
『ホモ・サピエンスの宗教史-宗教は人類になにをもたらしたのか』 (中公選書・2023/10/10・竹沢尚一郞著)からの転載です。
『サピエンス全史』のあやまり
近年、世界的に話題になったものに「サピエンス全史」があるが、これも宗教の起源とその歴史的変化について論じているので、簡単に見ておこう。イスラエルの戦争史家であるユヴァル・ノア・ハラリのこの本は、七万年ほど前に現生人類に突然変異によって「認知革命」が起こり、人間は「まったく存在しないものについての情報を伝達する能力」が生じたと主張する。これが初期にはアニミズム的世界観を、その後は多神教や一神教をもたらし、近現代の科学革命と資本主義体制の興隆につながったというのだ。
数万年前の「認知革命」から近現代の科学革命までを一続きに説明しようとする企ては壮大だが、そうであるために、その議論は強引さと飛躍に満ちている。「まったく存在しないものについての情報を伝達する能力」が突然変異によって生じたとするのはまことに乱暴な議論であり、突然変異の語をもちいるのであれば進化論を踏まえた議論をすべきであっただろう。突然変異は個体や種のレベルではなく、遺伝子の次元で生じるというのが鉄則なので、彼のいう「認知革命」の成立を科学的に立証しようとするなら、どのような遺伝子上の変異が人間のどの能力の変化をうながし、それが「まったく存在しないものについての情報の伝達」を可能にしたかを、段階を踏んであとづけることが必要なはずだ。ところが、それをしないで一足飛びに突然変異の語ですますのは、乱暴な議論だとしかいいようがない。それは、神ないし宇宙人がその能力を人間に与えたとするのとおなじくらい荒唐無稽な議論でしかないのだ。
それに加えて、ハラリは宗教の進化をアニミズム⇒多神教⇒一神教というかたちで説明しているが、これは宗教を観念や信念の観点から理解しようとする見方であり、これはプロテスタンティズムとともに近代になって登場したものでしかない。彼の議論は、近代主義的な見方を過去に投影しているという点で、厳密な意味での歴史研究などではなく、著者が想像力と恣意的な引用でっくり上げた架空の物語にすぎないというべきだろう。(つづく)
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