早太郎「そうだ、思い出したぞ、あの歌を」

 さて、信州信濃に着いた弁尊さん、あちらの村へ行っては
「あのー、すみません。この辺りに早太郎さんってぇ人はいませんでしょうか?」
「いや、遅太郎ってぇいうぐずぐずしているいる人はいますが、早太郎ってぇ人はいませんねぇ。」
 こちらの村へ行っては、
「この村に早太郎ってぇいう人はいませんか?」
「あー、早太郎ならうちのじいさまだけど、もう二十年も前に亡くなったよ。」
「そうですか、二十年も前ですか。それじゃ、ダメだ。」
信州といってもずんぶんと広い国です。毎日村から村へと尋ねあるく内に、既に半年以上が過ぎてしまいました。
「あのー、この辺に早太郎さんってぇいう人はいませんか?」
「あー、早太郎。いるよ。」
「えっ!いますか。早太郎さん。良かった!どこにいらっしゃいますか。」
「そこの、路地を入って、二軒目のうちだよ。」
「あー、良かった、もうダメかと思っていたのに・・・御免下さい。こちらに早太郎さんがいるって聞いてきたんですけども、」
「えー,いますよ。ほら見て下さい。昨日生まれたんですよ。可愛いでしょう。」
見れば、まだ目も開かないオギャー、オギャーと泣いているちっちゃな赤ん坊でした。弁尊さんはがっかりしてしまいました。
「いくら早太郎でも、昨日うまれた赤ん坊ではとてもあの化け物に適うわけがない。おまけに、去年の秋のお祭に化け物が、早太郎と言っていたんだから、昨日や今日生まれた早太郎じゃないんだ。」
探し、探し、探し歩いている内にいよいよ夏も終わり、いつしかまた柳姫神社のお祭の日が近づいてきました。もう半分あきらめかけて、がっくりしながら取り敢えず神社に戻ろうと足を見附の国にむけました。
    いよいよお祭りまで、あと一週間。心身ともに疲れ果てた弁尊さんは、ある重い体を引きずってある峠へとやってきました。その峠の茶屋で一休みをした弁尊さん、お店のおばをさんに、これが最後と思って聞きました。
「おばあさん、いないとは思うんですけどね。この辺に早太郎さんってぇ人はいませんか?」
「さぁ、早太郎さんってぇ人ですか?そういう人は聞いたことがありませんね。」
「やっぱり。そうでしょうね。」
「でも、早太郎ってぇ、人はいませんけどね。早太郎ってぇ犬ならいますよ。」
「はぁ、犬ですか。犬じゃしょうがないんですよ。だって化け物は『早太郎』ってぇ・・・あっ!やつら、早太郎が人間だなんて,言ってなかったな。そうか、私が勝手に早太郎が人間だと勘違いしていただけなのかもしれない。・・・おばあさん、その早太郎ってぇいう犬はどこにいるんですか?」
「ほら、あそこ。あそこにお寺の屋根が見えるでしょう。あの光前寺さんに早太郎っていう犬がいるんですけどね・・。」
「・・・光前寺?」そのお寺の名前を聞いて,弁尊さんはあの晩化け物が歌っていた歌をはっきりと思い出しました。
「そうだ!『言うまいぞ、言うまいぞ、この事ばかりは、言うまいぞ、信州信濃の光前寺、早太郎には言うまいぞ』『信州信濃の光前寺』ここだ!」

 写真はヤナヒメ神社にいる、三代目の早太郎。小屋には二代目と書いてありますが……。
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