(最初にお断りしておきます、今回ものすごく長い上に、ものすごく個人的な想いの吐露となっております。予めご了承ください……)
「何年も前から実現したらいいなぁ」と願っていたコンサート、『ヴォクスマーナ・伊佐治直アンコールピース全曲集』に行ってきました。
『ヴォクスマーナ』というのは、私が一種の追っかけと化している声のアンサンブル集団で、プロの声楽家の方々が一人一パートを担当し、「どうなっちゃってるんだ、これは」な現代音楽を驚異の精密度で歌う人々です。最初にこの方々のコンサートに行ったとき(正確に言うとこの人たちの派生団体『マドリガールズ』という女子のみのコンサートだったのですが)、驚きのあまりショック状態で終演後椅子から立ち上がれなくなったほどでした。まぁ、長距離バスの時刻が迫っていたので、その後ダッシュしたけど。
1年に2回行われる定期演奏会では、いつも新曲委嘱作品が演奏されるという意欲的な団体で、「まさに今ここで曲が生まれた」という貴重な場面に立ち会うことができます。その舞台上は勿論のこと、その客席も他のコンサートでは感じたことのない独特の緊張感が漂っており、1曲終わると、長いこと止めていた呼吸を「ぷはぁ」と再開するような感覚です。これがクセになるんです。現代音楽はちょっと苦手……ってずっと思って生きてきたけど、ヴォクスマーナとの出会いにより、「自分で勝手に蓋をしていた素晴らしいものが、まだまだこの世にはいっぱいあるんだなぁー」という歓びに襲われ、現代美術も見に行くようになり、ポップスさえも聴くようになり、どんどん世界が拡がっていったキッカケだったように思います。
そのヴォクスマーナが2008年からずっとアンコールで歌ってきた、伊佐治直さんの新曲たちを集めたコンサートを遂に開いてくれました。2010年くらいから私はずっとずっとこのコンサートがいつか開かれるに違いないと信じて待っていて、今回も最初は10月に予定されていたのに1月に延期になり、イイ感じの焦らされ加減で、とっても楽しみにしていました(なのに、前回ブログの失敗をしでかして、もう電車の中で半べそだった訳です……)。
最近は週末の開催が多く、定期演奏会に行かれないことも増えてしまったので全部聴いたことがある訳ではなかったのですが、まさにヴォクスマーナの歴史をたどっているような時間でした。今はいらっしゃらないメンバーのお顔やお声なども浮かんできて、1ファンにすぎない私ですら妙に感傷的になっちゃって、関係者の方々にとっては本当に大切な夜だったのではないかな、と想像しています。
以前は賛助会員にもなっていたのでチケットと、コンサートの録音CDを頂いていました。特に伊佐治作品のファンになった私は勝手に『伊佐治まつり』と名付けたCDを自作し、いつも車の中で聴いていました。2010年頃というと、写真館の仕事には慣れず、将来が見えなくて右往左往していた時期で、打ち合わせに向かうのが嫌でお腹が痛くなったり、その帰り道にどうしようもなく暗澹とした気持ちに襲われたりしていたものでした。そんなとき、ラジオから流れる賑やかな音楽はあまりにも攻撃的で私には耐えきれず、かといって無音の中で運転していると色々なことを考え過ぎて運転が危ない。よって、私はこの「伊佐治まつりCD」ばかりを聴いていたのでした。
ある打ち合わせの帰り道、赤信号で停まっていて、別に特に厳しいことを言われた訳でもないのにやけに追い詰められたような、切迫した気持ちに襲われてしまったことがありました。「なんだ?これは?」と自分で戸惑っていたところに、このCDから『なんたるナンセンス』という曲が流れてきたら、私がいきなりボロボロ泣きだしたのです。ヒトゴトみたいに言うのも変だけど、本当にもう一人の自分が「お?泣いてる?なんで?」みたいな感じだったのをよく覚えていて。でも泣くと、妙にすっきりすること、あるじゃないですか。浄化って表現すれば丁度いいのかな。その赤信号では幸いにも後続車が居なかったので(どんだけ田舎)、その曲の間、とりあえず此処で泣いとこうと思って、青空を眺めながらもう一度最初からゆっくり1曲堪能し、さっぱり明るい気持ちで帰路についたのでした。
それ以来、私にとって大切な作品となった曲。今回、再び生で聴かせて頂けて、本当に嬉しかったです。私、「宝くじで10億当たったら」や、「死ぬ間際にひとつだけ願いが叶うなら」って問いのとき、よく思ってたんです、『なんたるナンセンス』をヴォクスマーナさんに私だけのために生で歌ってもらう、にしようって(笑)。とりあえず私だけのためじゃなかったけど願いが叶っちゃったので、次の目標を探しておかなくっちゃ。さて、10億当たったら、何に使おうか……。
ヴォクスマーナに出会えて、本当に良かったなぁーと改めて思った夜でした。