沖縄の夜空は美しかった。
何度か、旅行で訪れているが、海沿いを夜散歩すると、星空の美しさに感動してものだ。空気が綺麗なのもあるが、照明やイルミネーションが少ないことも大きいと思う。
だが、これは治安の面では問題がある。
私は子供の頃から、夜の散歩が好きだった。当時の三軒茶屋の街は、今ほどお洒落ではないが、居酒屋、立ち飲みや、スナックと夜の商店街は酔客で溢れていた。
幼い子供だからこそ、その暗く輝く夜の街の危険には無頓着であった。商店街から一歩路地を入った銭湯の帰り、母と妹たちと貸し本屋に立ち寄り、時には屋台で焼き鳥を買って帰る時には気が付かなかった。
だが、中学から高校生くらいになると、夜の街の危うさに気が付かざるを得ない。
角のスナックの看板の脇で、酔いつぶれているかにみえるサラリーマンを良く見れば、顔が腫れている。多分喧嘩でもしたのだろう。その背広のャPットが裏返してあるところからすると、財布を抜かれていると思える。
路地の奥の倉庫の脇の狭い通路には、なにやら怪しい影が蠢いている。それが男女の絡み合いだと気が付くと同時に、近くの茂みに潜んでいる人影にも気が付いた。覗き専門の痴漢であろう。
そんな場面に出くわすと、私は足早にその場を立ち去っていた。巻き込まれるのは真っ平だからだ。見て見ぬフリをするのが一番無難だと、十代半ばにして私は悟っていた。
なのせ痛い目に遇っている。あれは中学に入った頃だと思う。図書室で借りた本を読み終えて、慌てて銭湯に駆け込み、カラスの行水並みの速さで入浴した。
さっぱりした気分で、いつものように夜の三茶の繁華街をブラブラと散歩していた時だ。
時計屋の角の路地の奥から、なにやら人が争う物音がした。なんだろうと思い、近寄ってみると、大人の男女がなにやら身体をぶつけ合っている。女性の声が「やめて、嫌」と言っているように聞こえたので、どうしたんですかと声を鰍ッたら、怒鳴られた。
それも男と女、双方からだ。へっ?と思ったが、男が近づいてきて、いきなり拳骨でお腹を殴られた。「ガキが邪魔するんじゃねえよ」、そう吐き捨てた。その姿を座り込んで、苦痛に耐えている私の目には、その男に駆け寄りすがり付く女性の姿が見えた。
なんだ、いちゃついていたのか・・・大人のすることは分からねえ。
以来、見て見ぬフリをすることを覚えた。だが、その態度が正しいかどうかは別問題だ。実際、男女が仲良くではなく、一方的に男が女を・・・そんなこともあったように思うからだ。
人気のない暗がりの奥に、服がはだけた女性がすすり泣く姿を見かけたこともある。その傍に立つ男が不気味で、近寄らなかったが、あれはどうみても合意の元だとは思えなかった。でも、子供がかかわることではないと分かっていた。
だいたい、その手の事柄が起きるのは、暗がりの奥だ。そこが危ない場所になり得ることは明白だと思う。
ところで、観光地である沖縄の夜の繁華街は賑やかだが、少し離れると怪しい暗がりがあることには、すぐに気が付いた。街中だけでなく、街と街をつなぐ道路も、幹線道路は明るいが、路地に入れば薄暗いどころか、真っ暗な道もよくみかけた。
沖縄にある米軍基地は、前線勤務につくアメリカ兵にとって休養の地でもある。休息と娯楽の為、繁華街に行くのは当然だし、酒と音楽には事欠かない店は沢山ある。そして男ならば当然、女が欲しくなる。
もちろん沖縄には、その手の需要に応じるお店もあるが、決して安くはない。安い給与の若い兵士にとっては、そうそう頻繁には通えない。もっとも、出会いと会話、楽しい時間を過ごしたくて女性が集まる店もある。
そこで知り合った女性と飲み食いしての帰り道。そんな時、薄暗い路地に入ったら、怪しい気持ちになる男女は珍しくない。ただ、それが男の側だけの都合と、欲求だけが先走ると、いささか暴力的な状況になる。
別に沖縄に限らないが、軍事基地周辺の繁華街がある地域では、この手の事件が必ず起こる。命の危機は、人の生存本能を刺激する。たとえ戦闘がなくても前線勤務は、人を緊張下にさらす。
だからこそ、そのストレスを発散する場が求められる。理由が金銭であれ、純粋な気持ちであれ、薄暗い空間は人間の性欲を刺激してしまう。これは本能に基づくことなので、理屈では完全に抑制できない。
沖縄の地から軍事基地を完全に排除することは、現実的ではない。ならば、その地の首長ならば、住民の安全の為、やるべきことはあると思う。薄暗い路地に街灯を設置するだけでも、安全度は高まる。
監視カメラを設置することも、有効であることは言うまでもない。また住民有志による、見回り活動なども役に立つ。自治体としてやるべきことは、まだまだ沢山ある。
で、今の沖縄はそのような現実的な対策をやっているのか。やっているのは、反米軍基地、辺野古移転反対、対日本政府訴訟ぐらいではないのか。私は沖縄の置かれた立場に、一定の同情と共感を抱きつつも、その地方行政の在り方に賛同できません。