憲法記念日に思ったこと

2022年05月03日 | 日々のこと

今日は憲法記念日・・・・・・できてから75年。

子供の頃はただのお休みの日でしかなかったけれど。

このところのロシアの侵攻で改憲論が賑やかになってきている。

戦争できる体制を作りたいのね。

しかし9条を変えたら・・・・・

各国が軍備の増強に走るわね。

争うより仲良くする道を選ばねば。

争って誰が幸せになるかしら。

 

先月時間がかかった「ノホンハンの夏」半藤一利著。

ほんと衝撃だった。

自分がしらなかったことにも。

1939年(昭和14年)が舞台。たくさんの資料を繫いで事実が明らかにされている。

これ以前、日本は日中戦争を起こしている。

満州事変、この時国際社会の反応は、現在のロシア侵攻と同じ。

日本はかいらい国家「満州国」を建国、国際連盟脱退。

今孤立するロシアの姿そのもの。

その時国内はどうだったでしょう。

たぶん今のロシアと同じで政府の都合のいい情報で盛り上がっていたのでしょう。

 

よく「関東軍」という言葉を目にしていました。でもどういうものなのか知っていませんでした。

満州国の軍隊だったのですね。

我が国の軍隊なのだけど。

満州国とソ連との国境の戦争。

日露戦争の勝利から、日本はソ連は弱いと決めつけて、手ひどい痛手をこうむる過程が綴られているのです。

作戦をたてた司令部の間違いなのに、司令部は責任を取る事も無く、実際の戦場で指揮をとった上官が責任を取らされ、自刃や、あえて死ぬことを求められています。

命令が無いのに撤退させるのも罪なのですね。

この年のヒットラーとスターリンが書かれています。

ポーランドに侵攻です。

今のロシアにタプリます。

この国も反省していないのです。

このノモンハンの戦いの後、この戦いがどれだけ無謀で、いきあたりばったりだったのかの、反省も検証もされずに、日本は南方への侵略を始めていきます。

この時、反省をしていたら、この後の戦争も避けられたかも、いや避けなければいけなかったのです。

これらをやっていたのは、参謀本部のエリート中のエリートなのです。ここが日本陸軍の聖域だったから。

戦争でなくなった大勢の若者・・・・・・いくらでも補充できると思っていた上部・・・・・・が哀れ。

お読みいただきありがとうございました。

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