ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

山で一番怖いのは

2009-10-16 12:21:00 | 社会・政治・一般
山は安全な場所ではない。

国土の7割を山岳地帯で占められる日本では、危険な獣といえばヒグマ(北海道限定)と月の輪クマ、ニホンザル、野犬、猪ぐらいだ。他にもスズメバチとか、マムシもいるが、私自身一番怖いのは、やはり人間様だと思っている。

歴史的にみても、日本の山岳地帯には中央政府に従わぬ民が昭和の初期まで実在していたと言われている。あまり詳しくはないが、時折人影まばらな山中で、人が暮らしていたと思われる痕跡を見つけることはあった。

私が十代の頃には、日本連合赤軍系と思われる過激派が、山岳地帯に隠れていたと言われていた。彼らは神奈川と山梨の境界あたりの山で、軍事教練をやっていたとの噂を耳にしたこともある。

そのあたりの山に登った時、誰かに看視されているかのような印象を受けたこともあり、噂は事実かもしれないと、漠然と感じていたものだった。

当然だが、警察に追われる犯罪者が山に逃げ込むことは珍しくないし、そうなると山狩りが行われる。ボーイスカウトのキャンプ中に山狩りに遭遇して、警官の護衛付きで下山させられたこともある。

個人的に一番衝撃だったのは、秩父の富士見平小屋の殺人事件だった。

あれは昭和58年の大学2年の6月だった。我が部は秩父連峰に三つのパーティを送り込み、6月合宿を敢行した。5月の新人合宿に続く公式行事だが、いわくつきの合宿でもある。四年前までは新人をしごきぬくための合宿であった。

非公式ながら、殴るは、蹴っ飛ばすはの凄まじい合宿であったらしい。ただ、4年前に死亡事故(一応、病死です)が発生して以来、体罰を伴うことは禁止されたため私は殴られた経験はない。

ただ、一年生を鍛えるといった趣旨は残り、そのせいで6月合宿にはいい思い出がない。体罰はなくとも厳しいことにかわりなかった。しごかれた一年の時はただきついだけだったが、しごく側にまわっても楽しいものではないからだ。

しごきと聞くと、条件反射で悪い事、悪しき慣習と思う人は多いはず。私も好きではないが、それでも不要だとは思っていない。これは登山に限らないが、人間やはり精神力というか根性は必要だ。これは厳しい状況に置かれないと、その必要性も理解できないし、育むことも出来ない。

体力の限界まで疲弊してはじめて分る自分の限界を超えるには、やはりしごきのような厳しい訓練環境は必要だと言わざる得ない。こればっかりは、経験しないと分らない。

その年の6月合宿の地である秩父連山は、森林限界の上限ぎりぎりの山で、樹林帯が多くてアルプスとはいえないが、反面アップダウンはかなり激しい。登山経験の浅い一年生を厳しい状況に追い込むには、或る意味絶好な場所だ。

初日は身体馴らしであり、奇岩が目を惹く瑞塙山(ミズガキサン)をピストンして、その日の幕営地である富士見平に到着した。ここを管理しているのは富士見平小屋なので、テントの使用料を払いがてら小屋にあいさつにいった。

平屋建ての木造小屋だが、人気がなく寂しい感じが不気味に思えた。管理人は不在なようで、登山ノートに記入してお金を置いておく。管理人室を覗き込むと、エロ本が放置してあり印象が悪い。女子部員がいないバーティで良かったと同期のKと話したものだが、まさか三ヵ月後にその雑談が思い起こされるとは、その時は予想すらしなかった。

秋になり、突然新聞紙面を飾った殺人事件には、文字通り驚愕した。あの富士見平小屋の管理人が一人で泊まりにきた女性を暴行の末殺して、近くの山林に遺棄したという。

登山の世界において私が知る限りで、一番性質の悪い事件であった。この事件以来、奥秩父の山の人気は地に落ち、女性の単独登山は激減した。無理ないと思う。

私が不快に思うのは、この一件で山小屋への信頼までもが失墜したことだ。山奥深くに位置する山小屋は、我々登山者にとって最も頼りになる存在である。遭難事故はもちろん、急病などの危急の時に、山小屋に助けを求められることは、なによりも安心であった。

その信頼の聖地である山小屋で起きた殺人事件だけに衝撃は小さくなかった。いささか俗悪に過ぎる猥雑な怪談話まで広まる始末であった。

当初はその怪談話を書くつもりだったのだが、思い出すうちに腹がたってきたので書かない。

ただ冷静に考えれば、太古の頃より人里離れた寂しい地域で、宿に泊めてもらって殺された旅人は幾人もいたと思う。たしかそんな話がいくつかあったと記憶している。山小屋もまた同じなのかもしれない。

礼節は必要だと思うが、疑いをもって警戒することも必要なのだろう。どんな野生動物よりも、邪悪な人間こそが恐ろしいことは、頭の片隅に留めておくべきだと思います。
コメント (4)
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