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塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

サッカーは競技の前に職業である

2010-07-10 01:20:10 | 日記
 サッカーは競技の他に「職業」の面もありますから、今も昔も貧困から脱出する手段でもあります。

 南米やアフリカの貧しい家庭で育った男子の多くは、プロサッカー選手になって、家族を助けたい、豊かな暮らしを手に入れたいと願い、まずは母国のビッグクラブでプレイし、そして渡欧することを願います。

 でもこれらは多くの危険が伴いますね。

 例えばアメリカでは貧しい家庭に育った男子は、NFL、NBAを目指します。
 プロになればチームからの給料の他、ブランドからシューズを含めた金銭の補助が期待できますし、プロになるには大学への進学が必須ですが、能力と学力が認められれば、奨学金の援助が認められます。

 そして州は移動することはあっても、海外へ出向く必要はありません。

 かつての日本もそうでした。
 大学野球、高校野球で認められたら、自然とプロの道が開けましたし、アメリカ同様海を渡るリスクを心配することなく、高い給料を貰える形がそこにはありました。

 でもサッカーの場合、その殆どは国境を越える必要がありますし、悪徳代理人によって満足な援助を受けられないまま、知人のいない欧州でアフリカの若者が右往左往することが、多々あると聞いています。

 日本ですとJリーグに入団しても、すぐに解雇されてしまう可能性が高いため、プロになれる素質があっても断念するケースが多いようです。

 加えてJリーグのサラリーは、プロ野球と比べたら微々たる金額ですからね。

 金銭面の問題や悪徳代理人の排除など、プロサッカーが改善しなくてはいけない面は、数多く残されていると思います。

 特に10代前後の若い世代は、学校で授業を受ける必要がありますし、サッカーを断念した後の準備も視野に入れないといけませんしね。

 僕たちは毎日何気なくサッカーを追いかけていますが、僕達も選手のためにできることを提案していければ良いですね。
コメント
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