蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

ぐちぐちぐち

2011-01-21 | 

iPadがインターネットにつながったことに対する、昨夜の夫の反応は、
「無反応」という反応だった。

いま、われわれは、熟年危機にあるので、
どんなことでも、マイナスの針のほうが敏感に振れる傾向がある。

昨夜も、これみよがしに、ため息を何度も何度もつかれ、むちゃむちゃに、意味なく腹が立った。
部屋が寒いと感じるときに、エアコンをつけたい気持ちを表す夫の言葉
「寒い寒い」の連発と同じだ。
自分でエアコンをつけたら済むことなのに。
わたしが、なにかリアクションを起こすまで言い続ける。

昨夜は、ここのところの一連の学習の結果、夫は自分でエアコンをつけていた。
だが、今度は、ため息。
わたしがなにか言うまで、ため息かい?!

その、行為、なぜか、理屈抜きでわたしの神経を逆撫でする。

言いたいことがあれば、相手にわかるように説明すればいいではないか。
赤ん坊ではあるまいし、
泣く、笑う、怒る、そういった自分の感情を見せるだけで、自分の思いを察し、願望を満たしてほしい、
・・・そういうことだろう。

なんらかのサインを出している幼い子供に、親が、示すような、理解力を示してほしいのだろう。
なにも自分で説明しなくても、くみ取って、先々に要望を満たしてほしいってことだろう。
あなたのおかあさまは、生まれた時からずっと今日まで、あなたにそうしてきたのでしょうけれど。

わたしゃ、あんたの、母親じゃない。
言いたい事や要求があれば、相手に説明し、相手が納得しなければ、説得する努力をすべき。

怒る、威嚇する、すねる、ため息をつく・・・そんな行動で示すのではなく。


わたしはTVはニュースも見たいのに、夫は自分の好きなチャンネルを当然のように独占。
リビングに、エアコン、床暖房と、上からと下から、同時に両方ぬくぬく暖めて、夫は酔って寝ている。
また朝まで、TV、暖房つけっぱなしで?
いつものことだが、わたしはとてつもなくイラついて、一秒もそこに居続けたくなくて、新聞を持って、2階に上がった。

ああ、夫婦別室の救い。
これが、この別室がなければ・・・おお、こわい。
いろんな悲劇が想像できる。
世の中には、避けられたかも知れない事件が、多く発生している。
でも、じつのところ、わたしは別室に助けられ
たんに、立ち向かわなければいけない問題点を、後回しにしているだけだ。


一夜明け、冷静に振り返る。
わたしの反省点。
キレて避けるだけでは、夫とたいして変わらない。
夫に、どこがイヤなのか、夫がわかるように説明し、改善してほしければ根気よく、説得すべき。
つまり、二人とも、意地の張り合い。
未熟さにおいては、同レベルということだ。
両者、一歩も引かない、というところが、われわれの最大のダメなところ。


話は変わるが、
「親戚宅で行われる法事、スローさんも一緒に来ないかと、その親戚から電話があった」と、義母から連絡があった。
その親戚に、返事をしなくてはいけないので、義母は、わたしの答えを急いでいた。

前にお知らせを受け、夫だけが出席することになっている。
その法事を明後日に控え、突然、わたしも出席しないか?とのお誘いだ。

出席者は、ほとんどが男性。
男性陣には、豪華なお膳の数々を用意しているが、女性たちは、台所裏で、お弁当を取ろうと思っているので
わたしにも、そのお弁当をいっしょに、だそうな。
夫が遠路、車で来るとしたら、お酒を飲んでも、帰りはわたしが運転すればいい、とご親切なアドバイス。

そんな思いついたように直前のお誘いでは、わたしもスケジュールとして、予定が詰まっている。
わたしも飲むのに、なんでわたしが一方的に運転手?
一生に1回か2回しか行かない家にお招きいただきて、
そんなはるばる遠方に、わざわざ貴重な日曜日を費やしてまで行って、
夫は、豪華お膳で、なんでわたしが、台所裏で、お弁当?

台所裏なら、コマネズミのように
お茶出しサービスとか、させられそう。

なんで、ひとさまの家でまで、よそのひとさまを接待せにゃいかん?

とにもかくにも、わたしは、3か月以上前から入っている予定があり、
それに向け、準備もしていたし、わたしが抜けると大勢の人々に迷惑をかけるので、
せっかくのご親切なお誘い、大変申し訳ないが、丁重にお断りさせていただいた。

 

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予定が入ってなければ、参加しただろうか?
ぜひ、行って欲しいと懇願されたら、参加しただろうか? 

妻は夫の従属品のように捉えられているから、当然、無償で動くもの
そういうメッセージを読みとりました。

ビジネスの世界でも、人はタダでは動かない。
理念で動く、ボランティアもあるだろうけれど。

人を動かすには、それなりの配慮というものが、いります。
しかしまあ、常識というものは、ひとそれぞれ、違うんですねえ。
その常識が一族全員、地域全体だとしたら・・・ふう・・・どうしますかねえ。

 


新入り登場。使いこなせるか?

2011-01-20 | 無題

夫が、仕事がらみで持ち帰って来たiPad。
日曜日に、やんや、やんやと必死で取り組んだのだが、うまくつながらなかった。
そのiPad、昨夜、下娘Rが、つなげてくれた。

娘はさすが、パソコン世代。ゲーム世代。
小さいころからキカイものには、慣れているからだろうか。
アタマを通り越して、感覚というか、カラダで理解しているように思う。

夫は、どちらかというと、数字とメカには強いほう。
ついでに、運動神経も良いほう。

そのせいで、運動音痴で、アタマも鈍く、デキの悪いわたしは、いつも、夫に小馬鹿にされていた。
(コンプレックスが転じて、自分で勝手に抱いた被害者妄想かも?)

娘が仕事が今はハードな状況なので、
精神的にも肉体的にも落ち着いたときに、ゆっくり、取りかかってもらおうと思っていたが、
昨夜、夜10時過ぎに帰宅後、ささっと、難なく、つなげてくれた。
(でも、1時間ぐらいは、かかったけれど)
(ちなみに夫は、仕事で不在)

お、おーっ、拍手喝さい。
夫め、あんたより娘の方が、ずっとデキるやんか。
夫は、喜ぶか、悔しがるか。

「おとうさんの悔しがる顔が、見たいわー」
とわたしが言うと

「おかあさん、そうとう、性格悪いなあ」
と、娘R。

あんたにゃ、わかるまい。
わたしの根性のヒネ曲がりようが。
紆余曲折、苦節ウン十年。


今朝から、ちょこっとiPadに触れ、試運転。
わー、これは美しい。
しかし、充電はどうやってするのか、まず、それが気になって、出勤支度に忙しいRに聞いてみると
「説明書、読んで!!」と突っぱねられた。

説明書は、どこ?どこ?
そうか、ネットの中なのね。検索するのね。
便利といえば、便利。紙媒体ナシね。

「おとうさんは、できなかったけれど、つなぐのは、どこが、ポイントやった?」

と、アホついでに聞いてみた。

「やってもいない、おかあさんに説明しても、わかるわけないやん」
と、想像していた通りのお返事。


もし、必要に迫られていて、誰もやってくれるひとがなければ、わたしは、懸命に取り組んでいただろうか。
情報弱者になっているに違いない。
お膳立てしてもらって、「はい、どーぞ」と目の前に差し出されて、はじめて操作できる。
まさに、ひとの縁の下の力のうえに、どすんと座っている。

だって、弱者だからあ~~
運動オンチだし、方向オンチだし~~~

そういって、ひとまかせ。
これは、たんに甘えているだけだ。自分を甘やかしている。
もともと低い能力を、さらに低下させている。

そのくせ、(威張っているくせに)デキないひとを冷ややかな目で見る。
なーんだ、偉そうにしていても、あ、わたしと同じやんか~!!と。
じつにじつにじつに、娘に言われるまでもなく、イヤな性格だ。

でも、いま、ちらと、こころのスミッこに、iPadを義母に持って行って、直々に教えてあげたいような気がした。
理由は、たんに、義母に喜んでもらえたら嬉しいから。
駆け引きなしで。

ケータイのメールも自在に使いこなす義母。
誤字脱字は、今まで一度も発見したことがない。
彼女は80歳をゆうに超えている。
機械ものにはアレルギーがあると思われる年齢なのに、これって、いつも尊敬している。

実母は、義姉に至近距離で、手取り足とり教えてもらっているが、パソコンも、ケータイも、好きではないようだ。

優越感を感じたいから、、iPadを教えてあげたいのではなく、(だいいち、わたしは、どの分野もいつも完敗している)
義母なら、楽しんでもらえるかも、と、思うからだ。
でも、おそらく、そういうことにかける暇も余裕もないだろう。
ただ、ちょっと、こういう方面の刺激もあってもいいかな、って思っただけ。


さて、iPad、自宅にいるときは、パソコンのほうが便利だと思うのだが
わたし、使いこなせるのだろうか。楽しめるのだろうか。

とりあえず、スタンバイして、動くようになったiPad。
家族それそれが、どうやって、使うかな??

 

 

 

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かわいいと思っているのは、わたしだけ

2011-01-19 | 趣味

なんの変哲もない、、お花をアップしている。
去年の暮れに、新聞集金の方から無料でいただいた、のミニ鉢花だ。
最初は、さびしく、こんなの。
あれから、また、ひとつ、ひとつと、花が開いている。

何度、撮っても撮ってもピントがあまい。
ケータイじゃなく、デジカメで撮ればいいものを。

目標・・・高性能カメラを購入すること。
これを目指そう。

デジカメは3つ購入したが、1台目デジカメは、息子に引き取ってもらい、
2台目は、3台目を買うまでは主流、
3台目は、暗くてもストロボなしでOKなので、まわりに迷惑をかけずに映せる。
旅行やお食事会のとき、食べ物メモがわりに重宝して使っている。
薄暗い美術館でも、写真撮影禁止でないところなら、大丈夫。

最近は、ケータイが、わたしのカメラ部門にしゃしゃり出てきて、
いつでもどこでも、その気軽さで、お食事部門にも顔を出す。
シズル感(おいしそうな感じ)をはっきりくっきり出すのが、写真の使命のはずなのに
手軽で便利なのもだから、その使命を無視して、ついケータイを乱用し、
自分さえわかればいい、雑な「手書きメモ」化している。

なので、見ていただく方にとっては、完成度の低い、ざらざらの写真となる。
もうちょっと頑張らないといけないんだけれど、そうなると、今度は、腰が重くなって
ちゃっちゃとアップする気力が失せる。

いずれにしても、メンドくさがりは、よろしくありません。
これが、わたしの最大のウィーク・ポイントです。(ほかにも、いっぱいあるけれど)

なんで、このミニ鉢花をこう、マメに何度も映すのか。
それが、ですね、単純なのですが、小さな花が、少しずつ咲いていくのが、楽しくて。

実は、これ、トイレに置いている。
今回は、何度撮っても、ピントが、壁紙に合ってしまうのが、笑えるが。

ドクター平松が、純金で出来ている黄金のトイレに1億円かけたと、TVで紹介されていた。
秀吉じゃあるまいし、わたしのトイレの神様は、純金でなくてもいい。

これ、わたしの小さな幸せなんです。
小さな小さな、わたしの宇宙空間。(トイレそのものが、じゃないですよ)


いつもお邪魔する、とある方のブログで、
海外で暮らす、国際結婚の妻たちは、意外に貧乏な生活をしていると、仰っていた。
その方が紹介されている、別の国際結婚された女性(アメリカ在住)も、貧乏暮らしだとのこと。
大きな家に住み、豊かな暮らしをしていると誤解されるような、
そんな国際結婚のイメージをふくらませるようなブログ記事は嫌いだ、と紹介女性の方は仰る。

自分のブログは、自由で、なにを載せても、どんな表現方法でも構わない、
人それぞれの個性が現れる場。
が、わたしは、上記の方の意見には、けっこう賛成だ。

国際結婚だけでなく、自分の生活をアカの他人にどう見せるかは、個人の自由。
婚活殺人犯の女性のブログのような、犯罪につながるようなものは、もってのほかだけれど。

自分を良く見せたいと思うのは、自然だと思うし、良く見せるために努力するのも、
生活に張りがあって、いいと思う。
ただ、好き嫌いがある。
見栄っ張りや、ええかっこしい、は、わたしは、NG。
自分らしさを素直に表現し、それが、つまらないものでも、わたしは、それでいいと思っている。
ひとは、感銘を受けてくれないだろう。
豪華なディナーや、まばゆいばかりのお住まい、きらびやかな生活・・・、
そういったものを感じ取れる、
夢のある、憧れの生活を具現化して、視覚的に見せてくれるものに
魅了されることも、おおいにあるだろう。

ま、それはそれで、目の正月。ありがたく目の保養。
わたしはわたしで、毎日、お茶漬けに、梅干し。
(実際は、こういう食事は、あまり好まないけれど。
カフェ・オーレに、自分で作ったカンパーニュ・サンドゥイッチとサラダのほうが、好き)

そうすると、またまた、このピンぼけ・ミニ鉢花のアップとなってしまった。

 

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すみません。
弁解がましくて。

今度は、もっと、景気のいい話ができるよう、頑張ります。
あああ、息切れ・・・ぜいぜい

 


寂しいけれど、遠くから応援してます

2011-01-18 | 

昨夜、遠方に暮らす息子が、ひょこんと帰って来た。
公的手続きのため、上阪したついでに、顔を見せたようだ。

「今日、家に、だれか、いる?」

彼のメールは、いつも、これ。

子供たちが小さいころから、わたしがいつも家にいない事が多いので、
とりあえず、こう確かめる。

「いるよ~」と、返信しつつ、猛スピードで家路に着く。
彼より先に、家に入っていないと、味気ないし。

タッチの差程度で、わたしが先に帰宅。
ばばばと猛スピードで着替え、洗顔し、さあ、と思った頃に、息子の顔。

「久しぶり~」
といっても、ほんの2週間前、お正月に、夫の実家と、わたしの実家で、会ったなあ。

食事はまだということなので、適当にそこらへんのものを使って調理し、食卓に並べる。

飲む、飲む、飲む。
彼は、ビール、ウイスキー、ワインと、チャンポンしていたようなので、
へろへろになってダウンしてしまった。
わたしは、焼酎、ワイン。
飲んでも、後片付けやら翌朝の準備やら、まだまだ、けっこう、働けるようだ。

しゃべる、しゃべる、しゃべる。

酔いもまわるが、舌もまわる。
わたしはともかく、息子は寡黙で、胸の内を明かしてしゃべり倒すほうではないのだが、
炸裂・本音トーク大会となった。
すべて本音。べらべらべら。
日頃言えないことを、べらべらべら。

お酒のパワーってすごい。ハイテンションもいいところ。
しかし、なにをしゃべったのか、ほとんど覚えていないのが、ツライです。
わたし、たんなる酔っ払いか?


「あのさー、おとうさんの言うことをまともに受けなくてもいいと思うよー。
別に跡取りとして、がんじがらめになって、無理して帰ってこなくてもいいよ」
って言ったような気がする。
自分の人生の終わり頃、死ぬ頃までに、80歳ぐらいまでに帰ってきたら、それでいいから、と。

「じつはわたしも、移住・永久・女中奉公から逃げようと、ひそかに準備中なんよ。
でも、準備だけで、実行はどうなるのか、わからんけどねぇ」
なんて、母親のくせに、ろくでもないことを打ち明けたりもする。

夫は、たまたま不在だったが、
一日でも早く、帰ってきて欲しがっている夫がもし聞いたら、
かんかんになってアタマから火を吹いて怒るようなことばかり、しゃべったような気がする。


深夜12時ごろ、
上娘から、「ハワイ2泊4日の弾丸ツアーから無事帰国」のお知らせメールが入った。
「お帰り~。おにいちゃん、帰ってきてるよ~。飲み過ぎて、おえおえ、いってる」
と、ついでにひと言、添えると

「仕事で疲れているところに、お酒を勧めると、酔いがまわるから、ほどほどにしなさい」、
とお叱りを受けた。
しゅーん・・・


ありえないほどの薄着の息子を見て、
「そんな恰好していたら、かわいそうな人だと思われて、
NPO法人かなにかで活動している人から、
炊き出しのお知らせや、住まいの提供やら、街で声かけられるんと、ちゃう?」
と、寒がりなわたしの老婆心。

「本当に困っている人は、こんなに薄着はしないで、ちゃんと何枚も服を重ね着している。
ズボンも、もっこもこに重ねてはいてる。
だから、間違えられない」
なんだそうだ。

あいかわらず、ユニークなお方。


遠くに赴任することが決定している息子。
ここ当分何年かは、会えない。
会えるとすると、法事ぐらいだ。

次の法事は、いつだっけ?
まだまだ何年も先のような気がする。
こんなときだけ、法事がはやく回ってくればいいのに・・・なんて思ったりする。
宗教心、ゼロ。じつに、いい加減だ。

お嫁さんを連れて帰ってくる、なんてことはまったく期待していないので、(ありえないことは、期待しない)
せめて、健康には注意して、新しい土地で頑張ってほしい。

「ほんなら、な」
最後に玄関先で、息子は手を振った。

「じゃあ、ね」
わたしは、寂しいけれど照れ笑いしながら見送った。
でも、息子、けっこう、爽やかな顔して、久しぶりの、自分が育った街をゆっくり見渡しながら、
ゆるやかな日差しのなかを歩いて行った。
澄み切った冬の午後、彼が見えなくなるまで、わたしはじっと後ろ姿を追い続けた。

 

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トップ 画像は、息子と二人で空けたイタリアの赤ワイン。
クセのない、飲みやすいお味。

夫のワイン・クーラーから、黙っていただいちゃったものですが、バレるかなぁ・・・
わたしもそうですが、息子が、大、大好きな夫こそ
、息子と飲みたかっただろうなあ・・・
息子だけでなく、子供たち全員、ひとりひとりが、このうえなく大好きな、まだまだ未熟な、われわれです。

息子、あの爽やかそうな顔なら大丈夫。
新しい門出。一歩ずつ、ゆっくり・・・歩んでほしい。


バトル転じて、ボトル

2011-01-17 | 

夫在宅・メランコリック・ブルー

昨日は、1年に1度あるかないか、の休日・夫、在宅デー。
いつもは、ゴルフなのだが、ぽこんと一日、たまたまゴルフ予定が入らなかったようだ。

そういうことは、直前に言って欲しい。
なぜなら、前々からわかっていると、
メランコリック・ブルーの時間が長くなり、その間に、限りなく漆黒ブラックに近くなる。


夫は、iPadを入手してきたらしく、さっそく、取りかかっていた。
無線ルーターが必要なようで、午前中に近くの家電店に買いに出かけた。

コンピューターを前に、四苦八苦。なかなかうまく、つながらないようだ。
お客様サポートセンターに電話してみようとしたが、日曜日はやっていなかった。
平日、仕事をしている人にとって、日曜日ぐらいしか取りかかれないのに、それでは片手落ち。
でも、祝日は、OKのようだが、夫は、祝日は必ずゴルフだし、どっちもどっち?

その間も、DVDを何枚もコピーしたり、パソコンは夫が完全占領。

わたしも、夫の目の前で、夫の悪口たらたらのブログを綴るわけにもいかないので、
パソコンは、あきらめた。

TVの大洪水

いつも夫がいない時は、TVはつけていないのだが、昨日は早朝からTVの洪水。
いっときもTVがついていない時がない。
じゃじゃ漏れ、じゃぶじゃぶ、垂れ流しTV。 All TV hour.

そのなかで、やしきたかじんが、2つの番組に続けて出ていた。
討論番組「たかじんのそこまで言って委員会」と、「たかじんNOマネー」

「たかじんのそこまで言って委員会」で、辛坊治郎氏が、おもしろいことを紹介していた。
世の中にはアタマがいい人がいて、インターネットでいろんな発言が飛び交っている。

伊達直人と、菅直人の違い

伊達直人は、こどもたちにランドセルを背負わせる。
菅直人は、こどもたちに借金を背負わせる。

伊達直人は、必要なところに、必要なものを置く。
菅直人は、現金をばらまく。

ふーーむ・・・たしかに、おもしろい。


次の、「たかじんNOマネー」では、またもや、たかじん、同じ顔。

ゲスト出演の孫正義氏は、在日韓国人3世で、幼いころは苦労されたようだが、なかなかの人物。
聞けば聞くほど素晴らしい理念が、あちこち、ダイアモンドのように散りばめてあった。

企業のイメージ・アップには、もってこいの番組、効果絶大だと思いきや
スポンサーは、SoftBankだった。
なんや~。そのままやん。
まあ、いいですけれど。

脳ミソの性能、機能に、個人差あり

孫氏と、お会いしたことがあるという人(社長さん)を2人知っている。
一人は、わたしの小・中学校の元同窓生F君で、彼のアメリカでの留学時代に学友がらみで。
もう一人は、わたしが仕事関連で担当していたH社長で、社長として、なにかの会でちらりと会ったのだろう。

この上記の二人を対比してみると、まったく正反対。

同じ社長といっても、脳ミソの性能が、とびきり上級か、そうでないか、に、はっきり分かれる。

ただただ、がむしゃらに働く、それはそれで、とても立派だが、それだけでは、そこまで。
アタマを使わなければ。
悪知恵のほうに、使っては、もちろんよくない。
だが、このアタマ、使いたくても、生まれつきのメカニズム機能の問題があって、
凡人と天才、秀才の差は、埋めがたいものがある。

ひとそれぞれ、適材適所、です。
ナンバー2が、ぴったりの人もいる。
「その他大勢が、楽」という人もいる。

目指すものはなにか、それがはっきりすると、
達成するための方法は、目標とする人の辿った道を研究する、
そこからスタートすることでもいいのでは。

孫氏は、人の後からではなく、人がやっていないことをやっているが、
最初からそうではなかったはず。

俗人には、お金は回ってこない

やしきたかじんの絡み方が、俗人っぽくて、いい組み合わせだった。
たかじんが、孫氏の言葉を聞いて、こう締めくくっていた。

「カネというものは、追い求めるところには、集まらず、追い求めないところに、集まるものなんですなぁ。」

たしかに、たしかに。


きんぴらレンコンを作りながら、
まだその続きには、「ザ・ハウスルール3」で、デビ夫人や、大橋巨泉の豪邸をまじまじ、しっかり堪能。

と、まあ、在宅ブルーは、
ブルーが好転して、次から次へと、おもしろテレビをしっかり観る1日になった。

またまた

ノリすぎなのかどうかは、知らないが、鍋をつつきながら、二人でシャンパン1本、赤ワイン1本を空けた。
夫は、飲んだ後の、いつもの、酔いざめ「寒い、寒い」が始まったので、
とたんにブルーが甦りそうになり、
とっとと見捨てて、急いでわたしは2階に上がった。

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トップ画像は、その空のボトルたち。
昨夜は、バトルではなく、ボトルで、よかった、よかった。

 

 

 


にんげんだもの。

2011-01-15 | 無題

いま、わたしのアタマは真空状態になっている。

これは、ブログ更新に使える持ち時間が、少ししかないのに、
人のブログをぐるりと回った後に、よく訪れる状態だ。

持ち時間の半分を、ニュースや、ひとさまのブログを読む方に使ってしまった。
自分のブログ更新もアタマのスミに置きながら読むので、焦りながら、はしょりながら、斜め読みする。

そんな読み方をするなんて、失礼なんだけど、しかたがない。
どうせ、ブロガ―さんには、読者がどんな読み方をしようが見えないのだけれど、
せっかくの面白いネタが詰まっている場合もあるのに、ぽろぽろと、こぼしつつ、
身がいっぱい残っている魚をさっさと捨ててしまうような、後ろめたい気もしつつ、急いで読む。

で、やっと、あらっぽく、一通り読んで、自分のブログを更新する時間が来た。

ふぅ~。
あと30分しかない。
ひとさまのブログは、しっかり味わって読んでいないわ、時間は気になるわ、ぱさぱさした気分。
味が染み込んでいない「肉じゃが」みたい。
結局、こういうことって、ゆっくり時間をかけてすべきものなのに、
へんに欲張ると、両方、中途半端になる。
二兎(にと)を追う者は一兎をも得ず。

しかも、この内容、一昨日に使ったばかり。
反省をしたばかり。

わたしのブログを訪れてくださる方々を、自らの手で、追い返しているようなもの。


みなさんは、どうかはわからないが、
わたしは、面白いブログに出会うと、初めは一生懸命、夢中で読むのだが、
だんだん内容がマンネリ化してくると、徐々に遠ざかる。
あるいは、気に入った部分はいいとして、日々、ブロガ―さんのいろんなところがさらけ出されていくと、
気に入らない部分が見えてくるようにもなり、やはり距離を置くこともある。

辛抱して、がまん強く読み続けると(→そんなところに、忍耐力を使う必要性はまったくないのだが)、
また、面白くなってくることもある。

そのなかでも、いつもフレッシュな感性や、斬新さ、「動」、
あるいは、それとは正反対の、おそろしいまでに笑えるほどの、頑固一徹感が感じられるところには、
ついつい引き寄せられる。

解釈にも、感性にも、いろいろあります。


にんげんだもの。
相田みつをじゃないけれど。

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ということで、
本日も、また、反省のネタになりそうな、ブログ更新となりました。

 

 

 


チープで、すみません

2011-01-14 | 趣味

昨日、わたしのブログを訪れていただいた方に・・・・

すみませんでした。反省です。

よくまあ、あんなしょーもないことを綴って、ヘーキだと、我ながら感心した。
その反省もあって、今日は定時より早くからヤボ用に取りかかったため、アーリー・スターターとなり
そのおかげで更新する時間が生まれた。
やったー。

反省は、してみるものですね。

さあ、きょうは、自分が納得のいく内容にしよう・・・と、やけに力んで、がっつり取りかかると、
今度は、読んでくださる方には、まったくおもしろくないものになってしまう傾向、大いにあり。
どっちみち、おもしろくないってことです・・・。

と、前置きが長くなりました。


昨夜、ある人からのメール、別の人からの電話でのやりとりがあった。

自分の一生分の血肉、情熱を注ぎ、自分が大好きなものを築き上げ、後世に遺すのは、素晴らしいことだが、
遺された側は、宝石やキャッシュならいいけれど、莫大な維持費のかかる文化遺産の場合、
とても維持に困るという話。

造った側は、いいけれど、
遺された側は、相続税、管理・維持費が一般人にはとても捻出できないような額となる。

イギリスのある古城も、8000万円で売りに出ていたことがあるが、
維持費が年間、それ以上かかる。
よほど採算の合う見通しでもないと、大金持ち以外の人は、買っても、その後、行き詰まる。
(あ、その前に、庶民は、買えない)

それと同じで、元首相・吉田茂さんのお宅(麻生さんが所有)が、かつて売却打診があった。
地方の豪邸なども、売りに出されても、買い手がつかない。
豪華であればあるほど、買い手は、ない。

文化的価値があっても、個人では維持・管理できないので、企業や、国や自治体に売却し、
ホテルやレストラン、料亭、展示場や結婚式場、美術館などに、運営されることもあるが、その数は知れている。

地方の由緒あるお屋敷は、
かつての主一族が、その土地を離れ、後を継いで住む人もなく、かといって相続人は維持費も捻出できず
終いには、荒れ屋敷になる。
そして、更地にして、モータープールか何かになるのだろう。
まだモータープールなら日銭が稼げるが、奥地ではそんな需要もなく、朽ちて行くだけの運命なのだろうか。

すばらしい文化遺産が、次々と姿を消していくわけだ。
国にも、企業にも、個人にも、お金がない。
しかたないことと言えば、しかたないことだが、実にもったいない思いがして、口惜しい。

時代のシンボルとなる、
エポック的存在の、超一級の、淘汰された文化遺産だけが、後世に残るということになる。
街全体が、文化遺産になっているところもある。

そうやって、後世に受け継がれてきた文化遺産は、
時代時代における、数々の困難に耐え、時代を生き抜いてきただけあって、
今、現在、残存しているというというだけでも、その価値が、十分あるのかもしれない。

一代か、二代、せいぜい三代で、おわり。
政府の相続税対策にメスを入れない限り、故人の功績は、泡沫の夢と消える。



ここで、がらりと、庶民のおはなし。
わたしの大好きなモノは、文化財とは、まったく180度違っていて、お粗末極まりないが
ぶらり行き先で、あちこち集めた、旅のグッズ・コレクション。
大量生産されたものもいっぱい含まれていて、チープなものばかり。

わたしが老人ホームに入っても、まとめてダンボール箱に入れて、持ち運べるぐらいのもの。
死んだら、そのうちのいくつかを、棺桶に入れていただきましょうかね。
あとは、燃やしてもらったら結構。
文化価値ゼロ、換金性価値ゼロ。
遺してもらう側としては、ダイヤモンドや、ルビーのほうが、小さくて頑丈で、持ち運びしやすく、
身につけてもよし、で、よかったのだろうけれど。

一生のうちで、好きなことができる時間がたとえ少しでもあった、ということは、
とても幸せなこと。
まして、モノやカタチとなって、後世に遺せたひとは、それだけでも相当、生きた価値があったと思う。
ただ、そのあとのフォローが続かないことは、もどかしい・・・。

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この写真のバービーちゃんは、タイで買い、ドレスは、ハワイで買ったもの。
フラダンスを踊っているように、あちこち、身体を動かして、楽しんでいる。
ああ、なんて、チープなわたしの、趣味。

でも、こういうの、けっこう、好きなんです。

 


時間がないことを言い訳に

2011-01-13 | 無題

また、究極の選択の時間が訪れた。

ブログ更新か、用事(鬱陶しい雑用)か。

用事を明日に延ばすと、明日は、スケジュール上、ブログ更新はできない。

あと30分以内に本日のブログ、すべてを終了して、アップできるか?
画像も探さないといけないし。

と、こんなネタなら、3分で片付きそう。
しかも、用事も残りの時間で出来るし。
両立、成立!!

が、しかし、問題は、ブログの内容、質だ。
誰の文句も評価も、直接には受けないにしても・・・
そんなことで、自分が納得するのか・・・

でも、こういう時もあるってことだ。
人間、生きている時間の3分の1は、睡眠、
3分の1は、仕事を含め、野暮用(ヤボな用事)で費やされるってことです。
残りの3分の1は、せめて有意義な時間として使いたいところだが、
ヤボ用の延長だったり、つまらない時間だったり、効率の悪い時間の使い方をしている。

今日は、効率がいいけれど、内容の薄いブログとなったが、
さあ、いまからヤボ用をやっつけよう。

と思ったら、時間切れとなってしまった。
ヤボ用は、明日に延期となった。げんなり。

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どっちにしても、たいしたことはないってことです。

霧が晴れた、その後は?

2011-01-12 | 

自由、いま、むかし。

昔は、人生の選択肢は、ほとんどなかった。

職業の自由、居住地の自由、結婚の自由、・・・あれこれ、お上や、家父長に決められ、
個人の自由はなかった。

ひとに人生を強制され生きる。
ある意味、従うだけで、責任を取らなくていい。

しかたない。
道がない。他に方法がない。

 
時代が変わり、価値観が変わると、がらりと変わる。

今は、自由。
選択の自由。人生の自由。
頑張るのも自由。堕ちるのも自由。
頂上を目指すのも自由。こぼれ落ちるのも自由。

頂上を目指さないのも自由。
自由にならないのも自由。
選択する自由。
選択しないという選択もある。

死ぬ自由まで、自由は、果てしなく拡がる。


終身雇用制度は、崩壊し、働き方も自由に。
会社と一心同体の忠誠心は何処へ。
会社側も、個人を束縛しないかわりに、家族的結束・温情もない。

離婚率は上昇、
結婚は、拘束力を失い、人生の大きな枠組みから解放される。


イエという幻に捧げる一生

姑のような、一生をイエに尽くし、人生のほとんどは、イエのためにあるような
そんな結婚生活は、もはや家制度が幻影となっている現代では、姑の目にだけ映る幻(まぼろし)。
姑は、幻のなかで、イキイキ生きている。

時代の足跡ということで切ってしまえるなら、コトはカンタンなのだが、
ただ、ややこしいことに、姑の息子である、わたしの夫に、マインドをごっそり注入してしまっている。

「僕は、古風な考えの人間です」

初めて夫と対面したときに、いのいちばんに、夫は自分のことを端的に自己紹介した。
その時の言葉が重大だったことに気づかず、いとも軽く扱ってしまっていたわたし。
いつも、詰めが甘い。

他の結婚相手・候補者にも、旧いタイプの方々も、けっこういた。
どの旧式人間と結婚していたとしても、今のわたしとおなじ葛藤は生まれていたことだろう。


イエに縛られない、新しいカタチのイエ

イエ制度の良い面だけを残し、あとは、時代に対応した形式に変えるべき。
いくら強制的に、無理やり頭を押さえつけて継承させようとしても、無理。

無理やりでは、その場限りで、次の代や、その次の代に、バトンタッチできなくなると思う。
アタマのいい中継ぎ役なら、うまく切り抜け、次の代にバトンを渡せるのだろうけれど。

われわれは、夫婦での協力ハーモニーは、いたって不協和音を奏でているのだが、かといって、
今まで受け継いできたものを、わたしが、つぶしてしまうわけにはいかない。
ま、いろいろ考えて、篩(ふるい)にかけ、はしょって、
バトンを渡される側にとっての負担を最小限にして、伝えようと思う。

負担の重さが苦痛という点では、
役についてない平(ひら)会員ならいいが、
強制的に、班長や、会長の役目が回ってくる自治会の会員みたいなもの。
課せられるお役目が重すぎて、お年寄りたちは、次々に自治会を脱退。
手を差し伸べてあげるべき、高齢者たちこそ、自治会に留まってほしいのに。

義務の負担が重いと、受け手側は逃げるってことです。


次世代への継承のために、夫の実家には、訪れることはあっても、
空気の逆流する、かの地に、わたしは異邦人になって住みつく気はない。
夫がそれが不服なら、発展的・永久別居というコースもある。
選択権は、それぞれにある。

お互い、ハッピー別居がいちばんだと思うのだけれど。
なぜか、夫は、わたしにあの惑星に、「永遠の女中」として永住しろと言う。
ふたりの意見は、まっぷたつ。


赤、勝て! 白、勝て!  伯仲のバトル

綱引きの綱は、姑がトップの座に君臨する今は、微妙な均衡を保っている。
トップ引退の時期や、状況によって、右に行ったり、左に行ったり。
真ん中の旗は、どっちに向けて、倒れるか。
赤、勝て、白、勝て。わー、わー。

現在、義母が真ん中にいて、身を張って、旗を振って応援してくれているから、もっているようなもの。
義母が力を発揮しなくなると、綱は、ぶっちーーんと切れてしまうかも。
そういう意味では、一日でも長く、元気でいてほしい。
それは、義母もそう思っているが、家族全員が願うところでもある。

ただ、問題を先送りしているだけという気もするけれど。
義母が元気を失うまでに、じっくり対策を練るなり、考えを固めておく必要がある。
できれば、夫の定年まで、ぜひ元気でいてほしい。(定年、あるの?)

その頃は、息子と徐々にバトンタッチ。
息子が、まだ独身なら? (おおいに、ありえる) 
夫婦共稼ぎで、子供が、小さくて、手がかかるとしたら?
そんなことまで考えると、自分自身の計画が立てられないから、その時は、その時の絵を描こう。


霧、晴れそうな予感。
でも、それまでには、暗雲たちこめ、一時、どしゃぶり、のち、嵐。

 

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霧が晴れたあと、まわりを見渡してみると・・・・

あちこち、びしょびしょ、屋根は飛んでるわ、車はひっくり返ってるわ・・・

修復作業に、残りの人生すべてが、かかるかも。


引きこもる楽しさ

2011-01-11 | 無題

昨日は、一日、ひとりで休日を満喫した。

夫も娘も不在なので、まるまる1日を、ゆーーっくり過ごせて、とても満足。

といっても、その内容は、たんなる引きこもり。
実は、わたし、引きこもりが、好きなんです。

ほっておけば、何時間でも、何十時間でも、ぼけーーっとできる、
身体を全然、動かさなくても(動くのは、指と目だけでも)、
なんの建設的なこともしなくても、なんの用事をしなくても、全然ヘーキ。

ひとりで、ひとさまの役に立たない一日を、こころゆくまで、のんびり味わった。

この調子だと、車いすの生活になっても、大丈夫かもしれない。
寝たきりになると、わたしは腰痛持ちだから、ちょっとキツイし、
ひとさまのお世話にならないといけないのは、ツライ。

(好きで、車いすや寝たきり生活を送っているひとは、だれひとりもないだろうから、
こころない比喩を安易に使うことは、驕りでもあり、慎むべきだと反省)

でも、誰とも話さず、誰とも接触せず、ただただ、ひとりっきりの生活が延々と続くと、
やっぱり、楽しくないだろう。
かりそめのひとり、だからこそ、楽しいのだと思う。
わたしの引きこもりも、その気になれば、外に飛び出すことができるから、
静と動のメリハリ効果が生み出され、躍動感を増幅させる。


一昨日は、娘と二人、これまた、まったり半日、楽しく過ごした。
ただ、娘がいると、パソコンに張り付いているわけにはいかないので、
早々にパソコンの電源を切ることにしている。

それはそれで、娘がいる、パソコンと離れた休日も、おつなもの。

娘が在宅もよし、不在もよし。
夫に関しては、不在は、最高、在宅は、・・・よくない。
今週の日曜日は在宅予定と聞き、とたんにブルーに。
夫族、なぜ、こんなに嫌がられる???

彼に罪はない。
しかし、今では、もはや無害ではなく、有害。
といっても、同じ居住空間を共にしているなかで、
彼の自分中心の横柄な生活態度が、たんに鬱陶しいだけ。
世の中には、「愛され父さん」も、いるんだけれどなぁ・・・・・


さて、それはそうとして・・・
60代の2姉妹が、残金90円のまま、誰の助けもなく、自室で死んでいたニュースが伝えられた。
発見は、死後、かなり時間が経ってから。

仲良し姉妹だから、ひとりっきりではないにしても、悲惨なニュースだ。
彼女たちは、生活保護が受けられなかったのか、ということが論じられていたが、
持ち家があると、受けられない、と、わたしは思っていた。

そうでもないようなことが、専門家の談として新聞に載っていた。
持ち家どころか、貯金がほんの少しでもあっても、だめだ、と聞いたことがある。

正確な情報は、ちゃんと国民に伝わっていないように思う。
受け手側の、ジャッジ・ミスなのか?


はなしは、ころりと変わって、
いつも見に行く、ある方のブログを見ると、
50歳を超えて、これから資格を取って、頑張って新たに仕事を得ようという動き。
その努力は、身となり、肉となり、そのパワーは、その方の今後の人生を支えていくことになるだろう。
わたしのように、たんに怠けて引きこもっているのとは、違う。
とても、立派でアタマが下がる。
たとえそれが必要に迫られたからだとしても、原動力・モチベーションというものは、要だ。
そうやって、ひとは、どんどん力をつけていくのだろう。

癒されたり、元気づけられたり、自分以外のひとには、自分にないものがあり、
なにかしら影響を受ける。

さて、有意義な引きこもり連休も終わり、今日から、頑張ってまいりましょう。

 

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トップ画像、手抜きです。うすぼんやりボケてます。
パソコンの横に置いている、某焼肉店でいただいた卓上カレンダーを、ケータイでパチリ。
いかにも気合いの入ってないヘタな落書きをして、オワリ。
なんのワザも、なんのアピールも、ありません。

引きこもりのあとは、アタマもいまいち、ぼけてるのかなぁ・・・