 22:47:57 | その他
今日は夕焼けがとても綺麗でした。

大自然を味わう旅にはなかなか行かれませんが、空を見上げると手っ取り早く、地球のでっかさとか、不思議さとかを味わうことが出来ます。中でも私は特に夕焼けが好きです。

富士山で見た雲海から昇る朝日の神々しさや、ハワイの海岸で見たどこまでも続く(まさに)降ってきそうな星空の美しさは、本当に素晴らしかったけれど、そういった圧倒的な美しさの前では、何だか申し訳ないような気持ちになってしまう。絶対的な美しさの前ですくんでしまうというか?

夕陽は、朝日のように刺すような強い光ではなく、空全体をなんとな~くグラデーションに染めて、ぼやぼやぼやーっと消えていく感じが、安心して眺められる理由かな。

亡くなった祖母の足が少し不自由になった頃、母が台所のドアから「夕焼けが綺麗よぉ」と呼んで、祖母がよいしょっと立ち上がってたどり着いたら、夕焼けショーは終わっていた、ということがありました。痛い足をおして、夕焼けをわざわざ見に行った祖母が可哀想だった記憶が残っているのですが、『忙しい、忙しい』と心を失くしてしまいがちな毎日の中、「夕焼けが綺麗だから」という理由で手を休める(或いはわざわざ見るために外に出る)、そんな心の隙間だけは失くさないようにしたいと思います。

ピンクのセーター

2008-11-17 00:30:24 | その他
今日、とあるショッピングセンターで撮影でした。

洋服や雑貨の撮影をすることが多いのですが、初めて撮影商品をその場で購入しました。大抵、少し季節先取りの商品を撮影するので、まだ発売前であることが多いのですが、今日気に入ったマフラーは既に店頭に並んでいるというので、つい。

そして……
店員さんA「じゃあ、こっちの色とこっちの色も一緒に買っちゃったら?」
わたし  「いやー、コレだけでいいです」
店員さんB「あ、ねぇ、このセーターの色、すっごく似合うわよ」
店員さんA「あらホント。すっごく似合うと思うわー」
わたし  「いやー、どうかなぁ?」
店員さんA&B「絶対似合うわよ!特別価格にしちゃうし!!」
わたし  「あ……、じゃあ下さい」

撮影商品を返却に行っただけのつもりの私が大きな買い物袋をさげて戻ってきたので、みんなハテナ顔。上記のやり取りを説明すると、大爆笑でした(特に二代目は大喜びで)。

不思議な流れで購入してしまったサーモンピンクの綺麗なセーター。いつ着ようかなぁ。自分じゃ、絶対トライしない色だしなぁ。何を合わせればいいのか、迷うなぁ。

でも、あんなに店員さんが似合うって太鼓判を押してくれたんだから、もしかしたら私、ピンクが似合うのかも……。

恨みの階段

2008-11-15 22:55:44 | その他
我が家の階段は少し多いです。多いといっても、何箇所も階段がある訳ではなく、2階にたどりつくまでの段数が通常のご家庭よりも3段ほど多いのです。

というのは、住居の1階部分にあるスタジオの天井を高くするため、2階が通常よりも高く、部屋の中に階段をつけて(棚田みたいなイメージですね)ちょっと変わった部屋にしようか、等というアイディアもありましたが、結局は一番無難な『階段を多くする』に落ち着いたという経緯があります。

普段はそれほど感じないのです。が、疲労がたまってくるとその3段が恨めしい。2階が大変遠く感じられ、とてつもなく長い道のように感じられるのです。踊り場の部分に、椅子を置いて、簡易休憩所にしておこうか、などと真面目に考えてしまったりして。

昨夜、トントントンっと足取りも軽く(…軽いつもりで)階段を駆け上がっていたのですが、最後の一段で自分が思っていたほど足が上がりきっていませんでした。久しぶりに派手にドッデーーンと転び、階段に横たわったまま、暫く微動も叶わない状態となりました。駆けつけた二代目には、「階段を転げ落ちなくて良かったなー」と妙に前向きな励ましを受け、数分後に何とか起き上がり歩くことができた私は、「明日の撮影も行かれそうだ」とほっと胸をなでおろしました。

さっきお風呂に入って、アザになってるかなーと膝小僧を観察してみたところ、何と『たんこぶ』が出来ていました。触ると痛いんだ、コレが。

皆さんもこれから年末にかけお忙しい時期、階段は最後の1段まできちんと登りましょうね。



今どきの若い衆

2008-11-13 00:04:19 | その他
ある中学の撮影で、重い機材を担いで階段を降りていたら、突然前を歩く男子が、「持ちますよ!」と私の荷物を半分持ってくれました。「ありがとー、紳士だねぇ」と言うと、「当たり前っすよ!」の答え。

ある高校の野球部の撮影で、重い機材を担いで移動していたとき、私の斜め後ろからガチャガチャという音がしました。振り向いてみると、恥ずかしそうに一人の野球部員が、私が運び残していた機材を持って、付いてきてくれていました。「ありがとー、助かるよー」と言うと、一言「ウッス」。

あるホテルで、納品する結婚式のアルバム(これが信じられない位に重い)を担いでエレベーターに乗りました。お客様に納品する物なので床に置く訳にもいかず、行く先ボタンをなかなか押せなくて右往左往していたら、突然外から金髪のお兄さんが乗ってきて、「押してあげますよ」。そして、ボタンを押すなり、ススっとエレベーターから消えていきました。私はその頼もしい背中に「ありがとーございましたぁぁ」と叫んだのでした。

今どきの若い衆は……という枕詞には大抵、情けないコトバが付きまといますが、なかなかどうして、優しさを行動に移す勇気を持った若者が結構いて、感心しちゃいますよ。
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雨のち晴れ

2008-11-10 12:59:38 | その他
昨日は、足利の市民音楽祭でした。我らが足利市民合唱団も出演しました。

例年、この時期は最初からあきらめて出ていないのですが、今年は来年の定期演奏会で歌う曲(カルミナ・ブラーナ)の一部を初めて舞台に乗せるというので、何とか参加したいと、家族にお願いし、仕事を出来るだけ前もって済ませて、金曜日には久しぶりに練習にも顔を出し、万全で当日(日曜)を迎え……るハズだったのに、土曜の晩から喉がおかしくなり、当日の朝には殆ど話し声さえ出ず、それでも「もしかしたら、歌う声だけ出るとか!?」と衣装まで着替えて練習に参加しましたが、私の口から出てくるのは、息だけ。いつもどうやって歌っていたの!?と自分で不思議に思うほどの惨憺たる状態でした。

「いやー、100%口パクはさすがにツライですから、今日は聴いてますねぇ」と、冗談めいて顔で笑って言いながら、「なんでー、なんでーーーー」と心では泣いていました。

段々、足唱の出番が近づくにつれ、お腹が痛くなってきました。みんなが舞台に上がってくると、「転ぶなよー」とか余計な心配をし続け、演奏が始まると心臓がバクバク……。いや、自分が歌うほうが何倍も楽だと知りました。

入団してから初めて客席で足唱の歌を聴きました。練習中は、アレが出来ない、ココがダメだと、自分達は不安で一杯。でも、舞台の上の仲間達は堂々としていて、「カルミナ・ブラーナを立派に歌ってやるぞ的気迫」が伝わってくる見事な舞台でした(ちょっと褒めすぎか)。

演奏終了後、客席からダッシュでみんなの元へ走り、「すっごい良かった!すっごい良かった!」とささやき続けたのでした。自分に厳しい仲間たちは、それでも不安そうな顔をしていましたが、大丈夫だよ!このまま練習していれば、きっと来年には超カッコイイ演奏が出来るはず。定期演奏会が改めて楽しみになってきたぞ~。

というわけで、昨日の私の心は雨のち晴れ、自分が歌って気分をリフレッシュ!計画は叶わなかったけど、充分あと1ヶ月走りきる馬力を調達できました。

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