若女将の修行日記

『写真館の若女将・成長記録』のはずが、いつのまにか『若女将のおとぼけな毎日』になっていました。

春のような人

2011-03-29 10:22:33 | 日々雑多

昨夜、納品に伺ったお宅で2時間もおしゃべりしてしまいました。

いつもいつも笑顔で、「ありがとう」とか、「嬉しいわ」とかが口グセなその方は、私の中でひまわりのイメージでした。でも昨日、ちょっとイメージ変わったかな、もっとどこかふわっとした感じ。春みたいな感じ。

「コーヒー飲んでいって。ね、ね、コーヒー1杯いいじゃない。ね?」というお誘いを何故か断れず、夕飯時にも関わらず図々しくお邪魔した私は、様々な話題が次々と繰り出されるその笑顔から目が背けられず、ずっと聞いていました。たぶん、私もずっとニコニコしてただろうなぁ。

時間が止まったような、ものすごく過ぎたような不思議な感覚のまま(何故かそのお部屋の時計は不思議な時刻を指していて、本当に分からなかったので)、結局、震災後残業続きだというお嬢さんが帰宅されるまで、ステイしてしまいました。申し訳なかったなぁ、お腹すいて帰ってきたお嬢さん、すぐにご飯食べられたかなぁ。

『人を好きになるって素敵なことよ』、『仲良しが一番よ』、そんな温かいコトバを沢山頂いて、なんとなくふさぎこんでいた私の気持ちは一気に明るくなりました。

 

大日様の桜はまだまだ蕾だけれど、春はもうすぐそこまで来ているんだー。


いつも通り

2011-03-27 23:36:53 | 音楽(足利市民合唱団)

合唱団の練習に参加しました。予想以上に大勢が集まってきて、嬉しかったなぁ。役員さんの女性が、「ほんの2週間会わなかっただけなのに、何だか今日は会えたのがとても嬉しいわね。」と仰っていて、本当にそうだなーって。各駅停車で頑張って足利までいらしてくださった先生のちょっとおかしいレッスンや、ガソリン欠乏の恐怖と闘いながら1時間かけて練習にやってきた友人による、先生への小声突っ込みとか、上手に歌えない自分へのジレンマとか、『積み重なっていく』みんなの声の厚みとか、そういった全ての、『いつも通り』が、本当に嬉しくて。

 

練習(音楽)を楽しめないかな、という私の不安は全くの当て外れでした。真っ白な気持ちになって、罪悪感を覚えることなく笑顔になって歌えました。

 

今日、被災地から群馬県のご実家にいらしているご家族が、急遽スタジオ撮影にいらしてくださいました。お産で偶然ご実家にいらしている時に地震があり、帰れなくなってしまったそうです。ご主人は行ったり来たりされているようでした。「本当はあっちでお宮参りって思っていたんですけど。」と、ジーンズにトレーナーでカメラの前に立ったご家族は、本当にキラキラしていました。お兄ちゃんがウチのぬいぐるみと一緒にふざけている様を見て、「わっはっは」と笑っているパパとママの明るさが、とても素敵だなーって。

 

普通通りの生活を送れる私たちがめげた顔なんか、しちゃいけない。明るくいつも通り、多少無理をしたって、『いつも通り』に笑っていなくっちゃ。

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すこしの不安

2011-03-25 05:38:56 | 音楽(足利市民合唱団)
余震かな。本棚がカタカタ言う音で目が覚めました。まだ朝5時だから、あと一眠りしたいかな、と思いながら、色々考えてたら眠りにくくなってきました。


目を背ける訳ではない、と自分を鼓舞しながら、なるべく普段通りの生活をしよう。東北の皆さんが立ち上がるときに、日本が元気な舞台であるように、踏ん張って支えておこう。笑顔で、ハミングして、明るくする、それが今の私達の責任に違いない。そう信じて生活しています。



でも新聞で、家族を探す人、亡くした人のことを読んでしまったとき、今回あの美しい街々で起こった信じられないことの一つ一つが、本当に恐ろしいと怯えてしまう。こんなにつらい人がいま、何万人もいるなんて。あんなつらい人が一人じゃなくて、何人も何人も何人もいるのが、現実なんだって。



今日、地震後初めて合唱の練習がある予定。みんな集まってくるかな。遠くから来る先生や仲間は来られるのかな。歌を楽しめるかな。


この地震の前と同じに、ココロから、いま、歌を楽しめるかな。


でもみんなに会いたい。みんなの声が集まる場所に、こんなとき、だからこそ。
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少しでも<ポルカでランチ編>

2011-03-23 10:31:26 | 日々雑多

数日前のわたしのブログに、尊敬する元課長からコメントを頂き、あるブログ記事が紹介されていました。


この考えに私は深く同意。っていうか、私がモヤモヤと考えていたことをよくぞ文章にしていただきましたって感じでした。サッカーには興味無いけど、三浦カズは昔から大好きだから、そのチャリティー試合は観てみようかな。


セルジオ越後コラム『倒れた人の分まで走るのがサッカーだ』


 


ある洋食屋さんの瓦屋根が、今回の地震でかなりダメージを受けていると噂に聞きました。そこは、市内で有名な音楽大好きおじさまOさんのおうち(以前、『市民会館に通う理由』として書かせていただいた方です)。心配して行ってみたところ、Oさんに遭遇、「大丈夫ですかー?」と尋ねたら、「大変なんだよ。(市民会館の)大ホールが!」と言われ、『Oさん、自宅の心配は~?(苦笑)』と帰ってきました。


 


数日後、きっとお店も世の中の自粛ムードでガラガラだろうと思い、ランチを食べに行きました。すると、なんと満席!外で待っていたら、Oさんが奥の宴会用の建物を開けて、通してくれたほどでした。


なんか、すごく嬉しかったんだ、人々が『ポルカ』にお昼を食べに来ていることが。ちょっと濃い味の洋食を美味しそうに、嬉しそうに食べていることが!


会う

2011-03-21 02:55:08 | 日々雑多

計画停電もお休みになった日曜日、都内に暮らす先輩が会いに来てくれました。


 


関西大震災を経験したその先輩は、今回私たちよりもずっとずっと怖かったと思います。それなのに、あの日停電等で連絡がつきにくくなっていた私たちの無事を、必死で確認しようとしてくれました。自分も帰宅難民になってテクテクと自宅に向かいながら。


 


「3連休、何にも予定ないからさー。電車動かなかったら、歩いてでも会いに行っちゃおうっかなー?」などと言って、おいしいアップルパイを下げて遊びに来てくれました(電車で)。一緒にスパゲティと宇治しぐれを食べに行き、アップルパイを食べ、ラーメンと餃子を食べに行き、イチゴをつまみに呑んで、笑って。


 


色々な思いを抱えて頑張らなくてはならない今。大切な人の顔を見ること、言葉を交わすこと。メールではなくて、直接『会う』ことのチカラを実感した一日になりました。ありがとう、先輩。


 


早くみんなにも会いたいな。顔を見て、声を聞きたい。


おとうさんの三回忌

2011-03-19 09:20:47 | 日々雑多

数日前、義父の三回忌をしました。もともと家族と伯父夫妻だけで一緒に食事をする程度にしようと話していたので、予定通り行いました。

義父の遺影は、ちょっと前に撮影されたものを使ったので、かなりカッコよくて若い一枚です(だって、とにかく写真が無かったんだもん)。二代目と似てるといえば似てるし、似てないといえば似てないような……。「拓也さんはモテましたよー。でも、お父さんの方がもっとモテましたよ。」と、酔った時よく言っていましたが。

生前、義父がヒゲを剃っていたときに偶然わたしが通りがかったら、バタン!とドアを閉められて驚いたことがありました。二代目も、「おー、ハイジのおじいさんのようだね。」と、白いモクモクをつけてヒゲを剃っているのを見学に行くと、いつも、「アッチへいきなさいっ!」と叱ります。そんな妙なところシャイな部分は、とってもよく似てるかな。

 

他愛もない話をしながら美味しいモノを食べ、時々お義父さんの思い出話をする。今回のような少ないメンバーでさえ、意外と『法事』と名を打たない限り、そういう機会は少ないもの。余震がきても、「お、揺れるねぇ。」なんて言って、みんな一緒なら落ち着いていられたし。法事って、残された人間のための行事なんだな、って今回は特に強く感じました。

 

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少しでも<お参り編>

2011-03-18 16:49:17 | 日々雑多

ウチの前は大きなお寺です。ばんな寺(通称:大日様)といいます。



私はクリスチャンホームで育ったので、子どものころから初詣等には行きませんでした。例えば観光地に行っても、大きなお寺でお賽銭を投げ、手を合わせたような記憶は殆どありません。


 


地震のあと、私は毎日、大日様にお参りに行っています。仏様に何かをお願いするというよりは、あの場に立っているときだけ、悲しさや不安を隠さずにいてみようと。「東北の方々を、くれぐれも、どうか。」とつぶやきながら、無力な自分を責めたり焦ったりする気持ちを、大日様に置いてくる儀式のような。


お参りから帰ればまた「不謹慎だろう。」というくらい明るく、いつも通りに仕事をしたり、ブログを書いたり、鼻歌をうたったりしています。昔の上司からも、『おぐが不安な顔をしていたら、他の人は全員不安顔になってしまう』とメールを頂いたので、『笑っていること』、それが私の役目だと信じて頑張りますね、課長!(←今はもっと全然偉い)


 

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少しでも〈おばあちゃんの真似編〉

2011-03-17 23:14:01 | 日々雑多
電気がきている内に!と早起きして(今日の停電は16~19時ころでした)機械を動かしながら、私は定期的に我が家のソファ(通称『尚美の舟』)を動かしていました。


今日は寒かったので、何枚も何枚も重ね着し、更に時々、太陽の光をたっぷり浴びたあったかソファで、『おぉ、たまらん』と一人ごちながら、暖をとっていたのです。



子供の頃、おばあちゃんが太陽の動きに合わせて家の端から端まで座布団と一緒に移動していくのを見て、よく笑っていました。また、近所のおばあちゃんは、『ほら、尚美ちゃん。1枚、2枚…7、8……』と、いつもどれだけ重ね着してるかを笑いながら見せてくれました(で、お孫さんのお古とかも着るから、『結構ハイカラだろ?』と自慢してた)。



本気で節電を考え出した今、お手本はおばあちゃん達でした。

少しでも<自転車編>

2011-03-17 14:37:20 | 日々雑多

職員室に、

『マツモト写真でーす!お世話になりまーす!』

と入って行った私。背中にリュックサック、ほっぺは真っ赤、髪の毛ぐっちゃぐちゃ。

『……自転車で来てくれたのね。』

と教頭先生に同情されてしまいました(その日の足利はかなりの強風だったので、バレバレ)。

 

『少しでも作戦』の一環として、現在の私の移動は基本的に自転車です。二代目が3年間歩いた道のりを自転車でスイスイ行くわけですから、実は他愛もないことなのです(要するに、納品先は私たち二人の母校ってことです)。

 

車とは通る道が異なるため、「うわー、こんな素敵な家が出来てる~。」とか、「うわー、この家はそのまんまだー。」とか、見学しながら漕いでいます。後者の家はかなりの確率で今回の地震の被害を受けているようで(瓦が落ちる、壁が崩れる等)、その辺りに現実を垣間見ながら。

 

ところで、昨日辺りから妙に痛む私のオシリ。どうやら、石畳の道(ウチの周辺はちょびっと観光地なので、道路が石畳に整備されている)による、自転車筋肉痛、らしい。情けないなぁ、私のオシリ。

 


少しでも、何か。(追記あり)

2011-03-16 18:15:41 | 日々雑多

計画停電の時間帯を調べようと思って、足利市のホームページを見たら、救援物資を集めているという記述があったので、家の中にあったモノで対象物になっているものを抱えて、エッチラオッチラ行ってきました(我が家から市役所は徒歩範囲内です)。とりあえず、どう使われるのか分からないけど、うちのタンスの中に眠っているよりは、困っている方に少しでも近くなるかな、と思って。

市役所には募金箱が設置されていることも分かったので、『尚美の音楽会用貯金箱』をひっくり返して、その分をお札に両替して持って行きました(これから、私は買い物時に小銭大王と化します)。

 

何かしなくては、と焦る気持ち。ペ・ヨンジュンが7000万円を、ユニクロの会長が10億円を寄付したと聞いて、岐阜県のNGOが巨大トラックで救援の手が届いていない避難所に物資を届けたと聞いて、自分の無力さにガッカリしたりするけど、

でも、

出来ることを少しずつ。想いを届ける。私も私なりに頑張る。いっぱい働いて、お金が出来たらもっと寄付もする。

私に出来ることを、少しでも、何か。

 

 

 

<足利市役所・公民館で受け付けている救援物資>

※追記: 福島県から放射能被害で栃木県内の体育館等へ避難してこられた方への、救援物資だそうです。※

 

毛布・布団(未使用かクリーニング済)

タオル・バスタオル(未使用)

衣料品(未使用の肌着・セーター)

日常生活用品(トイレットペーパー・ティッシュ・紙おむつ・紙コップ・生理用品等)

保存可能な食品

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