金曜には、谷啓さんの「美の壺」なる番組が在る。やはり、中古をメインとして見所を紹介してくれる番組が在る。何故?中古と言わず骨董とかアンティーク等と言うのだろう。カメラなんか何十年も中古カメラと言って通していて今更、アンティークカメラなんて言うのが恥ずかしい位である。マァ、中古と言えば人が使い、飽きたか、金に困ったか何かの「あやー綾」が着いて市場に出される。この負の縁起が嫌われるのであるが、綾とは糸の繋がりだから形在る内は永遠に綾だ。でも、誰それ有名人の綾だと価値が増したりする。負では無くなる。
そしたらその晩、NHKだ。「骨董を楽しむ」なる番組が始まった。やはり観る。骨董屋さんや市場に対する礼儀作法の回である。よ~く考えた。骨董って骨が薫と書く、どーゆう事っ?つまり中古なんですなっ!価値は、売買双方の腹積もりだから高級・高価・由緒が在るから骨董ではなくブッチャケ中古。これをNHKが番組を組むとは思わなかった。エコとかリサイクルとかの風潮も確に在ると思うが、「中古回し」の事である。でも、言葉を選んで「骨董」とした訳だ。オイラは中古で良かったのだけど、とにかく嬉しい。天下のNHKの中古番組開始だ。
それをくれちゃう訳である。骨董屋の弁では、今は着物は目方いくらの値打ちしかなく引き取りも無くて逆に困っちゃうらしい。それでも、帯は価値が未々在るとの事。その紬でオイラの企みは、ベスト・ハンチング帽子・合際袋等をこしらえたい訳である。長年の企みであったが、買えば大変高価だし半端を買うという訳にもいかないから思案して声掛けだけしておいた。貰い物生活というか、活用というか、ツクヅク得な性質であると思う。その方達は、修行で骨董市場の手伝いをしながら目利きや市況の変化を学んでいる。当然、跡取りである。
それでも、本日はハンブルグ用のデミソース500人前を仕上げなくては成らず集中して完成させる。更に困るのは、ギターが弾けない。つまり節々が痛く、両手の指の関節が痛く耳は篭るし仕方がない。と、書きつつお客さんで中断。…で、このお客さん。以前も書いたが古くからの常連で家柄が骨董屋で今も修行中の方。欲しかった物を持って来てくれる。「紬」である。要するに、あの和服の大島紬。しかも上等な三服、中に目立つ黄色の紬がなんだろっ!「黄八丈」という紬だ。何十年も前の着物だろうが素晴らしい光沢と梁、買ったら大変だっ!