旅限無(りょげむ)

歴史・外交・政治・書評・日記・映画

親の無念と役所の非情

2006-12-12 08:43:46 | 日記・雑学
■有名人の死去を伝える報道が、少しずつ変わって来ています。死因は究極の個人情報でもあるので、遺族の了解が必要なのでしょうが、具体的な病名を伝える場合が増えているようです。以前は、死因のほとんどが「心不全」とされていましたなあ。呼吸と心臓の鼓動が停止して死が確定するわけですから、このように報道しておけば間違いは有りません。でも、最近は死に到るまでの病歴を付け加える事が増えているようです。そうする事で、故人が最後に過ごした時を創造し易くもなり、苦しい闘病生活を送りながらも自分の仕事をやり遂げた人生に感動することも出来るというわけです。
 
■似たような例がテレビのプロレス放送にも有ります。すっかり人気が無くなって、日付が変わる深夜に放送される地味な番組になってしまって久しいのですが、夜の8時頃に放送されていた頃から、決め技は「片えび固め」ばかりでした。スリー・カウントを取るには相手を組み敷いて抑え込んでおかねばなりませんから、勝利の瞬間はこの技を使っているのは当然です。しかし、ファンならずとも、勝負を決めたのは抑え込む直前に決まった大技小技だと、誰にでも分かっていました。最近のプロレス放送では、フォールに入る直前に披露された技の名前を「決め技」として表示しているようですなあ。因果関係を極端に形式的な枠に嵌め込むと、一番大事な要素が切り捨てられて実態とはまったく違う話になってしまうという事です。

■間違ってはいないけれど、意図的に事実を歪曲して事実を隠蔽する、これは有能な官僚が得意とする常套手段なのです。


いじめ自殺を99年度以降ゼロとした統計の見直しを文部科学省が進めている問題で、「いじめが原因の可能性がある」など修正報告が続いている。うち一つは04年6月に埼玉県蕨市で中2女子が自殺した事例だ。だが、修正報告について両親に連絡はない。「なぜ死を選んだのか」。2年間、学校や県・市教委に問い合わせ、公文書公開請求をして手にしたのは、我が子の名前や住所すら黒塗りされたA4判1枚の事故報告書だけだ。

■子供のイジメが自殺や殺傷事件に発展するまでには、相当の時間が経過しているものです。誰かがそれを放置していることが問題の核心と言えるでしょう。馬鹿馬鹿しい書類作りに追われる教師達は生徒の小さな村社会で起こっている事態を観察している暇が無く、学校全体を掌握していなければならない教頭や校長は、不祥事の芽を注視するよりも、不祥事が起きていないと言い張る技術を磨いているようです。イジメ問題も新聞記事に有るように、所詮は書類の処理の問題になっているのでしょうなあ。物は言いよう、書類は書きようですから、「可能性」などという曖昧模糊とした言葉が挟み込まれればイジメは存在し、これを削ればイジメは消え去ってしまいます。つまり、日本中が心を痛める学校のイジメ問題も、結局は書類の「書き方」の問題だったのか!と合点が行きましたぞ。


蕨市内に住む父(46)と母(46)によると女子生徒は長女で、04年6月3日朝自殺した。自室に残されたノート3ページに、ゴキブリ呼ばわりされたなどと遺書を記していた。5日後、自宅を訪れた校長らは調査をまとめたらしい帳面を手に報告した。「好きでもない男子に告白する罰ゲームをさせられていたようです」同年7~8月、県と市に情報公開請求した。渡されたのはいずれもA4判1枚で似た中身の事故報告書。遺体発見状況などはあるが、学校生活の記載は無い。主たる原因欄には「不明」とあり、娘の名や住所、校長名も黒塗りされていた。県が開示した用紙は教育長名、公印まで塗りつぶしていた。1年後再び県に申請したが、結果は同じだった。

■悪質な「罰ゲーム」の事実をつかんでいないがら、「書類」の上でイジメとは扱われない、それ故にイジメ問題は無かった、という真に便利な理屈が完成しています。本当は、最初にイジメは無いはずだ!という書類作成の動機が決まっていて、規則通りに自殺事件を調査して発覚した事実を書類に列挙し、「主たる原因」という恐るべき記入項目を存分に利用して、イジメ事件そのものの重みを極限まで減少させる努力が重ねられるというわけですなあ。「主たる原因」からイジメ事件を排除してあるのですから、幾ら調査をしても「主たる原因」は大きな謎として残され、自殺に到る経緯を詳細に再現しようとしても、どうやっても埋められない空白部分が大きくなるだけでしょう。そこで、「学校は警察ではない」「生徒を信じよう」などの便利な逃げ口上が並べられれば、「主たる原因=不明」という書式が横行することになります。


両親は今回の修正報告を新聞報道で知った。蕨市によると、今回の文科省の再調査では「いじめも理由の一つと考えられるか」という項目が新設されたため、「考えられる」と報告したという。市教委は「当時からいじめも一因と認識していたが、主たる原因かは不明だった。過去の担当者の記録と当時の校長からの新たな聞き取りをもとに報告した。当時行っているので両親への聞き取りはしなかった」とする。

■文科省の誰かさんが、「主たる原因」という記入項目の名前を思い付いた瞬間に、日本中の学校からイジメ問題は消滅したのです。確かに学校は警察ではないし、教員は刑事でも検察官でもないのですから、真相を解明する能力も時間も有りません。それならば、「考えられ得る原因」とでもしておけば、どんなに小さな事実でもイジメ行為が記録されたのではないでしょうか?

 
母は事件後1年近くひきこもりがちだった。それでも行った3回の情報公開請求に「娘の死が1枚の紙だけで語られていると思うと情けなくなった」と振り返る。父も「修正報告の根拠にした記録をなぜ公開しないのか。校長が持っていた帳面はどうなったのか。当事者への聞き取りもせず、何の再調査なのか」と声を震わせる。悲劇を繰り返さないため夫婦の思いは一つだ。「子どもの自殺は1件ごと具体的に国へ報告するやり方にしてほしい。検証することでいじめ防止に生かしてほしい」いじめが自殺に関係があると修正したのは、蕨市のほか99年堺市の高1女子▽05年北海道滝川市の小6女児。
毎日新聞 12月12日

■再調査して修正まで到ったのが3例しか無い?!この数値の裏で、大切に育てて憲法を守って義務教育を受けさせようと学校に送り出し、それが直接の原因になって我が子に自殺されてしまった親達の恨みや悲しみがどれほど隠されているのでしょう?どうやら、文科省が次々と新しい書類制作を命じる度に、学校内には空白地帯や闇が広がり、それに対応する暇が無くなるように更なる書類提出が課される、そんな悪循環が続けていながら、「イジメを無くせ」と無理な注文をしていた事が、イジメ自殺の真の原因だと分かっているのに、教育行政が見直されるという話が出て来ないのは、実に不思議な話ですなあ。

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