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蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

未完人間の、ざんげ

2011-09-15 | 趣味

毎日、ブログ更新をしないと、どうも落ち着かない。
ジムに行って、運動しないと落ち着かない、という人が、仕事関係者に、いたけれど、
それに似ている?
(似てないか・・・・)

今日で、脳内パリから現実パリへ、旅行申し込みのキャンセル料発生まで、残すところ1週間となった。

そわそわ。
あと1週間しかない。
楽しみが、だんだん苦しみに変わってきた。

やめてもいいんだし、決行してもいい。
今しか行けないかもしれないし、また、行けるかもしれない。
無理に行く必要もないし、誰がどう言っているわけでもない。

でも、一人旅は、おそらく今しか行けないだろう。
本人のモチベーションが高まっているのは、今。
来年になれば、しんどい、不安な目はしたくなくなっているかも?
身辺に不安材料やイベントが発生し、心置きなく行ける状況ではなくなっているかも?

今回を足がかりに、来年以降のつなぎ(ステップの第一段階)にしたい、とも思うし、
今回が、最初で最後かもしれない、とも思うし。
複雑な心境。

申し込んだホテルは、毎日、値段が変わっている。
値段が変わる度に、別の、もうワンランク、グレードの高いホテルに切り替えようか、
はたまた日にちを変えようか、
あいかわらず、小さい範囲で、ぐるぐるしている。

パリなんか、ちっとも魅力を感じないという人もいる。
アパルトマン、いっしょにシェアしない?って、声をかけてみたら、
「ぜんぜん、パリなんか、いいと思わない」
と、ぴしりと、明確な、はっきりした、お返事をいただいた。
がっかり。しょんぼり。
わたしは、単なる偏狂な、もの好きか・・・

そうだろう、そうだろう。
わたしだけだ、いい年して、パリ、パリ、なんて言っているのは。

きっと、若い女の子がいっぱいいて、わたしみたいなオバサンは、居心地が悪いかも。
なんばのモード・ショップ街を歩いていると、若い女性ばっかりで、わたしのような年齢の人はいなかった。
わたしの年齢の人は、都会のモード街なんか、歩かないようだ。
場違い感、ひしひし。

急に、自分が、ファッションだけは、無理やり若作りの、浮いている
年食ったオバサンに見えているように思えた。
鏡があると、隠れたい心境。見るのもイヤ。
明るい天然の日光のもとで、ふと、鏡に映った自分を見て、浦島太郎の気分になった。
この、若々しい服を着た、顔だけおばあさんは、いったい、だれ??

パリにも、そういう共通のものがあるのかも。
いい年のオバサンは、空気のきれいな、澄み切った大自然を好むべき?
わたし、大自然や、癒しスポットも好きだけど。
年齢的に、これが最後かと思ったり。


あ、ちなみに、話は、まるで変わるが、

わたし、「独身」みたいだと、よく言われる。(つい先日も言われた)
これは、生活感がなく、足が地についていなくて、自分の年齢に合った、雰囲気とか立場とか
そういうものを考えていないからだろう。
自分の感性のままに、生きているからだろう。
家庭のニオイ、優しいお母さんのニオイは、まったくしない。
身も、こころも、家庭にないんだと思う。

子供の頃、自分の母に、家庭的な優しさを求めたこともあるが、無理だった。
なので、せめて、自分が、自分の理想としている母親になってあげればよかったのに。
子供たちもまた、優しくない母親になっていくことだろう。
わたしの、せいだ。

ほんとうは、あたたかい家庭をいちばん、ほしがっていたくせに。
気が付いて、もどってみたら、家庭は、もぬけのカラ。
子供たちは、とっくに飛び立っていた。
(いるのは、ケンカの種が絶えない、半・同居人だけ)

おばあさんになったら、優しいママンになれるかもしれない。
そのころは、体力が付いていかないかも。
家庭事情が複雑な状況の、微妙な年齢の孫を、おしつけられて、くたくたになっているかも。
誰か助けて~と、ママンどころではないだろう。

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うまくいかないものだ。

すべては、自分の未熟さが原因。
一生、未完のまま。
それを背負って生きていくのも、自分。