若女将の修行日記

『写真館の若女将・成長記録』のはずが、いつのまにか『若女将のおとぼけな毎日』になっていました。

ひらめちゃんが残してくれたもの

2014-12-14 01:32:03 | 忘備録

金曜日、「さーて、合唱の練習にいくぞ。」と支度してたら、友人の訃報が届いた。1昨年の春に続いて、同じ寮友が、同じく癌で。44歳の女性が癌で亡くなる確率が一体どのくらいなのか数値的なことは知らないけれど、「ちょっとそれは無いんじゃないの」という気持ち。

 

京ちゃんのときは、本当に青天の霹靂だったので、聞いた直後から前後不覚の状態に陥り、泣きじゃくったままお通夜まで過ごしてた。そんな1年前の私を覚えていた二代目が、「合唱行かれるの?大丈夫なの?」と驚いたような顔をしたけど、私は自分でも意外なくらいに冷静だったな。「いつか来る」と、どこかで覚悟してしまってたのかもしれない。

 

入寮した日、同じ班になったひらめちゃんは同じ歳とは思えないほど落ち着いていて、ちょっと斜に構えて「よろしく。」なんて言う人だった。そしたら、入学式で新入生代表のあいさつをするとクールに言ったんだったな。「へ?入試で1番だったって……こと?」と驚く私たちに、「そうみたいね。」と嬉しいんだかどーでもいいんだかって態度で。クラスも偶然同じだったので、よく勉強助けてもらったなぁ。「賢い」って言葉がぴったりの人だった。美人さんだったし。

 

あぁ、「美人さんだった」だって。私はもうひらめちゃんのことを過去形で話してる。夏ころ、最後にメールをやり取りしたとき、「10月まで生きるのが今の目標だよ。」って最後に書いていたひらめちゃん。10月に入ったときメールしようかなと思いながら、何を書けば傷つけないんだろう?元気づけられるんだろう?私に今のひらめちゃんの気持ちなんて理解できるわけもないし……なんて逡巡してる間に、ひらめちゃんは居なくなっちゃった。

 

昨夜、ひらめちゃんから貰ったメールで携帯に残っていた分に全部保護かけた。そんなことしても、何の意味もないって分かってるけど、このまま日々雑多に紛れてひらめちゃんが消えて行っちゃうのが、勿体なくて。

 

ひらめちゃんが1回目の手術を受けたときから、私は必ず毎年マンモグラフィーの検査を受けるようになった。京ちゃんや、ひらめちゃんがもう居ない、会おうと思ったって会えやしないって思うと、自分が今元気にここに生きてることは、ほぼ奇跡に近いことのように思えてくる。ちゃんと生きなくちゃ。ものすごく生きたかったはずだもん、二人とも、お子さんたちがこれから成人式や結婚式を迎える日を一緒にお祝いしたかったはずだし、私たちと同窓会みたいなことするのを楽しみにしてたはずだもん。

 

ちゃんと生きなくちゃ。この世に居なさいって残されている間は、ちゃんと。