つまらないダジャレを言うおじさんを煙たがってはいけない。
ダジャレなどのユーモアはさまざまなシーンで仕事の効率を上げることが
心理学的に証明されているからだ。
心理学者
内藤誼人 = 文
text by Yoshihito Naito
ないとう・よしひと●心理学者。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程修了。現在、(有)アンギルド代表。心理学の法則をもとにした人材育成や販売促進をレクチャーする企業研修や講演などで活躍。『「心理戦」で絶対に負けない本』『上手なウソの作法』など著書多数。
高橋常政 = イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashi
ライヴ・アート = 図版作成
科学が証明! ヘタなダジャレも
仕事の役に立つ
ユーモアのない職場は息が詰まる。仕事での疲れを癒す一服の清涼剤。それがユーモアであり、笑いである。周囲の人の明るい笑い声の聞こえる職場。そういう職場なら、大いに発奮できるし、仕事の能率も上がろうというものだ。私なら、たとえつまらなくともいいから、冗談やダジャレの絶えない職場で働きたい。
「いやぁ、銀行、閉まってましたよ」と私がしゃべったら、「シマッタ!」とすぐに答えてくれる上司。「この製品サンプルなんだけど、下に穴が空いてるじゃん」と言えば、「ソコ(底)までは気づかなかった」と笑って答えてくれる同僚。そんな職場を想像するだけで、なんとも楽しいではないか。
さらに言えば、最近職場におけるユーモアはますます必要とされるようになっている。
働きすぎによる過労が原因で、仕事中にポックリと死んでしまう過労死は、なんと年間1万人(!)を超えているそうだ(東京大学教養学部の川人博さんの推定)。年間1万人といったら、交通事故で死亡する人の割合とほとんど同じである。なんとも、すごい数値ではないか。交通事故に気をつけるのは当然としても、過労死にも気を配らなければならない時代になっていたとは。
過労死といえば、たいてい心筋梗塞や心臓発作で突然に倒れてしまうのが相場であるが、こうした心臓疾患の直接原因は、緊張と重圧のかかる状況下での長時間の激務だ。
緊張の糸を張り詰めるのは、決して悪いことではない。決して悪いことではないのだが、過労死するほど頑張る必要もないだろう、適度に緊張をほぐすことも大切だろう。そのためには冗談でも言いあっていたほうが楽しくていいだろう、というのが私の持論だ。
ユーモアもなく、ただがむしゃらに突っ走るのは、いわば仕事の暴走運転。そんなことをしていたら、命がいくつあっても足りない。自分の健康と、生命を守る意味でも、職場のユーモアは欠かすことができない。
ビジネス心理学においても、「職場のユーモア」というテーマは、きわめてホットな対象である。ユーモアにはいろいろな効用があることが科学的な研究によって判明している。それらを心理学的に解説すると、次のようになる。
ユーモアの第一の効能。それは、仕事が楽しくなるということだ。ある会社では、仕事の能率を高めるために、「私語厳禁の時間」を設けたりしているようだが、心理学的に言うと、それは逆効果である。たしかに、無意味な雑談はよくない。しかし、しゃべってはいけないと禁止すると、仕事までつまらなくなる危険性がある。
「ユーモアがあれば、どんなに困難な仕事もへっちゃら」、そんなアドバイスをしているのが、ネバダ大学のW・ケリー博士。博士によると、ユーモア・センスのある人のほうが、余計な心配事を抱え込まないので、リラックスして仕事にのぞめるのだという。
ケリー博士は、18歳から57歳までの成人を対象にして、「ユーモア尺度」という心理テスト(「どれくらいユーモアを思いつけるか」「どれくらいユーモアを楽しめるか」「人生の中で、どれくらいユーモアに高い価値を置くか」などから測定される)を実施した。そして同時に彼らがどれくらい心配事を抱え込むか、どれくらいよく眠れるかなどを聞いてみたところ、ユーモア得点の高い人ほど、まったく心配事がなく、安眠できる傾向にあることがわかったのである。
ユーモアを忘れない人ほど、どんなに厄介な仕事をまかされても、「俺なら絶対にうまくいくもんね」と明るく考えることができ、悩まなくなる、しかも毎晩グッスリと眠れる。
ケリー博士によると、ユーモア・センスのある人のうち、なんと62.5%もの割合の人が、不眠症という言葉とは、まったく縁遠かったそうなのだ。布団に入っても、仕事のことが頭から離れず、結果として、不眠症になっている人は、職場でもっと冗談を言ってみるのはどうだろうか。睡眠薬にお金をかける必要もなくなるし、ずっと安心な処方箋である。
ユーモアの第2の効能は、説得力がアップするということだ。たとえば、同じ指示を出すときにも、ユーモアをまじえたほうが、相手が「うん」と納得してくれる度合いが高まるのである。
「この書類を郵便局に行って、出してきてよ」と普通に要求すると、「面倒だなぁ、イヤですよぉ」と拒絶されてしまう可能性がなきにしもあらずだが、ユーモアをまじえて、「競歩の選手みたいにお尻をプリプリさせながら、郵便局まで行ってきて」と頼むなら、相手も笑ってうなずいてくれる確率がアップするかもしれない(あくまで可能性としてだが)。
クライアントとの商談でもそうだ。クライアントに値下げの要求をされたときにも、神妙な顔で値下げできない理由を説得するよりは、「これ以上値切られても、鼻血くらいしか、出ませんよ」などとユーモアたっぷりにとぼけたほうが、相手もそれ以上はムリを言えなくなる。
マイアミ大学のライネット・アンガー教授は、ユーモアをまじえてにこやかに説得したほうが、仏頂面で説得するよりも、はるかにうまくいくことを実験的に確認した。
私たちは、自分のことを「愉快にしてくれる」人の言うことは、よく聞いてしまうとアンガー教授は指摘している。なぜなら、私たちは、自分を愉快にしてくれる人を好きになってしまうからだ。好きになった人の言うことは、簡単に断れなくなるのが人情というものであろう。
アンガー教授は、同一商品に対して、2種類の広告をつくってみた。ひとつはユーモアに溢れた楽しいもの。もうひとつは商品の機能をきっちり説明するものである。この2種類の広告を学生たちに見せて、その効果を比較したところ、ユーモアによって説得したほうが、はるかに心が動いたのだ。
みんなが心を許しあって、軽口を叩いたり、冗談を言いあえる雰囲気をつくっておけば、たいていの頼みは聞いてくれるようになるのである。
大笑いした後は
いいアイデアがどんどん出てくる
新商品についてのアイデアを考えたり、新しい事業についての計画を立てたりするときにも、やはりユーモアは役に立つ。これが3番目の効能である。ユーモアは、ともすれば常識に縛られがちな私たちの固定した思考を打ち破り、新しい発想を生み出す原動力となるのだ。
ドクター中松さんを見てもわかるとおり、普通の人とはちょっと違うユーモア・センスのある人のほうが、愉快なアイデアをどんどん生み出せる。ユーモア・センスは、頭の柔らかさと関連しあっているといえよう。
メリーランド州にあるバルチモア大学のアリス・アイセン博士は、いろいろな条件下で、私たちの創造力がどのような影響を受けるかを調べてみたことがある。すなわち、(1)コメディ映画を見せて大笑いさせる、(2)軽い運動をさせる、(3)甘いキャンディを食べさせる、(4)数学の映画を見せる、(5) 何もしない、という5つの条件のうちで、最も創造的になれる条件はどれかを実験的に確認したのだ。
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この実験の結果、コメディ映画を見て大笑いさせた後が、一番私たちが創造的になれることが判明した。何もしない条件に比べると、3倍以上も、創造力テストの得点が高くなったのである。このデータを参考にすると、職場でも、みんなが呵呵大笑していれば、いいアイデアが浮かびやすくなるだろうと予想できる。
会議が煮詰まったときなどは、「ようし、ジョークでも言いあおうぜ!」と提案してみるのはどうか。私は、別にふざけているわけではない。“おふざけ、バンザイ!”の精神が、膠着した状況を打破する一助になることは、科学的に証明されているのだ。
ジョークの腕を磨くための
三つのコツ
さて、ユーモアは職場でも大いに役立つということを論じてきたが、最後に、うまいジョークの腕を上げるための注意点についてもアドバイスしておこう。米国の産業心理学者J・L・テレイン博士によると、ジョークでの鉄則は以下のとおりである。
(1)よけいな前置きをしない
ジョークを言うときには、「さぁ、これから面白い話をするよ」とか、「本当に面白い話なんだよ」という前置きをしてはいけない。聞く人に余計な期待を与えると、つまらなかったときに失望が大きくなるからだ。ジョークを言うときには、いきなり切り出すのがコツである。
(2)人をバカにしない
皮肉っぽいジョーク、批判めいたジョークはかなり高度なテクニックを要する。また、かなり親密な間柄の人でも、ダーティなジョークは許されないことがある。とりわけ、相手の「容貌」「名前」「家族」にかかわるジョークは絶対にやめたほうがいい。
(3)30秒以上かかってはいけない
オチにたどりつくまでに30秒以上かかるジョークは、たいてい面白くない。ジョークがヘタな人は、説明がまわりくどく、ひとつのジョークが長くなる傾向がある。
さらに、テレイン博士は、皮肉っぽいジョークや、ややダーティなジョークを言うときのルールについても指摘している。
(1)その場にいない人のジョークは言うな (2)ジョークを言われた人は、自分から笑え (3)ジョークで悪口を言われたときには、自分も軽い悪口を言って、おあいこにする (4)特定の人ばかりをターゲットにするのをやめる (5)フェアにやろう。以上の5つである。
ただし、繰り返しになるが、皮肉っぽいジョークは上級者向けであり、誤解されることもあるので、できればやらないほうが無難である。
私たちには、だれでも基本的な欲求として、「愉快でありたい」「楽しくありたい」という欲求を持っている。それは、職場においてもそうなのだ。だれでも愉快な職場で働きたいという欲求を持っているものであり、経営者や管理者には、そういう人間心理の機微にもっと敏感になってほしいと思う。「仕事ってのは、辛いもんなんだ」というストイックな考えを捨てて、くだらないこと、バカなことでも許容してあげることが、職場をイキイキとさせる秘訣である。
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ユーモア・センスというものは、遺伝的に決まっているものではなく、本人の心がけ次第でいくらでもアップさせることができる。ユーモア・センスは、いわば一つのスキルなのである。「俺は昔から、つまらない男なんだよ」と何かを悟ったような絶望感にとらわれてはいけない。面白いこと、楽しいことに、どんどんチャレンジするようにすれば、だれでも芸人なみのユーモア・センスを身につけることができるのだから。
文化人と呼ばれる人たちや識者などが、非難することの多い漫画やテレビなども、どんどん見るようにしよう。漫画やテレビのことを、やれ低俗とか低劣だと言う人もいるが、「ユーモア・センスを磨く練習だから、別にいいんだもんね」と柳に風の精神で聞き流し、バラエティ番組を見ながらアハハ、ウフフと笑うことをお勧めする。それでこそ、明日への仕事の活力が湧いてくる、というものだ。
外国から日本にやってきた人はみな、「どうして日本人は、こんなにつまらなそうに仕事してるんだろう……」と疑問に思うそうだが、イタリア人のように、呵呵大笑しながら、明るく仕事をするのが理想だ。別に不真面目に仕事をしろ、と言っているのではなく、どうせやるのなら、楽しく仕事をしたほうがいいに決まっているからだ。
http://www.president.co.jp/pre/20060403/003.html