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仏教ライフを考える西原祐治のブログです

思案石

2021年07月19日 | 浄土真宗とは?

法話メモ帳より

 

本願寺新報(30年前の記事)

 

私の村(島根県・市木)に浄泉寺というお寺があります。仰誓、履善という二人の和上さまが出られ、そのご教化のおかげで石見地方が非常なご法義地になったのです。そして、沢山の有難い同行が育っています。

 Dさんというお婆さんもその一人です。Dさんは今年で九十五歳。まだ元気で、乳母車を引いて寺参りを欠かしたことがありません。とりわけ、法座で聴聞している姿は、ひときわ目立つ美しいものです。

  この人が聞法者となったのは親からの賜ものです。囲炉裏(いろり)ばたで、お母さんは着物の繕い、お父さんは草履づくりが、昔の農家の夜のひと時でした。Dさんが物心つくころ、お父さんは夜なべの手を休めては、「正信偈和訓絵図」「親鸞聖人一代記絵図」など法語の本を読んで聞かせてくれました。昔は、絵を示した法語本でした。Dさんは絵を見ながら父の語ってくれる法語を夢中で聞いたものです。「私が法義を喜ぶようになったのは父のおかげです」とDさんはしみじみと語ります。

  九十五歳を迎えたDさんが、妙好人で有名な磯七さんの「思案石」の記念碑を建てることを思い立ちました。磯七さんが腰かけて思案したという石が今でも残っていますが、現在はそこを通る人もなく、このままでは知る人もなくなってしまうからです。

磯七同行は、隣村の田所の生まれ。ここから峠を越えて浄泉寺まで一里半の道のりを、毎晩通って履善和上から一言ご縁をいただいたというのです。一生懸命お聴聞を続けたが、どうしても信を得ることができなかった磯七さんは毎晩、重い足を引きずって帰ってくるのです。今日こそは信が開けるか、今日こそは開発するかと思って毎晩通ったのです。

 

一晩寝ないでも

 

ある晩、家に帰ってみると戸締りがしてあり、起こして起こせないこともないが、みんなも疲れているので起こすまい。ご開山も雪の中で一夜を明かされたというのに、わしが一晩位寝ずにいたからといってなんのことがあろうか、と思ってご法義のことを気にかけて歩いているうちに、気がついてみたら再び峠を越えて浄泉寺の方へ足が向いていたというのです。今でも道の傍に磯七同行の腰かけ石が残っています。半畳位の石です。

 この石に腰を下ろし、磯七同行は、なんでわしには聞こえんのだろうか、宿善がないのだろうかと、じっと考えに耽っていました。その時、雲にかくれていた月が顔を出したのです。と同じに肩を落とし、首を投げ出して思案している磯七の姿がぽっかりと照らしだしたのです。

 その姿に気づいた時に、思わず磯七さんの心にハッと知らせてもらったことがありました。ここのところだったか、今まで考えても考えても、どうにもならなかったが、わしが考えても、どうにもならなかったのが、わしが考えても解決の解決のつかないこのままを、月の光は照らし出しておって下さったということは、わしが考えて始末するのではなくて、考えのつかない、ドウしようもないわたしであればこそ、如来さまの光明が私を摂取し、照らし護って導いて下さってあったのだ、と知らせてもらい、磯七さんは回心したのです。

 驚きと喜びのあまり磯七さんは、浄泉寺めがけて走ってかけ込みました。和上は、ちょうど朝事の本堂におられました。「和上さーん」と走り寄り、両手をついて昨晩のことを語りながら、お礼を申したのでした。

 履善和上がおっしやいました。「それはよかったのう。磯七や、一晩中考えたというが、如来さまは一晩や二晩ではないぞ。五劫の思案を重ねて下さった。念には念を入れて、この仕事を成就して下さったということだ。わしらが考えて解決がつくような問題ではない。解決のつかんまんま、如来さまのご思案ひとつで救われていく世界があったということは、有難いことだったな」と、和上ともどもお喜びにったという話が伝えられています。

信の開発することは、私たちの力ではないのです。仏智が至り届いて下さって、如来の慈悲の中に転じられていく広大な不思議な信の味わいというものを知らせていただくことができるかと思っています。

 

石の由来を語り継ぐ

 自動車道が開発され、磯七さんが通った山道はだれも通る人がなく、「思案石」も忘れられようとしています。ところが、Dさんの願いが実現して、自動車道の傍に「磯七同行の思案石、奧へ五十米」という記念碑が数日前に完成しました。これによって、「思案石」を訪れる人も増えることでしょう。

 そして、石の由来が語り継がれ、その由来を通して、法のいのちが果てしなく村人たちの間に伝わっていくのです。

  (いしばし・たいはん‥‥島根県那賀郡旭町・光西寺住職)

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