哲学とワインと・・ 池田晶子ファンのブログ

文筆家池田晶子さんの連載もの等を中心に、興味あるテーマについて、まじめに書いていきたいと思います。

大変な格差社会(週刊新潮今週号の「人間自身」)

2006-05-12 07:19:04 | 哲学
 池田晶子さんの週刊新潮連載「人間自身」今週号は、「大変な格差社会」という題でした。ポイントとなる文を要約しつつ抜粋します。

「人が格差を問題とするのは、当たり前だが、それを格差と見るからである。所得もしくは暮らしぶり、金のあるなしを格差とする。しかし、どうしてそれが格差なのだろうか。どうしてそれが問題になるのか。
 もっといい暮らしがしたい、豪勢な暮らしがしたいと人は望む。そう望むまさにその心が、外に「格差」を見るのである。ゆえに格差とは、社会のうちに存在するものではなくて、その人の心のうちに存在するものである。人は自分の見たいものしか見ないというのは、いかなる場合でも真理なのである。」



 上の最後の文「人は自分の見たいものしか見ない」は、塩野七生さんの『ローマ人の物語』で何度も触れられるカエサルの言葉と同じです。ローマの時代から、天才の目からすれば、大衆というか普通の人というものはそのように見えていたのでしょうか。

 池田さんは、金のあるなしの格差を問題にする賤しい品性があるから、人間の品格には格差がある、そういう意味でなら格差社会の到来といえる、と皮肉った言い方もしています。「金に価値を置く賤しい品性と心に価値を置く貴い品性とどちらが格が上か決まっているではないか」と。


 ただ前提としては、「この国では食うに困る人はおそらくいない」ということがあります。資本主義国家とはいえ生活保護などの福祉制度があり、通常は最低限の生活が憲法上保障されています。しかし、食うに困れば「心に価値を置く」などと悠長なことは言ってられない、ということになるかもしれません。

 良寛や一休のような高潔な人の、貧しくも心豊かな生活を一般人が目指すことは、「清貧の思想」の中野さんも言う通り無理ですから、少なくとも「自分の人生において最も大事なものは何か」について、よく考えておくことだけはしておきたいものです。