息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

羆嵐(くまあらし)

2013-03-10 10:26:20 | 著者名 や行
吉村昭 著

昨日、この作品を思い出したので再読。

大正4年12月、極寒の北海道天塩山麓にある小さな開拓者たちの集落を
怖しい怪物が襲った。
誰も見たことがないほど大きな羆(ひぐま)だった。
冬眠の時期を逃し殺気立った羆は、人々に襲いかかり6人を死亡させた。
生き延びた者も羆が住居を破壊する音、人を食べる音、そして
逃げた戸外の生死に関わる寒さに苦しむ。

最終的に死者は6人、重傷者3人という想像を絶する結果をもたらした
日本最悪の獣害事件と言われる三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)が
もとになっている。
淡々と語られる文章はかえって恐怖をストレートに伝える。

逃げるにも隠れるにも場所がない。自分たちの住まいはあまりにも頼りない。
自動車もなく、ただ外部にこの事件を伝えるだけでも、極寒の道のりは
命懸けとなる。
まだ息があるものを助ける術もない。

一度人間の味を覚えた羆は再びみたび集落を襲う。
この恐怖は例えようもない。

警察、陸軍はもちろん、近隣のアイヌの人々にも協力を仰ぎ、討伐隊が結成される。
熊撃ちの名人ながら村中の嫌われ者である銀四朗も熊への戦いを挑む。
──馬を軽々と越える大きさ、全身黒褐色一色ながら胸のあたりに「袈裟懸け」と
呼ばれる白斑を持つヒグマ。
この描写だけでもぞくりとする。

討伐隊が羆を追い、気配を消した銀四朗が心臓と頭に銃弾をうちこむ。
ようやく殺した羆の死体を見て、、雨竜郡から来たアイヌの夫婦は
数日前に雨竜で女を食害した獣だと語り、天塩で飯場の女を食い殺し
三人のマタギに追われていた羆と同一ではないかという意見も出た。
そしてこれらは、胃の内容物で裏付けられる。

とてつもなく怖しいと思う一方で、わずか100年ほど前にはこれが
すぐそこにある現実であったというのがすごい。
厳しい開拓者たちの生活があってこそ、今の北海道がある。
自然の驚異は人間にはいかんともしがたく、それをわかった上で
手懐けていくたくましさと、畏怖を忘れない慎ましさが必要なのだ。

そう言う意味で銀四朗の存在はとても印象的だ。
人間としてはダメ、うまく生きることはまったくできない。
しかし、生き物や山を知り尽くし、自分を守る術をもっている姿は
頼もしい。かといって、うかつに頼ることなど許さない。

巨大で力のあるものへの恐怖、人間のもろさ、それでいて
戦いを挑む強さなど、シンプルでいて様々なものを語る。