へんな洋食屋より発信!

横浜市南区にある洋食屋から旬な話題を発信します。

へんな洋食屋カフェ

2013-11-30 07:15:53 | Weblog
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例えば、定食屋にて「生卵ぶっかけご飯定食」なんかが有ったら幾らの献立に為るのだろう?街角の裏路地の定食屋である。勿論、卵はスーパーの特売品、醤油もいっと缶の業務用、ご飯も標準米だ。定食だから、芝漬けを添えよう、ワカメの味噌汁も付けよう。きっと、300円はマズイだろうな。250円以下の設定額であろう。侘しいだろうなっー!しかしこれが、万が一にも黒塀の料亭で出されたら如何なモノか?輪島塗のお盆に柿右衛門のお茶碗、輪島塗のお椀、芝漬けも京都から航空便で毎日取り寄せ、器も清水焼、箸も輪島塗だしレンゲも輪島塗である。ご飯は富山県産の特別栽培米のコシヒカリ、卵も謂わずとも知れた名古屋コーチンの庭飼いの朝採れ鶏卵である。料亭だからお膳だって輪島塗の一枚板、床の間には雪舟の掛軸が垂れ下がる。マァ、3000円という事は無いなっ!5000円以下という事も無いだろ。政治家なんかが、色々とご馳走を食べ飽きてマッ!茶碗一杯食べっか?というモノに違いない。しかも一般政治家ではなく、代議士の大臣クラスが食
べる訳である。

へんな洋食屋カフェ

2013-11-30 07:15:45 | Weblog
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物価の優等生と謂われ続ける鶏卵の価格が高騰しているなっ!だいたいが冬季は鶏も卵をたくさんは産まないのだが、この猛暑の夏に産める親鳥がたくさん死んだらしい。原因はそれだけではない。為替が年初から25%も円安と為って、鶏の餌(輸入である)代も高騰している訳である。昨夜は、そうした国際為替やグローバル経済や鶏の大量葬儀なんかを考えつつ「生卵ぶっかけご飯」を食べる。オイラは、全卵に醤油をかけて先ずはかき混ぜてからやや熱いご飯にかけて、ぐちゃぐちゃにかき混ぜて刻み海苔をまぶしての正統生卵ぶっかけご飯を支持している。とは言うものの、正統を名乗る方々もたくさん居て、熱々ご飯に窪みを造り、其所へ生卵の黄身を割らない様に落とし込み五六滴の醤油を垂らす貴族風生卵ぶっかけご飯の方もいる。やや混ぜの状態を造りつつ食するらしい。オイラは、ぐちゃぐちゃにしたらレンゲが必要だなぁ!流派とも謂える。黄身と白身を分けて一膳、二膳という流派の方も居れば、黄身のみ二個という豪勢贅沢流派の方も居る。マァ、豪勢贅
沢とはいえ卵である。しかしながら、本当に豪勢贅沢な方も居て、ウコッケイの卵(一個200円もします)を二個使い(ウコッケイの卵は小さい)で、関ヶ原の溜まり醤油を用いての生卵ぶっかけご飯である。当然、ご飯は魚沼産は塩沢地区のコシヒカリである。お茶碗一杯の生卵ぶっかけご飯は600円相当に匹敵するな。馬鹿馬鹿しいが食べてみたいな。

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2013-11-29 07:32:59 | Weblog
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戸部駅から画廊の在る吉田町までは、古き佳き埋め立て地ではない台地の徘徊である。当然、歴史在る道や建物や神社仏閣、寂れた商店街が点在していて好きな徘徊ルートだ。先ずは、「御所山」というその昔には御所が在った地域だが今では跡形も無い。しかしながら、跡形も無いその地域を徘徊すれば跡形が目に浮かぶ訳ですなっ!心風情と名付けたがそうした心理は誰でも持ち合わせている筈である。続く「伊勢町商店街」は既に侘び寂を通り過ぎた廃墟化した商店街だが後10年も経てばビル化されて跡形も無くなるに違いない。つまり、跡形の過程なんですな。記録に残すべき遺産として徘徊撮影の題材に為る訳である。その伊勢町商店街は名の通り近くには「伊勢山」が在り「皇太神宮」が鎮座する。要するに伊勢神宮の分霊 が祀られているのである。横浜の鎮守だ。付近には県立の文化施設もたくさん在っていずれも50年近く経つ建物だが原型を残しながら上手く修繕されていて一種の歴史的近代建築物の魅力で溢れている。伊勢山から続く野毛山を下りれば埋め
立て地の吉田町とか伊勢佐木町だ。目指す画廊の中に紹介された画家の油絵が二枚在った。岸壁を描いたゴーギャン風のタッチの薄塗りの油絵である。断崖の岸壁の絵は何か今の世の中とかオイラの生活心情を表した様な描き様である。高所から見下ろす絵は下に安全な着地点が在るのか不安な感じがしたなっ!

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2013-11-29 07:32:43 | Weblog
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久しぶりに京急「戸部駅」に降り立った。大袈裟だが、通常は降り立つなんて言葉は長旅の飛行機から、若しくは船旅から、しかも著名な人種が使うのだがオイラはそれでも戸部駅のホームに降り立った訳である。井土ヶ谷からの旅費150円期間8分の大旅行なのだが、手荷物のみ、中身はデジカメ二台だ。戸部駅に降り立った理由は有る。大好きな「島ホーム」だからである。島ホームとは上下線の電車に挟まれた島の様な単独ホームの事で上下線の乗降客を一つのホームで賄う超都会的なエコホームである。まことに狭いからとてもコンパクト且つ合理的に浮いている訳ですなっ!しかも、ホームの前後は更に徐々に狭くなり最後には二メートルに満たなく為っている。つまり、線路は島ホームで一旦はホームの面積分の広がりを必要とするが駅間走行は平行しているのでホームを抜ければ線路は徐々に寄るからである。今ではこの「島ホーム」も存在が少なくなって京急の横浜以南では戸部駅、黄金町駅、県立大学前駅だけである。強いて言えば、子安駅、神奈川新町、上大岡なん
かも「島ホーム二島形式」だがその二島ホームでも子安駅と金沢八景駅は魅力的である。理由は二島ホームそれぞれの狭さに尽きる。で、戸部駅だがその単独島ホームがかなりの高所に在るのだが天空の島ホームは何かジブリの雰囲気を持っているので特に好みである。

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2013-11-28 10:41:22 | Weblog
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休日の、歯医者の後の徘徊撮影散歩の経路を思案していて行き詰まった瞬間であった。以前にハワイの風景写真をねだってプリントしてくるたプロカメラマンから電話が有り、関内の吉田町に在る画廊で知り合いの画家が展示会をするから来ないか?と誘いが入る。以前とは言うものの二ヶ月前にカメラマンのスタジオにお邪魔したした際にキャノンの一眼レフを戴いたのだがスタジオ内に何枚かの油絵が飾られていてオイラはその画風に固まったのを思い出した。ゴーギャン風の画風に驚きは隠せなかったのだが、その際に写真家の先生はくれるとは言ってくれたのだが、キャノンは戴き、全紙プリントは戴きであまりの厚かましさに下さいとは言えなかった。それを今回は、画家の先生の展示会という案内で作家さんとも直に会える訳である。で、歯医者後の徘徊撮影散歩経路も確定した次第だ。正直言って、あの画風の油絵はオイラ好みだった。そうそう何度も出逢える画風ではないので明日はたくさんの作品をじっくりと眺めてみたいモンである。しかしながら毎日々、よくも色んな楽しみ
が湧き出るモンだなぁ!と、ほとほと感心しています。

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2013-11-28 10:41:16 | Weblog
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模様替えをしながら戴いた「お面」の置き所を探している。とにかく柱なのだが店内に柱は三本しかないので苦しい訳である。人形やお面は古来から「依り代」とか「魔除け」と謂われその家や店や部屋の守りとして飾られているのだがオイラはこの「お面」に何か特別な心構えが有って大切にしている。ナンでも起源を調べると人形(ひとがた)とかお面は神様も依り代(よりしろ)ともし人の身代りとも為るらしく神事なんかでも登場している。神事というのは、神儀式の他、神楽や舞踊なんかも含まれるらしく弁財天様は音楽の神様として祭られている訳である。つまり、音楽は大なり小なり、多かれ少なかれ「神事」な訳である。思えば、粗末な演奏は失礼、不敬とも謂える。舞踏家なんかが、何か神憑り的な舞を披露する事が有るがおそらくシャーマニズムの様な次元なのであろう。スペイン音楽にフラメンコというジャンルが在るが大概は即興演奏で、盛上るとオドロオドロした響きとなる。その瞬間(刻)を「ドゥエンテ」(魔の刻)と表
現している。オイラは、未だかつてドゥエンテに達した経験はないが、何でもドゥエンテに入ると指は勝手に動いてギターを掻き回し、喉も勝手に鳴らし、舞も勝手に展開されると聞いた。つまり、演奏者全員が神憑り状態に入った訳である。お面に守護されて神憑り的な演奏をしてみたいモンである。

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2013-11-27 07:44:00 | Weblog
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今日もアイドルタイムには模様替えである。飾る装飾品はガレージにたくさん在るのだが(全て戴きモノだが)系統的に飾るにはなかなか工夫が要る訳である。例えば、洋風アンティークに和食器なんかは頓珍漢だ。フランス映画のジャケットの隣に邦画のパンフレットは如何なモノか?等と思案しているとその日に解決、陳列、飾り付けは出来なくなる。マァ、店内は和洋折衷だからなんとでも為るのだが、それにしても店主夫婦のセンスも問われるし、第一に装飾品の格だって問題である。幸いに戴きモノの殆どはちゃんとした品物だったり製作者から戴いた作品ばかりだから恥じる事はない。食材の空きカンなんかも装飾品に為る。特に、ギャバン等の一流の香辛料の空きカンはそれを使用している証しにも為るのである。古いレコードジャケットなんかもセンスを問われる事に間違いはない。オイラはこう見えても(見えてないが)クラシコ好みだったのでグラモフォンとかアルフィーフ盤と言ったドイツのレコードをたくさん持っているがあんまりクラシコのレコー
ドジャケットばかりを壁に貼ると嫌味に為ると考え、ラテン音楽とかフレンチポップとか映画音楽特集のジャケットを飾っている。だいたいが模様替えは好きな性格というのは前記したが、弟の嫁さんは本格派である。名だたる高価な作家モノを変幻自在にアレンジして驚くべきセンスで飾っている。専門誌の表紙を飾った事も有るほどである。器のコレクションも凄いのでいつでもカフェなんかは出来そうである。

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2013-11-26 07:11:50 | Weblog
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夕方、例の稽古をしていると来客。料理が出来上がる間に店内のあちこちを徘徊し見物し立ち止まる。食器棚の前だ。来客は同じ歳の男性、食器棚で立ち止まる男性というのは滅多に居ません。食事しながらあれこれ話す内にあの食器棚立ち止まりの理由を尋ねると元ホテルマンであった。だからこそこの街道筋の街の洋食屋で使用している食器棚に目が向き、立ち止まり、固まった訳である。ノリタケも大倉陶園も理解出来たのは某元一流ホテルのホテルマンだからこそである。恐れ入った。当然、話は合う。すると、ギター弾きでもあった。先日には、ネットオークションでハカランダ(ワシントン条約で今は輸入禁止のギター用の最高木材である)のアコースティックギターを買ったとも話す。ギター弾きならば羨望の材料で造られた楽器ではそれなりの部品とそれなりのニスで仕上げられている筈である。次回の来店には見せて貰えそうでとても楽しみである。ホテルマンの話すホテルのレストランの実態の話題も次回から徐々に聞けるのもとても楽しみである。

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2013-11-25 07:10:41 | Weblog
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ギターの様な多弦楽器の場合は、出すべき単音を鳴らすとその周囲の弦に振動は伝播しとうとう六弦全てに伝播して響きと為る訳である。空気圧の波の伝播ですなっ!此を活かすか止めるかで曲奏はだいぶ変わる訳である。オイラは止めるよりもせっかくだから響かせて更には余韻、残響までをも活用したいと奏法を稽古してきた。消音する時は、一度に一気に消音する。だいたいギター自体は響きが弱く、遠方まで伝わらせるのは不可能だし、長い間までは音が伸びないから逆に「傍鳴り」の響きにパンチを効かせての独自の奏法を研究、研鑽して流派を築いた。アンサンブルで他の楽器ならばともかく、ギター同士のアンサンブルの場合は相手の楽器とオイラの楽器の相性が問題と為る訳ですなっ!同じギターでも鉄弦のギターでは他の楽器という解釈でなんとでも為るのだがクラシコギターでは同じナイロン弦だから相性が特に重要となる。オイラの楽器は古く枯れた音質である。そこへ艶っぽい楽器がアンサンブルに加わればお互いに活かし合える。師匠の楽器は、「ホセ・オリベ・グラン
・スプレモ」という名器だ。オイラの楽器は師匠の音色を活かせるだろうか?

へんな洋食屋カフェ

2013-11-25 07:10:34 | Weblog
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先日からの二重奏のソロパート部分を稽古しているのだが、実は、原曲を知らない訳ですなっ!ちょっと苦しい。テンポは大丈夫なのか?音色はどうか?音質はどうか?間合いはどうか?と思案しながら当たりを付けているが早く併せ稽古をして叩き台を作りたいのである。ソロ譜面だけを渡されているのだが伴奏はどうなっているのか?と考えていると三曲の内、一曲は常連のギター弾きの方が原曲譜面を持ってきてくれた。譜面を観ると「エスタディオ」と書かれている。つまり、練習という意味だ。で、任されたソロ譜面の曲名を観ると「メロディア」である。つまり、主旋律だ。これで揃った訳である。通常、クラシコの楽曲にはコードは記入されておらず弾く音だけを音符にしてある。此れは、オイラの考えだがその曲のその音には必ず和音が着く筈で、例え和音は弾かなくても弦から弦へと振動が伝播して響きとなるのだから和音(コード)を押さえていた方が良いと思うんですなっ!若しくは、ギター六弦の弾かない氣を消音して弾けば良い訳である。だが、あの狭い弦間
隔で他の弦の伝播を止めるのとてつもない技術が必要となる。で、オイラはその音に属する適正な和音を押さえて、敢えて単音で弾いたりするのである。しかも、和音を押さえている事で必要ならばアドリブも可能に為る訳である。