のろや

善男善女の皆様方、美術館へ行こうではありませんか。

『蔵書票グラフィティ』

2008-06-22 | 展覧会
誕生日を祝うことができるのは、自分が生きているのはいいことだって思える人だけでございます。

それはさておき

美大コンプレックスののろではございますが
精華大学情報館にて開催中の『蔵書票グラフィティ』へ行ってまいりました。

図書館内のスペースを利用した展示でございますので、点数はそんなに多くはございません。
しかし蔵書票を取り扱った書籍や雑誌のバックナンバーが自由に手に取れるかたちで展示されておりますし、ごく簡単なアンケートに記入すれば本展のパンフレット↓もいただけます。入場無料にしてはなかなかに力が入った展示ではございませんか。




蔵書票が市民層でも広く流行した近代のものを集めた展示ということで、いきおい、アール・ヌーヴォー、アール・デコ、そしてユーゲントシュティール風のデザインが多うございました。のろ大満足。
蔵書票はいわば個人の趣味の世界でございますから、必ずしも美術の時代的な流れに対応しているとはいえないもののようでございますが、中にはあまりにも時代を直接的に反映していて ギョ とするものもございました。

1934年(だったか)の年号の入ったドイツのもので、荒れ狂う波の上にがっしりとした帆船が浮かんでいるというデザイン。
その大きな帆には、誇らしげにナチスの鍵十字が描かれておりました。
この蔵書票の持ち主がいかなる人物であったのかは分かりません。しかし立派な蔵書票を作って本に貼付けるくらいでございますから、愛書家であり、教養人でもあったのでございましょう。
そして彼(たぶん)には当時のナチスが、まさしくインフレや不況や、ベルサイユ条約でドイツをコケにした列強国という荒波を蹴散らして進む、頼もしい船のように思われたのでございましょう。

どうも暗い話になってしまいましたが、持ち主に思いを廻らすのも蔵書票を見る楽しみのひとつでございます。
蔵書票を見るとき、自然とその持ち主にも思いが至ります。
それは蔵書票というものが、単に本の持ち主を示す名札というだけではなく、しばしば蔵書家の美的趣味の表明または自己確認であること、しかも、おおっぴらに人目にさらされる類のものではなく、本の見返しという若干立ち入った場所に位置しているものだからでございます。
また展示の解説パネルの言葉を借りるならば、「本の所有宣言である蔵書票は、蔵書家の本に対する愛の宣言でもある」からでございます。
要するに、個人的で人間臭いのでございます。

人の数だけ個性はあるもの。本展で見られる「書物愛の宣言」もさまざまでございまして、「なんでこんな図案を」と思うようなものや、やたらと大きいもの、これはなんの意味なのかと首を傾げたくなる寓意的なものなどなど、バラエティに富んでいてたいへん面白うございました。
また、限られた空間の中でいかに洒脱なデザインをやってのけるか、という制作者の発想と腕前も、見どころのひとつでございますね。

展示は蔵書票だけを額に入れたものと、本に貼られた状態のままのものがございましてね。本そのもののデザインもまた、興味深いものでございました。
マーブル模様を施した布の見返しや、豪奢な金装飾で縁取られたチリ*。1922年に本の街フランクフルト出版された小泉八雲の『IZUMO』は分離派っぽいアール・デコな装丁で、そりゃもうめちゃくちゃカッコようございました。

*ハードカバーの本は、表紙が本体(テキストの部分)よりもひとまわり大きく作られておりますので、表紙のエッジから本体までの間に3ミリほどの幅がございますね。その部分のことを「チリ」と申します。

それから面白かったのが、あらかじめ蔵書票が印刷されている本でございます。
蔵書票は本の所有者がいわば名札として貼付けるものでございますから、あらかじめ印刷されているのはもちろんおかしいんでございます。
これは明治時代の日本において、和装本から洋装本へと移行して行く中で、西洋の書籍デザインに近づけようという意図で生まれたものなんだそうでございます。
所有者のイニシャルが入るべきところに本の著者のイニシャルが入っていたりして、本来の用途からは完全にズレてしまっておりますが、デザイン的にはとてもいいんでございます。
本来の意味・用途をきちんと理解せずに取り入れてしまうのは軽はずみなこととも申せましょう。
しかしこういう「いいものはもらってしまえ精神」があったからこそ、日本の文化というものが今あるように築かれてきたのではございましょう。そう思うとなかなかどうして、示唆に富む文化的事例ではございませんか。

精華大学、地図で見ますと山の中のような印象でございますが、校舎のすぐ前に叡山電車の駅がございまして、意外と交通の便はよさそうでございます。のろは例によって自転車で参りましたが、空気がきれいでたいへん気持ちがよろしうございましたよ。図書館もきれいでございましたし、ピクニック気分でお出かけんなることをお勧めいたします。




ちなみにのろの蔵書票はこれ。



モチーフは近世の製本職人でございます。
数年前にゴム版で作ったものですが、今の所一冊にしか貼っておりません。
久しぶりに見たら職人の膝から上がやたらと長いことに気がつきました。ああへたくそめ。