ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

プロレスってさ スティーブ・ライト

2013-07-09 14:27:00 | スポーツ

デブと痩せ、どちらが喧嘩が強いかと問われれば、私は痩せっぽっちのほうが強かったと答えざるを得ない。

見た目にはデブのほうが強く思える。実際、あの体重はそれだけで脅威だ。デブでも強い奴は、身体の柔らかい奴が多く、パンチも俊敏でしかも体重をのせてきたら威力は倍増だ。また下手に寝技の攻防になり、デブに上に乗られると、それだけでスタミナを消耗する。

実際、喧嘩馴れしたデブは強い。喧嘩には勢いが大事なので、自分の体重を活かして飛び込むように襲ってくるデブは難敵だった。

ところが、私の実体験から判じると、外見からひ弱に見えるような痩せっぽっちの方が強かった。理由は簡単である、鍛えこまれていたからだ。

これは空手や合気道、日本拳法などに特に顕著であったが、鍛えると筋肉が太くなるタイプと、逆に引き締まって強くなるタイプがいて、武道をやる奴で鍛えこんだ奴には後者が少なくなかった。

これは体重制限があるボクサーなどにもいえるが、着痩せして見えるので一見痩身であり、力強そうには見えない。しかし脱いでみると引き締まった筋肉をもっている。余計な肉がそがれている分だけ俊敏であり、しかもスタミナがある。

白状すると、私はこのタイプに勝てたことがない。武道を真面目にやったことがない上に、当時は痩せていたので体重もない。そんな私にとって喧嘩の際に大事なのは、外見で相手の強弱を測り、引くかかわすかを即座に判断することだった。

喧嘩に負けたくなかったら、相手が自分より強いかどうかを判断することが非常に大切だった。強いと判じたら、有利な条件で負ける道を探すか、逃げ道を探す。おかげで20過ぎてからは喧嘩で負けることは滅多になくなった。だって、強い奴とは喧嘩しないから。

ただ外見で判断するのは非常に難しい。今回取り上げるスティーブ・ライトなんてその典型だと思う。

一度、新宿のサウナで見かけたことがある。スーツを着ていたせいで最初は欧米のビジネスマンかと思った。脱いでも普通に逞しい程度で、筋肉隆々といったタイプではなかった。

筋肉が異常に発達したプロレスラーがうようよいるプロレスのマットでは、ライトはあまりに普通すぎて貧弱に見えてしまうほどだ。しかし、ライトは強かった。生粋のイギリス式レスリングの使い手であり、業師としての評価は高い。

日本では80年代に絶大な人気を博したタイガーマスク(佐山)のライバルとして知られている。善玉役であるタイガーは、相手レスラーの反則攻撃を受けて耐え、アクロバティックな技で反撃しての逆転勝利が、日本全国のちびっこプロレス・ファンに受けていた。

が、反則攻撃なんかろくにしないライトとの試合は勝手が違ったようで、技の攻防となるとライトが上であったように見えた。まァ、最後はタイガーマスクが勝利を飾りながらも、ライトの業師ぶりは不思議なほど記憶に残った。

当時、新日本プロレスで屈指の業師として知られた木戸修は、自分が対戦したレスラーではライトが一番の業師だったと述べている。おそらく純粋なレスリング・テクニックではタイガーよりは上であったのだと思う。

率直に言って、ヘビー級レスラーとしては小柄過ぎであり、ジュニアヘビーとしては大きすぎる。そのため、大きなタイトルとは無縁のレスラーであった。が、仲間のレスラーから軽んじられることはなかったのは、マットの上では業師としての強さを無言で相手に知らしめる実力があったからだと思う。

私は今さら強くなりたいとは思わないが、ライトのような引き締まった痩身の屈強さには憧れます。あれは天与の才というより、努力の結晶だと思うからこそ憧れるのです。

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改憲議論に思うこと

2013-07-08 11:59:00 | 社会・政治・一般
民主主義における決定機能は多数決という手段をとることだ。

これは最大多数意見をもって結論とすることであり、その判断基準は倫理的な正しさでもなければ、情緒的な心配りでもない。ただ、多数であることだけが決定原理である。一応言っておくと、少数意見を尊重することが民主主義ではない。少数意見を多数決原理をもって圧殺することが民主主義である。

では多数とは何をもって判断するのか?

これは相対的に意見を表明した者のなかで最大多数意見をもって良しとする。ただし、意見(投票権)を述べる権利を持つ者が半数以上参加していなければ、その判定は価値が低いと考えて再票決となる。

極端に言えば、投票率が50%を超えていれば、そのなかで最大多数の意見こそが正しいとされる。例を挙げれば、100人投票権を持つ者がいて49人が欠席しても、有効な投票だし、残り51のうちA案に賛成者が20人でも、他のB、C、D、E案の賛成者が各々8人未満ならA案をもって決定する。

100人のなかの20人の意見でも、条件さえ合えば結論とされる。これが民主主義における決定構造である。

もっとも投票率は三分の二以上だとする考えもあるし、最大多数ではなく過半数を超えることが要件だと拘束をかけることもある。そして三分の二以上の賛意をもってでなければ認めないという拘束もある。それが所謂憲法96条問題だ。

何度か書いている通り、私は改憲論者だ。その意志に変わりはないが、正直言えば、現段階での改憲は無理だと考えている。

理由は簡単で、日本には事なかれ平和主義が蔓延しているからだ。まともな常識と判断力を持っている人なら、自衛隊が憲法違反であり、また軍隊が平和に貢献することを否定したりはしない。

また少し真っ当な見識がある人なら、日本が戦後軍事力による政治力行使を実際にやってきた事実を認識しているはずだ。立派な憲法違反なのだが、さりとて改憲だの、自衛隊廃止などとは騒がない。

どうせ憲法なんて立派な額に入った銘文のようなもので、それが現実に即さなくても、また政府が守っていなくても、日常生活には支障はないと分かっているからだ。

また、近所には平和憲法という虚構にしがみついて騒ぎ立てるうるさ型がいるので、ことさら奴らと争う愚も避けたい。今は自分の平穏な生活こそが大切なのだ。どうせ守っても守らなくても変わりがない憲法に囚われる愚は避けたい。

おそらく少なからぬ日本人が、このような良識的で八方美人的で、なおかつ平穏な選択をすると思われる。

私自身はその選択を、愚昧で現実逃避で勇気のない敗者の言い訳ぐらいにしか評価していないが、アメリカ軍に平和を守ってもらっている今の平穏無事な日本の安泰を思うと、危機感のない愚かな判断を笑うことは出来ない。

なんとなれば、私自身がその愚かな平穏に安住している一市民に過ぎないからだ。

だが、それでも危機感はある。太平洋戦争の敗北を謝ればいいと誤魔化してきた卑怯者には理解できぬ(する気もない)だろうが、法令が現実に即していなかったことが、軍部の専横を招き、結果的に戦争を拡大させてしまった。

具体的には明治憲法の統帥権問題なのだが、その問題さえまともに考えることを避けてきた愚昧さが、今再び繰り返される可能性を危惧しないことこそ浮「。

21世紀において日本を侵略する輩がいるとしたら、それはシナかコリアであろう。前提条件として日米安保が機能しない場合となるが、その場合日本はなし崩し的に戦争への道を再び突き進む可能性は非常に高い。

なにしろ、こちらは侵略された側であり、今まで誹謗されてきた恨みも募って一気に好戦気分に火が付く。戦いは始めるよりも終わらせる方が難しい。戦時立法さえまともに整備していない日本は、憲法を無視してきたツケを一気に払わされる。

侵略者に対する怒りから軍を支持する大衆と、法令の縛りを無視して戦う軍を政府がコントロール出来ない可能性が非常に高いのだ。日本憲法は守られず、有事法制も未整備の日本政府は、なし崩し的に戦争に引きづり込まれる。

それは一世紀前に辿った同じ道のり。

戦争をやった日本が悪い、謝罪こそが反省だとしてきた愚かさのツケは、今の子供たちにこそ降鰍ゥる。

その頃には死んでいるか、老齢を迎えているはずの私は、痛い目に遭わなければ分からないバカって、たしかにいるなとボヤいているだろう。

もちろん、この予測、外れてくれたほうが嬉しいのですがね。
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ドル平

2013-07-05 13:03:00 | 健康・病気・薬・食事

泳ぐこと自体は、決して嫌いではない。

でも、水面に浮かぶだけでノンビリ寛ぐのが好き。真面目に泳ぐのは、あまり好きではない。だからプールに行っても浮かんでばかりいる水上のナマケモノが私だ。余談だが、南米のナマケモノはカナヅチではなく、泳ぐことが出来る。雨季に木から木へと移動する際、止む無く泳いでいる。

ナマケモノが泳いでいる映像は何度か見ているが、なんとなく嫌々泳いでいるようで、思わず笑ってしまう。一方、私は泳ぐこと自体は好きだが、真剣に一生懸命泳ぐのは好きではない。

これは小学生の時の反動だと思っている。

二度目の転校先の小学校は、全児童が100メートル泳げることを目標に掲げていた。転校当初は気が付かなかったが、けっこう真剣な目標であり、先生だけでなくクラス全体がこの目標達成にしゃかりきになっていた。

当時10歳の私は、クロールなら25メートル程度は泳げるつもりであった。ところが説明を聞いて驚いた。なんと、ドル平という聞きなれぬ泳法で100メートル泳ぐのだという。

ドル平って、なんなんだ?

簡単に説明すると、足はドルフィン・キックで、手は平泳ぎ。初めて聞く泳法であった。ここから特訓が始まった。まずドルフィン・キックを仕込まれ、次に平泳ぎの手の動きを仕込まれる。

この泳法の特徴は、手と足の動きがバラバラでも、なんとか息継ぎが出来ることだ。今だから分かるが、ドル平泳法の目的は、息継ぎを覚えこませることなのだろう。

クロールで25メートルなら、息継ぎなしで泳げた私だが、ドル平という泳法はスピードが遅いが故に、どうしても息継ぎが必要になる。おかげで非常に苦しんだ。7月の終業式まででは、25メートルの目標さえ達成できなかった。

そして夏休みである。ここからが辛かった。なにせ毎日、毎朝クラスメイトが水泳の出迎えに来るのである。私は虫取りを口実にサボるつもりだったのだが、それすら許されなかった。集団の圧力はきつい。私としては、警官の脅しや先生の怒鳴りよりも、数人で私を囲んで無理矢理プールに連れて行くクラスメイトの方がきつかった。

こんな憂鬱な夏休みは生まれて初めてだった。毎日、泣く泣く学校のプールに通う羽目に陥った。でも、さすがにこれだけ特訓されると泳げるようになる。9月までには100メートルの目標達成である。

ただ、ヒネクレ者の私は少々意地になっていて、息継ぎしないで泳ぐことに固執するようになっていた。その後、クロール、平泳ぎ、背泳、バタフライという課題に取り組むようになり、一応どの泳法でも100メートルの目標は6年生までにクリアした。

そのあとは各自、自由なのだが私は夏休み中、学校のプールでは息継ぎなしでどれだけ泳げるかに執着していた。その結果、クロールならば50メートルはなんとか出来た。

自分なりの目標をクリアすると、途端にナマケグマの本性が現れ、私は息継ぎが不要な背泳ばかり泳ぐようになっていた。これは40年たった今でも続いていて、シンガポールであろうとハワイであろうと、私は背泳で泳ぐばかりである。

たまに顔を出したまま、つまり息継ぎなしの平泳ぎをすることもある。また同様に息継ぎが不要な横泳ぎ(日本の伝統泳法だぞ)もやるが、やっぱり背泳ぎのスタイルで、フラフラと水面に浮かぶのが一番好き。

もうすぐ梅雨明けだ。1月に心筋梗塞を患って以降、激しい運動は禁じられていたが、少しずつなら構わないと許可を貰ったので、まずはプールで水中歩行。時々怠け背泳ぎで水面をユラユラ泳ぐ。8月までには真面目に50メートルぐらいは泳ぎたいものです。

ちなみに↑が泳ぐナマケモノです。

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われはロボット アイザック・アシモフ

2013-07-04 12:57:00 | 

ロボットが人間を殺す日は、もう目の前にきている。

アメリカとイスラエルが1970年代から研究開発を進めていた無人偵察機は、当初は敵地奥深くに侵入して、情報を入手することを目的としていた。戦争音痴の平和馬鹿が蔓延する日本では、偵察の重要性はほとんど認識されていない。

しかし、偵察すなわち敵の情報こそが戦いを決めるのは古来より変わることのない鉄則だ。古の戦いにおいても、優れた将軍、軍師たちは如何に情報を得るかを第一に考えていた。

あの丘の向こうはどうなっているのか、あの森の奥には敵が潜んでいないのか。この不安を解消するためなら何でもした。だからこそ斥候兵のみならずスパイは戦場で重宝された。

ちなみに飛行機を戦場で使う際に、最初に与えた任務は偵察であった。上空から偵察することにより、入手できる情報量は飛躍的に増えた。これは敵にとってみれば、致命的な情報を奪われたことを意味する。

だから偵察機の次に開発された飛行機は、飛行機を打ち落とす飛行機、すなわち戦闘機であった。ちなみにこの時代の戦争(もちろん第一次世界大戦)では、爆撃機は登場しない。複葉の偵察機が偵察ついでに爆弾を手で投げ落とすという長閑なものであった。

偵察機を撃退するための戦闘機の開発は、必然的により優れた飛行機の開発を促し、強力なエンジンと、頑丈な機体による単葉機が主流となる。機体が大型化すると、兵員を空中から運ぶ輸送機が開発され、兵站のスピードさえ劇的に変化する。

だが、飛行機の性能が上がるにつれて、問題となるのが操縦士の育成費用であった。単に飛行機を飛ばすだけの技能では足りない。大気中での位置測定や無線技術、やがてレーダー等の電子機器の運用に至るまで、パイロットの育成には多大な時間と手間がかかるようになった。

墜落した飛行機は、新たに生産できる。しかし、パイロットの育成には時間がかかりすぎる。このパイロットの損失(つまり死亡)を如何に減らすかが、重要な課題になった。

だからこそ無人の偵察機が求められた。しかし課題は多かった。まず長時間の飛行を可能にする操縦技術の自動化であり、求める情報を適切に入手する機能の自動化である。これにはコンピューターの小型化と高性能化が必要不可欠であった。

それがようやく可能になったのは、1990年代であり、最初の戦場投入は湾岸戦争であったとされる。なにしろ軍事機密の塊なので、情報はあまり公開されていない。公にされているのは、むしろアフガニスタンやパキスタンでの、いわゆる対テロ戦争のほうだろう。

やがて無人偵察機にミサイルを搭載するようになり、攻撃力を持つに至った。これは必然ではあったが、遠隔操縦ゆえにどうしても目標誤認からの失敗が少なくない。実際、味方を攻撃したばかりか、民間人への攻撃まであり、厄介な問題となっている。

それゆえに偵察に関してはAI(人口知能)を用いた無人偵察機が活躍しているが、敵味方の判別の問題から無人攻撃機でのAI活用は、未だ研究段階だとされている。ただ、敵味方の判別が不要な攻撃目標ならば、AIを搭載した無人攻撃機でも問題はない。

実は遠隔操縦による無人偵察機の攻撃には別の問題があるとされる。アメリカ本国の安全な基地のなかで、TV画面を見ながら敵を攻撃し、死滅させる行為は兵員の死傷率を大幅に引き下げる。しかし、まるでTVゲームのように人を安易に殺傷させる行為は、操縦者の心理面に多大な負担をかける。

実際、イラクやアフガンに現地駐在した兵士よりも、この安全なアメリカ本国で無人攻撃機の操縦を担当する兵士の心理的障害、いわゆるPTSDの発症率が高いことが問題になっている。

またこの無人攻撃機の操縦は高い技術が必要なため、操縦者の7人に一人は民間人(民間軍事会社の社員と思われる)を採用していることも、軍の倫理規定から問題視されている。

このために、敵味方の判別など高度な判断力が必要としない戦場では、高度にプログラムされたAI(人口知能)を活用した無人攻撃兵器の運用が試され、実際に戦果を挙げているようだ。公式の発表はないが、予算が増額されて計上していることから察しても、実績があったと考えられる。

これは数十年前に既に予想されていた問題でもある。いわゆるロボット三原則である。これはSF雑誌の編集長であったキャンベルがアイザック・アシモフと話し合い、創作されたとされている。

ロボットが人を殺すことの是非。

万物に魂が宿ると考える日本人からすると、獣や人も殺すのだからロボットが殺すのも当然に思える。だから特段悩むことではないように思えるが、キリスト教的な倫理観が深く根付いているアメリカでは、目をそらしてはいけない大問題である。

実際、アシモフはこの問題に深く傾倒し、表題の作品で取り上げて以降も「鋼鉄都市」や「ロボットと帝国」などの作品で深く掘り下げている。

ロボット兵器の開発は、人的損傷に敏感なイスラエルとアメリカが先行しているが、大のロボット好きの日本もおそらく得意分野である。倫理問題なんざ念頭になく、ただ技術的関心からロボット兵器の開発に夢中になれる、いささか危ない国でもある。

今こそ、改めてロボット三原則を見直す必要があると思いますね。(どうせ憲法はいじれないしね。)

第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

2058年の「ロボット工学ハンドブック」第56版 , 『われはロボット』より引用。

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潮干狩り

2013-07-03 11:53:00 | 旅行

先月のことだが、久しぶりに潮干狩りに行った。

多分、中学生の時以来だと思うから40年ぶりかもしれない。千葉は内房にある有料の潮干狩り場であり、おそらく早朝に地元の漁協の方がアサリやハマグリを蒔いているようで、空振りはまずないらしい。

ただ、ちょっと寝坊したので着いた時には、既に人で一杯であった。それでも広い海浜だけに、まだまだ空いてる場所はある。人込みを抜けて、空いている場所をよく観察する。

波の波紋が残っているあたりを狙う。そこならまだ他の人に掘られていないはずだからだ。それから一時間半ほど、遠浅の干潟をよっこらしょと掘りまくり、なんとかザル一杯のアサリとハマグリを手に入れた。

入り口に戻って計量(2キロまで無料)してみると、2キロを少し超えていたが、見逃してくれた。ほっとして、危うくペットボトルに海水を詰めておくのを忘れるところだった。貝に砂を吐かせるには、やはりその貝が生息していた海の水が一番だ。

帰宅して風呂場にタライを置いて、さっそく貝の砂吐きをさせる。新聞紙でふたをしておくと、翌朝には新聞紙がけっこう濡れている。やはり貝の塩吹きのせいだろう。

とりあえず朝の味噌汁の具にアサリを使う。まだまだ貝はたっぷり残っている。仕事から帰ると、さっそく大きめの中華鍋にオリーブオイルを熱し、ニンニクとショウガを刻んでバターで炒める。

香りがたってきたところでアサリとハマグリを投入。刻んだネギもぶっかけて、塩を少し振り掛けて後にかきまぜて全体をならす。そこから料理用のワインを注いで蓋をして蒸し焼きにする。

同時並行でお湯を沸かしてあったので、すかさずパスタを入れて時間を測って茹で上げる。パスタの湯切りをしたのち、中華鍋に入れてかき混ぜて出来上がり。これで刻み海苔をふりかけて、貝たっぷりのパスタの出来上がり。

本当はもう少し手間暇かけたほうがいいのだろうが、仕事帰りで疲れたナマケグマの私にはこれで十分。貝が新鮮なせいもあり、また砂抜きも予想以上に上手くいったので、美味しく腹たっぷり(ここ、重要)いただくことが出来た。

ただ、さすがに貝はまだ残っている。明日になれば死んでしまう貝も出てくると思うので、残念だがここで冷凍庫に入れてしまう。少し風味は落ちるが、腐らせるよりマシである。

数日後、残った貝は、同じ要領でワインではなく日本酒を使って酒蒸しにして頂いたり、味噌汁の具につかったりと、なんだかんだで一週間以内に食べきってしまった。

潮干狩りも偶にはいいもんだ。ただ、問題は日焼けかな・・・当日は曇り気味だったのだけど、やっぱり日焼けしました。おかげで首筋と上腕が日焼けで痛かった。でも、まあ、貝が美味しかったから良しとしよう。

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