まだ洋食は食材のロスが少ないから楽な飲食業の方だ。野菜の派材なんかだって、毎日のブイヨン採りに使用するし魚類の様に足の早い食材も無い。只唯、味の決めてとなる修行に時間が掛るのと日々の体調管理が大事である。趣味である故に満点は有り得ないと思えば、70点以上を目指してそれが客人にとって高得点に感じればマズマズである。食材も客人の体調も日々異なると思えば、同じ作品を厳密に追求する事は必要でなくなり今日の味として整えて釣り合いを保てば合格だ。満点の連続は、辛いし不可能でもある。机上の論理とは違う訳である。
苦しい言い訳であるが、本音である。プライドなんて大袈裟なモノは全く無いのだが、個人の趣味に泥が被るのは誰もが嫌な筈。趣味とは、個人の個人足る表現方法だから誰もが日々研鑽して少なからず発表している。オイラの料理趣味は、加えて料金を頂くという商売であり生活の糧でもある訳だ。だから、本来ならこれで良しという事は無い筈なのだが料金設定があり、余り高価では商売にも成らないし、そうは言っても原価だけでは維持も出来ない。その他、ランニングコストやローン返済も在る。手間だけが生活の糧となる部分だが、それがねっ?
でも、救う神が居てお客さんが三人来店してくれる。仕事帰りで腹ペコの女性達である、一杯づつお酒をたしなんで食事である。来客がゼロと一組では気持ちの持ち様は大分異なるなっ!毎晩、閉店後に日経表という帳面を付けるのだが、空白もしくは0が付くのは大変に嫌なモンである。売り上げそのものも重要だけど来客してくれる事自体が感謝な訳である。その為に早朝七時から仕込み、清掃し、作戦も練るのである。つまり趣味性の高いへんな洋食屋の営業にゼロという泥は塗りたくない訳だ。支持が少なくても、ゼロでなければ支持が有る訳だ。
今晩は、大暇にて以前からの懸案の譜面起こしをやる。ナカナカやる気に成らない作業なのだが、こんな時にしか出来ないのでやった。「キエンセラ」というラテン・ルンバの名曲である。譜面起こしの段階でオイラ成りに一つの通過点が在って、ハモニカの達人に聞いて貰い良い悪いでなく、達人が「俺もその曲やろうかなっ!」と言ったら譜面起こしをするのだ。何か、譜面起こしの認可が降りて合格した感じを得た様な気に成ってから書くのである。で、書いた。大変に面倒な譜面であり決して美しい譜面ではなが、マァ一時間賭けて仕上がった。