仏教を楽しむ

仏教ライフを考える西原祐治のブログです

弱さを受け入れる強さ

2017年08月03日 | 日記
弱さ関連です。『あなたの弱さは幸せの力になる』(2000/7・神津 十月著) に、次のような話が出ていました。著者がアメリカ留学時代、一軒家を学生寮にしたような住まいに住んでいた。1年生から4年生までに何人かで暮らす。4年生がリーダーとなり、そのリーダーは、心理カウンセラーをめざすリサ、彼女は、優しいだけでなく、何事もテキパキとこなす、仲間みんなの憧れの的であったという。大分長いですが、転載してみます。

その時である。突然、リサはちょっと苦しそうに中空に視線を漂わせ、いつになく気弱な表情で、この言葉を発したのである。
 「私は弱いの。だから強いのよ」
 そしてリサはみんなにびっくりするような話をしてくれたのである。
 「私は1人っ子だと言っているけれど、ほんとうは弟と妹がいたの。二人とも幼い時に亡くなってしまったけれどね。私が十歳の時だったわ。弟のビルは七歳、妹のドロシーは五歳だった。湖でね、事故で亡くなったということになっている。でもね、あの子たちを死なせてしまったのは……私なのよ」
 息を飲み、返事をすることもできない私たちにリサは、ゆっくりと語り始めた。幼い頃から優等生で、しかも心やさしきリサは、親思いできょうだい思いで、ほんとうに近所でも評判の[よくできた少女]だった。しかし、悪夢は十歳の時の夏休みにリサを襲った。家族旅行で湖の美しいリゾートに出かけたリサは、ある朝、弟や妹を誘ってボートに乗り込んだ。子どもたちだけでは決して乗ってはいけないと言われていたのだが、リサには自信があったし、子どもだけで冒険したいという思いも強かったのだ。
 そしてこっそりボートを漕ぎ出したのだが、思いかけなく風が強かったことと、途中でビルが大切なボールペンを水中に落として大慌てしたことも重なり、ボートが大きく揺らいでビルとドロシーか湖面に放り出されてしまったのである。もちろんリサは助けようとした。長女の責任感で、何としてもビルやドロシーを引き上げようとした。
自分の身勝手さ、卑怯さを悟って けれども溺れてゆく二人を見ているうちにリサは、あまりの恐ろしさに身が竦み、体中が震えて、結局何もできなかったのだった。
 「思い上がっていたの。何でもできるって。私はきょうだいを守ってあげられるって。でも私は怖くて何もできなかった。助けて、苦しい、怖い……って叫ぶビルやドロシーの声を聞きながら、私は何もできなかったの。ええ、最初は手を伸ばしてあの子たちをつかまえようとした。でもそのうち、恐ろしくて手も出せなくなってしまったのよ。もちろん湖に飛び込むこともできなかった。そのうえね、私は両親に助けられた時、どうしても、私か誘ってボートに乗ったって言えなかった。弟たちにせがまれて乗った……としか言えなかったのよ」
 リサの瞳から大きな涙が零れた。私たちは言葉もなく、ただ黙って、泣いているリサを見つめた。
 「私はそれ以来、ハイスクールを卒業する直前まで、ずっとカウンセリングに通っていたのよ。自己嫌悪と罪の意識と恐怖で、私はいつも押しつぶされそうだったから。でもね、十年近く通い続けたカウンセラーの先生のおかげで、ようやく立ち直ったの。それはね、自分の汚さ、弱さ、情けなさ、未熟さを充分に知るということは、そういうことを知らない人よりもずっと強くなれる……と、先生。に言われ続けた言葉を、やっと自分なりに理解して納得できるようになったから。私は自分の弱さを誰よりもよく知っている。私には、あれだけ愛していたきょうだいを救う力もなかったし、恐怖に負けて見殺しにしてしまうような身勝手さかある。そしてその責任を負うこともしない卑怯者。私は決してへいい子じゃない。それを充分に悟って、やっと楽になれたの」
 リサの言葉を、私たちはひとことも聞き漏らすまいと、呼吸さえも遠慮がちに耳をそばだて続けた。
 「人間は弱いのよ。いざとなったら逃げ出すし、慌てるし、生き延びるためにはみっともないことをする。それが人間。でもね、だからこそ、そんなみっともない真似を、いつしてしまうかわからない人間だからこそ、せめて追い詰められた状況でない限りは、できるだけのことをするべきだって、そう思えるようになったの。キリストは『人がその友のためにいのちを捨てること。それより大きな愛はない』っておっしゃったけれど、誰かのために死ぬことなどできない弱い自分を知ってしまった私は、どこまでやさしくしてもしすぎたということはあり得ないって、そう率直に思えるようになったのよ。私は強くないの。とても弱いの。でも、それを知っているから強く見えるのかもしれない……」
 リサの子分たちの中には、泣き出す者もいた。そっぼを向いて唇を噛みしめる者もいた。
 そして私たちは明け方まで、リビングで静かに、リサの言葉の意味を考え続けた。(以上)

自分の弱さを知れ、受け入れることが出来る。そこに強さがあるようです。
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