オアシスインサンダ

~毎週の礼拝説教要約~

何回赦すか

2012-02-19 00:00:00 | 礼拝説教
2012年2月19日 主日礼拝(マタイ18:21-35)豊中泉教会にて・岡田邦夫


 イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七回を七十倍までも赦しなさい。」(マタイ18:22新共同訳)

 私は豊中から三田に行って14年になります。三田というのは三田駅近辺の城下町だった市街地とそれを取り巻く山と農村があったところに、ニュータウンができて、人口増加率が一時全国一位だったという地域です。それで三田開拓に踏み切り、家庭集会から始め、1998年に築40年の農家を買い取り、現在に至っています。三田にはこのような歴史があります。織田、豊臣に仕えた九鬼水軍というのがありましたが、関ヶ原の戦い以降、徳川にはその力を警戒されて、九鬼家は海のない摂津三田に領土替えをさせられました。その後、徳川幕府が終わるまでその藩を変わることはありませんでした。そして、摂津三田藩の第13代で最後の大名となった「九鬼隆義」がデービスという宣教師に妻と共に導かれ、キリスト者となり、明治8年、九鬼家の大広間で兵庫県で三番目のプロテスタント教会摂津第三公会が開所しました。九鬼隆義は藩士だった白洲(しらす)退蔵とともに、神戸の屋敷を提供するなどして、神戸女学院の創設にも尽力を尽くした人です。
 その白洲退蔵の孫が白洲次郎で、2009年のNHKドラマスペシャルで放送されました。彼はケンブリッジ大学に入学し、帰国後、吉田茂と親交を深め、戦争回避のための政治活動にすすむのですが、戦争に突入したので、田舎に引きこもり、農業に汗を流します。敗戦と同時に彼は吉田茂に終戦連絡事務局次長に抜擢され、「従順ならざる唯一の日本人」と呼ばれるほど、GHQと英語で堂々と渡り合うなどして、戦後の日本復興に尽力しました。彼の墓も九鬼家の墓も三田市の心月院という寺にあります。ドラマでは彼の母、白洲芳子(よしこ)が教会で讃美歌461番を関西弁で歌うシーンが印象深かかったです。「イエスはん わてを好いたはる イエスはん 強いさかいに 浮世はいうたかて 怖いことあらへん わてのイエスはん わてのイエスはん わてのイエスはん わてについたはる アーメン」。この「主我を愛す」の曲が主題歌のように流れていましたのは、彼がよく口ずさんでいたからだと娘が証言していたからでしょう。
 彼が決して戦時中、田舎に逃避していたわけではなく、カントリージェントルマンとして、待機していたのです。英国で、いつもは地方に住んでいながら、中央の政治にも目を光らせていて、いざという時には直接中央に乗り出していって御意見番となる人たちをそう呼ぶのです。それを身をもって生きた人です。実にかっこいい人です。
 私も三田に引っ込んで田舎暮らしをしているのではなく、カントリージェントルマンなのだとかっこをつけたいところですが、人間の中身がないから、そうはいかないのが現実です。しかし、自然に囲まれた所にいますと、純粋に聖書の言う福音とは何かということが見えてくるような気がします。今日の聖書にある「赦し」こそ、福音の神髄だと思います。

◇七回を七十倍
 ペテロが「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、幾たびゆるさねばなりませんか。七たびまでですか。」と聞くと、イエスは「わたしは七たびまでとは言わない。七たびを七十倍するまでにしなさい。」と答えられました(18:21-22)。ユダヤ教の教師は三度まで赦せと言っていますから、ペテロは七たびゆるせば完全だろうと思って、イエスに聞いたのでしょう。イエスの答は七たびを七十倍、限りなく赦しなさいと言われるのですから、ペテロはさぞ驚いたことでしょう。その様なことは人には不可能なことです。
 私自身のことですが、昨年のある日、ホームセンターに買い物に行き、レジでお金を払おうとしたした時でした。札はすっと出せたのですが、小銭入れが小さいものですから、なかなか出てこなくて、あせってしまう。余計指が引っかかって出せない。レジの男の子はアルバイトらしいが、貧乏ゆすりをしてるから、顔を見ると明らかに早くしろよと迷惑そうにしている。こっちは客なんだぜ、なんだその態度はと思いながらムッとした態度で、小銭を投げるよう出して、レシートをわしづかみにして、一目散に駐車場に向かいました。それから、「あいつは赦せない」とずっと腹が立ったまま、収まらなかったという情けない話です。
 もし、牧師という名札が胸につけてあったとしても、あるいは、以下の聖フランシスコの「平和の祈り」を祈っていたとしても、表面は取り繕えたとしても、きっと「ゆるせない」と思ったに違いありません。そのような些細なことでことでも、そうなるのですから、人が人をすっきりと赦すというのは難しいことなのです。
  わたしをあなたの平和の道具としてお使いください
  憎しみのあるところに愛を いさかいのあるところにゆるしを
  分裂のあるところに一致を 疑惑のあるところに信仰を
  誤っているところに真理を 絶望のあるところに希望を 闇に光を
  悲しみのあるところに喜びをもたらすものとしてください
  慰められるよりは慰めることを 理解されるよりは理解することを
  愛されるよりは愛することをわたしが求めますように 
  わたしたちは与えるから受け ゆるすからゆるされ 
  自分を捨てて死に 永遠のいのちをいただくのですから

◇一万タラントと百デナリ
 イエスは続いて、「それだから、天国は王が僕たちと決算をするようなものだ。」という決算のたとえ話をされます。
 「決算が始まると、一万タラントの負債のある者が、王のところに連れられてきた。しかし、返せなかったので、主人は、その人自身とその妻子と持ち物全部とを売って返すように命じた。そこで、この僕はひれ伏して哀願した、『どうぞお待ちください。全部お返しいたしますから』。僕の主人はあわれに思って、彼をゆるし、その負債を免じてやった」。一万タラントというのは一国の王の身代金にも匹敵する高額です。それが免除されたというのですから、常識では考えられないたいへんなことです。
 しかし、続きがあります。「その僕が出て行くと、百デナリを貸しているひとりの仲間に出会い、彼をつかまえ、首をしめて『借金を返せ』と言った。そこでこの仲間はひれ伏し、『どうか待ってくれ。返すから』と言って頼んだ。しかし承知せずに、その人をひっぱって行って、借金を返すまで獄に入れた」。百デナリは百日分の給料くらいの額、相当な額、返してもらうのは当然だし、常識。赦せないものは赦せないわけです。
 それを知った主人は立腹して、「悪い僕、わたしに願ったからこそ、あの負債を全部ゆるしてやったのだ。わたしがあわれんでやったように、あの仲間をあわれんでやるべきではなかったか」と言って、負債全部を返してしまうまで、彼を獄吏に引きわたしたと神の国のたとえ話を終えます。そして、主はこうメッセージします。「あなたがためいめいも、もし心から兄弟をゆるさないならば、わたしの天の父もまたあなたがたに対して、そのようになさるであろう」(18:35)。
 読者は僕をひどい人だと思うでしょうが、私たちは百デナリの人を赦せないように、人を赦せるものではないのが現実です。赦せないものは赦せないのです。正義感が強ければ強い程、赦せないものは赦せないのが心情です。しかし、神の国では赦せないものを赦せというのです。無理難題なのではないのか、神の国では恵みによって可能なのです。私たちは一万タラント免除された者なのです。主人である神の前に、とうてい返せない罪という負債があったのです。しかし、イエス・キリストが十字架において、命の代価を払われて、私たちは返せない無限大の負債を帳消しにしていただいたのです。悔い改めて、お願いして、イエス・キリストの贖いを信じて、ただただ、恵みによって、赦されているのです。神は義に満ちた方です。私たちの罪のひつつをも、小さなうそさえも、密かに憎む思いも、決して赦せないお方です。しかし、その赦せない者を赦すために、その怒り、裁きを御子イエス・キリストに負わせたのです。
 義なる神が赦せない罪人を赦すということは断腸の思いであったろうと、ある日本の神学者が言いました。断腸の思いとは父なる神が御子を犠牲にするということ、そして、義なる神が赦しがたい者を赦すという、二重の断腸の思いがあったのです。そのように神の愛は痛みの愛なのです。私たちはそのような痛みの愛の中で赦されて、しかも、何事もなかったかのように、復活の主の御前におらせてもらっているのです。一万タラントの負債を無条件に赦されているのです。それがわかれば、その感謝がわいてくれば、御霊のとりなしで百デナリの人をすっと赦せていけるのです。神の国の恵みに身をおくキリスト者は「七回どころか七回を七十倍までも赦」すという奇跡に生きられるのではないでしょうか。また、もしあなたが人を赦そうとした時に、きっと、自分を赦してくださった神のみ思い、神の痛みの愛を知ることになるでしょう。
 一万タラントを赦されたから、百デナリの人を赦すという御前に生きる生き方をしているキリスト者こそ、最もかっこいい存在なのです。