旅限無(りょげむ)

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気が重い民主党政権下の新年 其の弐

2011-12-16 15:09:06 | 政治
首相が「不退転の決意」を表明した消費税増税に関しても完全に後ろ向き。小沢氏側近の鈴木克昌筆頭副幹事長らが増税反対の署名活動を始めても「けしからん行動でもない」。党内には「輿石氏は内心では社会保障と税の一体改革の先送りを狙っている」との見方が強まっており、このままでは首相の足を引っ張るだけの存在になりかねない。…… 

■自分が薄氷を踏む思いで当選した輿石会長にとっては日本の国難や世界の危機などより、自分と党の選挙結果だけが気掛かりなのではないでしょうか?幸か不幸か解散の無い参議院ではありますが、総選挙で大敗を喫したら最後、次の選挙は地獄を見るのは必定ですからなあ。かつての自民党後期と同様に政策より選挙を優先する無責任で臆病な政治を続けていくと日本は政権交代しても生き残れない国だと海外からの評価が定まってしまう恐れがありましょう。財政再建や貿易問題も重要ですが、震災からの復興と原発大事故の収束以上に大事だとは思われません。まずはマイナスを埋め戻して原点から議論を始めるべきだと思うのですが、民主党は自分達の能力と資質を省みる暇もなく大問題を次々に食い荒らしては先送りして、いっぱしの政治家面をしている困った集団になっておりますぞ。


■「言うだけ番長」連敗続き-前原誠司政調会長
「考え方に隔たりがある。法案をお出しになるんでしょうから国会で協議しましょう」
15日の民主、自民、公明の3党政調会長会談で、自民党の茂木敏充政調会長はこう突き放した。8月に民自公3党幹事長が合意した子ども手当、高校無償化、農家の戸別所得補償の見直し協議はこれで決裂。平成24年度の予算関連法案成立は至難の業となった。……やはり戦犯は前原誠司政調会長だろう。政策の最高責任者なのに根回しした形跡はなく土壇場で「子どものための手当」案を提示すれば公明党も「誠意がない」と怒って当たり前だろう。…… 

■特別会計も含めて予算の大規模な見直しをすれば財源は無尽蔵に得られると大見得を切っていた藤井さんが、いつの間にやら税制調査会長に収まって古巣の財務省と手に手を取って増税路線をまっしぐら。そして単なる見世物同然の「仕分け」で現実を知り、尻尾を巻いて財源捻出を断念したら「提言的仕分け」と名称を変更して国民の目を誤魔化そうとしたのは他でもない野田ドジョウ首相御本人だったのだそうですが、名前を変えれば相手を騙せると民主党は本気で考えているのか?「子ども手当て」と「子どものための手当て」とは何がどう違うんだ?3党合意の直後にも「子ども手当ては生きている」と党のパンフレットに刷って配ったと自民・公明両党から怒られていましたが……。


「前原外し」も進みつつある。復興債の償還期限をめぐる3党協議は幹事長会談に格上げすることでやっと合意した。国会終盤では国家公務員給与削減法案修正に際し、自公案丸のみと国会延長を独断で打ち出し、現場は大混乱。「労組だけが支持者じゃない」と言い放ち、連合も激怒させた。八ツ場ダム建設の是非も混乱させたあげく「藤村修官房長官に判断を委ねたい」と丸投げ。自公幹部は「前原氏と話をしても仕方がない」と口をそろえ、輿石氏も周囲に「全体が見えないやつはダメだな」と漏らす。党内調整も与野党協議も連敗続きでは「言うだけ番長」と言われても仕方がない。…… 

■鳩山サセテイタダク元首相も「最低でも県外」「腹案がある」と言い張る裏側で、普天間基地の移転先を探す根回しも運動もしていなかった事が判明しておりますが、前原エエカッコシイ政調会長も同様の悪い癖があるようですなあ。自分が言えば何でも思い通りになると甘やかされた幼児の如く信じている節があります。民主国家の政治家を絶対主義の独裁者と混同しているようにも見えますが、鳩山サセテイタダク元首相の場合は何でも助けてくれる母親とその母親が付けてくれた大番頭が世間を甘く見る愚かな首相を作ったと推測されますが、前原エエカッコシイ政調会長の自信過剰の原因は、菅アルイミ前首相とも共通する長過ぎた野党時代に醸成された陰湿な権力志向になるのかどうか、今でも不明です。


■「雇われマダム」の悲哀-平野博文国対委員長
「私は真面目で、謙虚で、乱暴なことはしない国対委員長として有名です。そのために法案の成立率は低うございます…」
13日夜、平野博文国対委員長は民主党議員のパーティーで自虐的なジョークを飛ばしたが、先の臨時国会の法案成立率34%は平成のワースト記録だっただけに笑うに笑えない。平野氏は「法案の数が多すぎて51日間の会期では間に合わなかった」と釈明するが、要は国会対策のイロハも知らぬ素人さを自公国対に見抜かれ、翻弄されたとしか言いようがない。……党執行部で相対的地位が低く、自ら国会運営の青写真を描く権限さえ持たない……。野党国対委員長らと会談しても要求を輿石氏に伝えるだけ。自らが約束しても後にしばしば覆されるだけに野党は「雇われマダム」と見下し、腹を割って協議に応じようとしないのだ。公明国対幹部はこう哀れんだ。
「平野氏は3党幹事長会談の中身も聞かされていない。かわいそうな人だ…」
2011年12月15日 産経ニュース 

■寄り合い素人集団・民主党が抱え込んだ中空構造は日本政府の恐るべき無責任体制を生み出し、まるで先の大戦争当時の日本のように国家民族滅亡の淵を覗き込むような破局を迎えるまで、日本は立ち止まって考えることも最終的に責任を負う存在を持つ制度を作ることも出来ないのかも知れません。それが出来なければ何度、政権交代を繰り返しても、政界再編を実行しても、何も変わらずに世界が大きく変わる大波と渦の中で翻弄され続けるだけかも知れませんなあ。そろそろ年賀状に書き添える文言を考えねばならないのですが……。

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1 コメント

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Japanese mentality (noga)
2011-12-17 21:03:17
議会・会議は議論をして決議をするところである。
それぞれの成案を持ち寄って比較検討することが必要である。
成案がなければ議論にはならない。野次馬ばかりでは、議論にならない。

日本語には時制がない。だから、未来時制もない。
それで、日本人は未来に関する事態を脳裏に展開させることができない。
だから、成案はなく、腹案の段階にとどまることが多い。

あらかたの日本人は成案がなくて、腹案のある人たちである。
合意を得る必要がある場合には、談合を開いて、恣意の摺合せにより決着をはかる。
成案がないのであるから、もちろん筋は立たない。
馴れ合いで決める。だから、日本人は論理的でないといわれる。

腹案・腹積りは、腹の中でもやもやしている。
文章にはならないが、腹芸の原動力にはなる。不言実行の基礎ということか。
文章の体系にならないものを、片言交じりで言い表せば、それは歌詠みになる。
本人は、「お前らに、俺の腹の底が読めてたまるか」と誇らしげに考えている。
現実が自分の恣意で動かなければ、腹切りをして鬱憤を晴らすこともある。ああ、むなしい。

成案の世界と腹案の世界は合体することはない。
理想は成案の世界に存在し、趣味は腹案の世界に存在する。
現実対応策を考えるのは英米の高等教育の成果であり、その場の雰囲気を歌に詠むのは日本の高等教育である。
アッケラカンとした世界の中でドライに割り切る人たちは、朧月夜の風情に未練はない。

これらは別次元のことであり、趣味には論拠がない。(There is no accounting for tastes).
歌詠みは、たとえそれが間違いであったとしても理論家の主張に引きずられて行く。
歌詠みは、引かれ者の小唄でも歌っているか。
日米協議がともすれば円滑に進まないのは、協議参加者が大きく文化背景に左右されているからである。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812
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