陸海軍けんか列伝

日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。

399.真崎甚三郎陸軍大将(19)『真崎は青年将校の説得はうまいのう』と茶化すように言った

2013年11月15日 | 真崎甚三郎陸軍大将
 「阿部は立ち会わせておかないと、後でどんなことを言い触らすか知れんと思ったからであり、西は正直な男であるが、宣伝にのせられて、真崎は関係ありとの疑問を抱いているように見えたから、証人を二人選んだわけである」

 「私もうっかりしたことを言うと、彼らは武器をもっているから、どんなことになるかも知れんと思うから、懸命であった。全く決死の覚悟であった」

 「私は泣かんばかりに、誠心誠意、真情を吐露して彼等の間違いを説いて聞かせ、原隊復帰をすすめた。そして『直ぐ即答も出来まいから、皆で相談して返事を聞かせてくれ』と言って、十五分ばかり待つと、代表で野中大尉がやってきて、『よく分かりました。早速夫々原隊へ復帰致します』と言って来たので、私も真心が彼等に通じたのかと思って、非常に嬉しかった」

 「然るに阿部は帰りの自動車の中で『真崎は青年将校の説得はうまいのう』と茶化すように言ったので、『こん畜生、この男は命がけで俺がやっているのに、こんな位にしきゃ考えていないのか』と思うと、ぐっと癪に障ったが、さすがに正直者の西が、言下に『そうじゃありませんよ、真崎閣下は一生懸命でしたよ、だから聞いたのです。うまいも、まずいもありません』と心から感激していた。それ以来、西はどんな私のデマがとんでも、私を信じていたようだ」。

 だが、皮肉にも、この会見、この説得が、真崎大将の態度豹変、変心、逃げとあらゆる非難を受けることになった。

 この真崎大将ほど、憲兵や法務官らの取調官から酷評されている人物は珍しい。また徹頭徹尾否認し続けている人間もまた珍しい。

 「兵に告ぐ―流血の二・二六事件真相史」(福本亀治・大和書房)によると、まず、最初に真崎大将を取り調べた著者の当時東京憲兵隊特高課長・福本亀治少佐(後少将)は真崎大将に次のように言った(要旨)。

 「本日は陸軍の一憲兵少佐が陸軍大将に対して申し上げるのではなく、今次の未曾有裕の不祥事件をはっきりさせ、閣下に対する国民の疑惑を一掃するため、軍司法警察官という国家の職任からお尋ねもし、申し上げもしたいと存じますので、非礼の点はお許しを願います。それがため本日は陸軍の階級を示さない私服で応接いたしております…(略)…」

 「また、閣下が事件の背後関係者であると噂するものもありまして、今度の事件との関係に就いては、常に軍部ばかりではなく、全国民からも疑惑の眼を以って注目しております。その疑惑を払拭する上からも誤りのない真相を聞かせていただきたいと存じます」。

 真崎大将はキッ!と口を結んでしばらく黙していたが、やがて次第に昂奮の現し顔を紅潮させ遂に怒気を含んで次のように口をきった。

 「答える必要はない。自分は此の度の事件とは全然関係はない。青年将校たちが勝手に思い違いをして蹶起したのだ」。

 福本少佐はこの答えにただ唖然として真崎大将の顔を見守った。これが且つては三軍の将として、また青年将校の信望を一身に集めた将軍の態度なのだろうかと思った。

 また、青年将校たちは「一度蹶起せば事件の善後指導は将軍がしてくれる」と全幅の信頼を寄せて蹶起したのではないか。

 よしんば彼等の考え方が独断的な錯覚であったとしても、青年将校等をしてこの様な重大錯覚を起こさせる結果をもたらしたことに対して自責の念は起こらないのか。……考えるだけで福本少佐は口悔しかった。

 そのうち、真崎大将の発熱が高いということで一時、取調べを中止しなければならなくなった。その後も臨床調査を聴取したが、真崎大将は自己に不利な点となると殆ど否定し続けた。

 もう一人の担当取調憲兵・大谷敬二郎大尉(滋賀・陸士三一・東京帝国大学法学部・東京憲兵隊特高課長・憲兵大佐・東京憲兵隊長・東部憲兵隊司令官・戦後BC級戦犯重労働十年・「昭和憲兵史」「軍閥」「二・二六事件」など著書多数)も辛辣に真崎大将を批判している。

 「二・二六事件の謎」(大谷敬二郎・図書出版社)によると、当時憲兵大尉だった大谷敬二郎が真崎邸を訪れ、尋問を行った。問答は次の通り。

 大谷憲兵大尉「貴方は、その朝遅くも四時半頃には亀川哲也の報告によって、青年将校たちが兵を率いて重臣を暗殺し昭和維新に蹶起することを知った。ところが、貴方が陸軍大臣の電話による招致を受けて、その官邸正門に入ったのが午前八時半頃、これは間違いのない事実である。貴方は軍の長老として、また青年将校たちから尊敬されていた皇道派の大先輩として、この軍のかつてない一大事に、約四時間という長い時間を空費している。一体貴方はここで何をしていたのですか」。

 真崎大将「前夜から腹がしぶっていたので自動車の手配に手間取ってしまって遅くなった」。

 大谷憲兵大尉「陸軍大臣秘書官・小松光彦少佐(高知・陸士二九・陸大三八・兵務局兵備課長・ドイツ武官補佐官・少将・ドイツ駐在武官・中将)の証言によると、大臣から真崎大将をここに呼ぶように命ぜられ真崎邸に電話したところ、夫人と思われる方から、“只今、来客中ですが、すぐ参るよう申し伝えます”との返事があったと言っている。また、川島前陸相も右と同様の報告を秘書官から受けたと証言しているが、この来客とは誰ですか、また、この間誰と何を協議したのですか」。

 真崎大将「そんなことは断じてない。デマだ、けしからん話だ」。