ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

狼の時 ロバート・マキャモン

2013-07-22 12:20:00 | 

狼男には、どこか悲哀を感じてしまう。

月の光を浴びると人の姿を保てず、狼の姿をした怪物に変身してしまうというその不可抗力な運命には苦労が付きまとうことが容易に分かるからだ。その凶悪な牙、凄まじい怪力、不死身に近い強健さなどはモンスターそのものなのに、なぜか受け身の人生であることが分かるからでもある。

おそらく狼男は野生の世界にはいない。人間の社会の片隅でしか生きられぬ不遇のモンスターなのだろう。吸血鬼のように人の血をすすって生きるわけでもなく、死霊(ゾンビ)のように生きている人間に理由なき憎悪を抱くわけでもない。

ただ幼き頃に狼に咬まれてしまったがゆえに、人狼としての人生を歩まねばならぬ理不尽さ。この不自由さこそが狼男の本質である。

狼男あるいは人狼伝説は、古来より世界各地にある。多くの場合、熊や狼など強い動物の皮を被り、その強さにあやかろうとした変身願望から生まれた伝承ではないかと思う。

だが、私が思うにおそらく狂犬病への恐怖が関係しているのではないかと推測している。狂犬病は恐ろしいウィルス性疾患であり、ワクチン接種なしでは現在でも100%近い致死率を誇る恐怖の感染症である。

その症状の一つに極度の精神不安からくる錯乱などがあり、口から涎を流しながら暴れ、やがて死んでいく狂犬病患者への恐怖から狼男伝説の土壌になったのではないかと思っている。犬に咬まれただけでこうなのだから、狼に咬まれればもっと凄いのではないか、そう恐れても不思議はない。

ところでモンスターの定番の一つでもある狼男だが、ホラー小説の主役になることは意外とない。吸血鬼の手下であったり、魔王の配下であったりしての登場があるくらだ。

むしろ1950年代以降の映画などでモンスターとして登場して知名度が上がったのが実情だろう。アメリカではアニメやアメコミなどにも登場しているので、けっこう人気がある。ちなみに月を見ての変身や、銀の銃弾に弱いといった設定は映画から始まっている。古来の伝承にはそのような記述はないと思う。

数少ない狼男もののホラー小説で今回取り上げたのは、マキャモンが「ホラー小説脱却宣言」をしたのち、いろいろと試行錯誤の作品を発表したなかの一作である。ただし、純粋なホラー小説ではなく、むしろミステリー&ホラーの味付けといいたくなるエンターテイメント小説なのだと思う。

なにしろ主人公の狼男はイギリス諜報部のスパイなのだ。ヒットラーが恐怖統治をするヨーロッパにおいて、上司の命令で暗躍する諜報部員なのである。もちろん、上司も組織も彼が狼男であることは知りはしない。

多分、マキャモンはスパイ小説が書いてみたかったのだと思うが、そこに狼男の要素を加えてしまうあたり、やはり腐っても鯛なのか。スパイという存在の孤独感を強調するために狼男の設定を用いたと強弁してもいいが、別に狼男でなくたってスパイは孤独な職業だ。

いろいろとつっこみたいところはあるのだが、エンターテイメント作家としてのマキャモンは、やはり一流でありかなりの長編ではあるが楽しめたのは間違いない。しかし、まあ、ここまで書いておきながら一向にホラーに回帰することなく、ホラーの要素を持ち込んだ小説に固執するマキャモン先生。

頑固だよ、頑固に過ぎるよ。もっとも最近はキングでさえ純粋なホラーとは言いかねる作品を数多く出しているのだから、これも時代の流れなのか。特にホラーとSFの融合した作品は最近の主流のようにさえ思う。

でもスパイとホラーはイマイチかな。どうせなら歴史とホラーでやって欲しいなァ。

コメント (6)
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