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仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

エゴ・トンネル

2016年08月12日 | 日記
一昨日の続きですが、仏教の心理学の共通性は、仏教が思索してきた人間理解が、科学でも明らかになってきたということです。
『エゴ・トンネルー心の科学と「わたし」という謎」(岩波書店215.6刊・トーマス・メッツィンガー著・原塑、鹿野祐介訳)という本があります。たまたま図書館から借りてきて知った本です。

本は難解でさすが『岩波書店』というものですが、『毎日新聞』
(http://mainichi.jp/articles/20150816/ddm/015/070/116000c)に、養老孟司さんが評を書いていたので、そこから抜粋して紹介します。

 著者はドイツ系の哲学者で、神経科学、認知科学の専門家と組んで仕事をしている。欧米では近年こういう人が多い。日本でも若い世代にそういう人たちが出始めてきた。一読して思う。欧米人もやっと仏教的な「無我」をまともに思考するようになったなあ、と。思えば明治以降、日本の知識階級は「西欧近代的自我」に翻弄(ほんろう)されてきた。そんなものはもう忘れたほうがいい。肝心の本家がそんなものはない、という時代なのである。

 本書は、脳科学に造詣の深い哲学者が提案した未来社会への哲学的、倫理学的な問題提起である。「この本で私が試みたいと思うのは、読者に、自己というようなものは存在しないことに納得してもらうことである」という挑発的な書き出しで始まる。「自己」とは分解不可能な存在であり、そういうものを認めていては未来で社会を構成する要員を論じられない、と。自己に代わって提唱したものが「エゴ・トンネル」である。
 エゴ・トンネルとは脳内にある。経験や学習などで得たデータの蓄積を基に、絶え間なく流入する情報によって成長・発展する意識でもある。人はエゴ・トンネルと共に生き、考え、行動する。人間だけではなく未来の社会で重要な存在になっているであろう「ポスト生物的システム」もエゴ・トンネルを保有する。ポスト生物的システムとは高度な知能と能力を持つロボットなどを指す。(以上)

「自我はトンネルで何もない」ということらしい。興味のある人は読んでみてください。

ただ仏教との違いは、本書の中に「私たちはエゴ・マシーンであるが、自己をもたない。私たちはエゴ・トンネルから抜け出すことができない」とありますが、仏教はこのエゴから抜け出すことを説いています。そこが最大の相違です。

著者は「ダイナミックな自己組織化」を提唱しています。
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