Much Ado about Nothing

2005年02月27日 19時13分00秒 | Weblog
Much Ado about Nothing
主な登場人物

ドン・ペドロ アラゴン大公 Don Pedro ドン・ジョン ドン・ペドロの庶弟 Don John
クローディオ フィレンツェの若き貴族 Claudius ベネディック パデュアの若き貴族 Benedick
レオナート メシーナの知事 Leonato アントニオ その弟 Antonio
ボラチオ ドン・ジョンの取り巻き Borachio 修道僧フランシス レオナートのよき助言者 Friar Francis
ドグベリー 警官 Dogberry ヴァージェス 村役人 Verges
ヒーロー レオナートの娘 Hero ベアトリス レオナートの姪 Beatrice
マーガレット 侍女 Margaret アーシュラ 侍女 Ursula

あらすじ

アラゴン大公のドン・ペドロは戦に勝利し、領地への帰路、昵懇にしているメシーナの知事レオナートの館に立ち寄った。一行はレオナートのはからいでしばらく逗留することになる。喜んだのはクローディオだ。戦の前からひそかに思いを寄せていたレオナートの娘ヒーローへ自分の思いを伝える絶好の機会だからである。勝利の興奮も手伝ってドン・ペドロはその役を買って出る。仮面舞踏会でヒーローを口説き落としたのだが、クローディオは悪意ある告げ口を真に受けて、ドン・ペドロはヒーローを我が物にしようとしていると思い込んで欝憤が晴れない。だが、誤解はすぐに解け、一週間後には挙式の運びとなった。

さて、ドン・ペドロの臣下にベネディックという陽気な貴族がおり、今回の戦を共に戦い、今レオナートの館に滞在しているのだが、彼には天敵ともいうべき女性がいた。レオナートの姪のベアトリスである。二人は会えばすぐに口論となり、どう見ても馬が合うとは思えなかった。ドン・ペドロは式までの一週間を利用して、人々の協力のもと、この二人を相思相愛のカップルにまで仕上げる作戦を立てる。

こういう陽気な浮かれ騒ぎが気に入らない人間がいた。ドン・ペドロの腹違いの弟ドン・ジョンである。クローディオにでたらめを吹き込んだのも彼だった。何とかして式をぶちこわしにしようと機会をうかがっていた。

ドン・ペドロたちはベネディックが立ち聞きしているのを見定めて、ベアトリスの恋のうわさ話をする。ベネディックはこの芝居にまんまと引っかかり、ベアトリスが自分に恋狂いしていると信じ込んだだけでなく、彼女を好きになってしまう。ベアトリスも同様、ヒーローたちの偽のうわさ話を立ち聞きして、ベネディックに惚れ込んでしまう。

作戦が成功して、大喜びしているところにドン・ジョンがやって来て、おためごかしを装い、ヒーローとの結婚は考え直したほうがよいと忠告する。聞き入れないクローディオたちに証拠を見せると言う。ヒーローの部屋の窓際では、ドン・ジョンの指図通りボラチオとマーガレットが濡れ場を演じていた。そうとも知らないクローディオたちは、ヒーローが結婚式前夜に別の男を部屋に招き入れていると勘違いしてしまう。

ここメシーナニは奇妙きてれつな警官がいた。人並み外れた言語運用能力を持っており、簡単に言えるところを難しく言おうとして、たえずことばを言い間違えていた。というより、始めからことばの意味を取り違えて記憶してしまったのか、あるいは、そもそもことばの意味を理解する能力を持っていないか、どちらかだった。彼の名はドグベリーといって、村役人のヴァージスといいコンビであった。彼の指揮下にある、これまた風変わりな夜警団が、見回りの途中で、ボラチオがクローディオを陥れた計略を仲間に語っているところを聞きとがめ、逮捕する。

ドグベリーはこの不審な人物の件をレオナートに報告するのだが、すぐ後に式を控えているレオナートには、ドグベリーの意味をなさない暗号のようなことばを丁寧に聞いて解読しているゆとりはなかった。この時、もっとゆっくりドグベリーの話を聞いていれば娘の不幸は未然に防げたのだが・・・。

さて、結婚式は当然のことながら、大荒れとなる。身に覚えのないことで辱しめを受けたヒーローは気絶する。死んだものと思ってクローディオたちは引き上げる。ヒーローは息を吹き替えすが、父親であるレオナートは不貞呼ばわりされるような娘なら死んでくれたほうがましだと、言い募る。狼狽の極みにある一同を諫めたのが、修道士フランシスだった。彼の忠告により、ヒーローは死んだことにして、クローディオが後悔し、ヒーローの死を嘆くのを待つことにする。

しかし、思惑に反してクローディオたちはヒーローの死などどこ吹く風である。業を煮やしたレオナートとクローディオたちとの間には険悪な空気が漂うが、ボラチオを引き連れたドグベリーの報告を聞くに及んで、すべてドン・ジョンの悪巧みだったと知る。クローディオは自分がしたことの重大さに初めて気付き、レオナートに詫びる。レオナートは、ヒーローの無実を世間に公表すること、ヒーローの墓前に追悼の歌を捧げること、弟の娘を嫁にもらうこと、の3つを条件に、クローディオを恕す。

クローディオは約束を実行し、いよいよ結婚式となった。ヴェールをかぶった花嫁をレオナートの姪と思い、覚悟を決めて愛の誓いをすると、そこに現れたのは死んだはずのヒーローだった。不思議な再会に驚く一同にすべてが明かされる。ベネディックたちも愛を告白し、いっしょに結婚式を挙げることになり、館は喜びの渦に包まれているところへ逃亡中のドン・ジョンの逮捕が伝えられる。

英語のあらすじとコメント
みどころ

あらすじにはあまり現れないが、実はこの劇の主人公はベネディックとベアトリスであり、舞台でも主役級の役者が二人を演じる。ふたりが寄ると触ると交わす機智問答は「陽気な戦争」に譬えられており、にぎやかで楽しい。

もうひとつのみどころはドグベリーたち、道化連中だ。しかし、残念なことに、ドグベリーのことばの誤用のおかしみは翻訳ではほとんど伝わらない。

この劇の謂わば芯になるのがドン・ジョンだ。『空騒ぎ』には名台詞集に挙げるような台詞があまりない中で、彼の台詞は群を抜いて光っている。本人も言っているように、ほとんどしゃべらない役だが、口にする台詞はみな悪の重みを背負っている。

初めて見た舞台が劇団欅の公演で陽気なイタリアの風を感じさせてくれたが、ドン・ジョンが中途半端な悪人だったため、作品としてはただ陽気なだけの喜劇になってしまった。ケネス・ベラナーの映画も同じ過ちを犯している。あんなジョンにだまされるクローディオたちがただ愚かに見えるだけである。この映画は「シェイクスピアは別段、肩に力を入れて見なくてもいい、楽しめばいいのだ」という大事な主張を世界へ投げかけた点は評価できるが、なんだかニューヨークの金持ちがどこかの避暑地で面白おかしく過ごしました、という如何にもハリウッド的なおとぎ話になってしまっている気がする。

ドン・ジョンは第一に限りなく魅力的でなくてはならない。第二に底知れぬ悪の闇を覗かせてくれる不条理を自分の内に抱えてなくてはならない。第三には詩人でなくてはならない。詩的憂鬱とも言うべきものの虜であらねばならないのだ。なかなかそういうジョンにはお目にかかれそうにない。

この作品の主題は、騙しである。騙しという劇が様々な意匠に変奏され到る所にちりばめられている。悪意ある騙し、善意(娯楽)の騙し、騙しに対抗する解毒剤としての騙し、無意識の騙し、そして自分への騙し、等々。さて、あなたはどんな騙しをこの劇に発見しましたか?

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