へんな洋食屋より発信!

横浜市南区にある洋食屋から旬な話題を発信します。

へんな洋食屋

2008-10-31 08:09:31 | Weblog
昔観た映画というのは、在る年齢に到達すると再び観たくなるのはオイラだけだろうか?高校時代に深夜にコソコソと居間で観た映画に50歳に成って今一度理解したい気持ちを抱かせるのは一体何なのだろう?初めて乗ったバイク「ダックス」をこの歳に成り再び跨ぎたくなった気持ち。おそらく、様々な「見聞録」の中から導かれた心の奥底に張り付いていた記憶の破片が経年変化や煮込み、そして新規混入で撒き上げられて記憶のセンサーに引っ掛かかっているのだ。で、解決されなければ再び沈まないでいる訳だ。その解決には、出会いがなければ。

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2008-10-31 08:09:21 | Weblog
たった今、暇に任せて仕込む曲のタタキ台を拾う。つまりギターで音を採り、殴り書きでメモに片仮名音符を記する。高校生の頃、深夜映画で観たスェーデン映画の注入曲である。監督や役者の名は知らず、唯只その一場面に流れた曲。軍人とサーカスの綱渡り女性との禁断を描き、ラストシーンは銃声二つ。で、その曲だ。題名は「短くも美しく燃え」である。もう何年もその映画を探している。注入曲の曲名を知ったのは大分後であるモーツアルトのpiano協奏曲20番の2楽章のアリアである。痺れた!30年を越え、今その曲の編曲に挑む訳だが今一度その映画を観たいのだ。

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2008-10-31 08:09:11 | Weblog
マシンなんかだと、車体番号が近ければ製造ロッドが同じだろうし、工場も同じ筈。だから移植も簡単である。これが、今話題の生体移植となるとやはり困難ばかりらしい。ドナー探しから移植技術、法的問題、後遺症や拒絶反応、そして金銭問題である。工業製品でしっかりとした管理状態のメーカー品であれば、どんなに繊細な部品でもシックリとする。が、経年変化を積んだ部品だと磨耗や負荷の掛り具合いで調整が必要に成る。合わせが新品と慣れた部品では微妙に食い違いが在るからだ。この調整には年季と感がモノを言うので主治医に頼る。

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2008-10-31 08:09:01 | Weblog
サァー置き場に困った。先程、部品採り用のダックスを頂く、部品採り用だからボロではあるがHONDAダックスのオリジナルだから大変貴重である。去年に仕上がり愛車として大事にしていり現役ダックスは、それらの二台のダックスから部品を選び採り組上がった通称「三個一ダックス」だからその命を繋いだ二台のダックスは「ドナー」なのである。そのドナーが貰え、現役ダックスも不都合が生じてもオリジナル部品て修理が出来て更に健全に延命される訳だ。移植には、遺伝子的に同体のマシンなので副作用や拒否反応なども無い為、どうしても同体ドナーが必要である。

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2008-10-30 08:39:08 | Weblog
と、言ったらお客さんに対して失礼であるが、実際に集中力や持続力は何時間もは続かない。そこで巧みの技だが、稽古にては本気で行い一杯の気持ちで対する。して、本番にては三割程落として七割程度の力を出す訳だ。つまり、気持ちに三割程度の余裕を持たせる。不理屈だが、120%の力を出せるものを敢えて70%の力しか出さない訳。しかし、120%に対する70%は80%を越えている。マァ、合格点だなっ!その85点が受け手にとって満点に近ければ満足を得られる訳である。その85点の為に日々稽古を積む訳だが、今日はその稽古に気が入らないのだ。

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2008-10-30 08:39:00 | Weblog
毎朝、仕込みや帳面が一段落着くとギターの稽古をするのが日課だが希に弾く気が無いのか疲れで指の動きが悪いのか、端又爪の状態が良くないのかで早々と辞める時が在る。思えば、火曜日である。やはり、疲れは在るし爪も研いで一週間を経て伸びてしまいモタツクので動きが鈍い。そういう事柄で、気分も冴えず弾けない訳だ。稽古は、集中力がモノを言うのでその集中力を高める気力も充実していないと駄目だ。実に、演奏家などは大したモンである。マァ、本業と成ると人生最後の力を出して行う事でも無いから力抜きの技も習得している訳だ。

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2008-10-30 08:38:51 | Weblog
久しぶりの初老の女性、以前は歌で為らした方だが何か訳有って歌は辞めたとの事。あれこれと様々な趣味に没頭してきたが口上は憚る。聞くも自慢で辛い。あれの話しをすれば、「それはトックに卒業したっ!」とか「あれも極めた、これも到達した」と言って過去の自己自慢で「私が私がっ!」であるから聞きずらい。自分は話切るからサッパリとして帰られるのだが、聞かされたオイラは後味が悪い。極めたと成ると、名を成したのであろうか?入選や勲章でも頂いたのであろうか?そのプライドを掲げて歩く老後は大変だろうし、周囲は離れる。

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2008-10-30 08:38:43 | Weblog
で、その晩に友人の役人が来店。先日、念願のカブを求めた方である。役人だから色々様々が自由には成らないが、海外旅行が趣味でそれこそ見聞を広めている。来週は、アメリカのダラスへ行くらしい。で、役人歴28年を数えそれ成りに濃縮還元という煮詰め、積み重ねを続け「継続は力成り」「創業守成」を実践している。リセットする事も一理あろうが、職業だけが生き甲斐ではなく趣味や会話を通じて励みを持って継続をしている訳だ。やはり、励みとなるヒントは人との会話であろう。昨夜も様々な出来事を会話し10時迄話し込んで別れた。

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2008-10-29 08:00:06 | Weblog
「濃縮還元法」だ。人体にはそうは沢山の事柄は物理的に入らないので、しばしば余白も造りそこへ新たなる事柄を混入し再び煮込んで濃縮していく訳だ。で、披露・紹介する時点には簡単明瞭に薄めて提供する。丁度、ジュース等の製法がそれっ!正しい積み重ねも大事だが、濃縮還元も大事。そして整理整頓し何時でも何処でも、直ぐに還元出来る様に整えて置く。そういう稽古が日々の日課として重要な訳だ。でも余り濃くなり過ぎると一点集中の回りの見えない「学者肌」の博士に成ってしまい疎外されたりもする。新規混入も度々必要である。

へんな洋食屋

2008-10-29 07:59:56 | Weblog
エスプリ探しの旅は、行き着く処自分探しの旅である。スピリッツー根源なのだが、親先祖から受け継いだ実体という身体・性格に様々な経験や学習を加えて煮込んで、こして、また加えて、煮詰めてこしての繰り返しでスピリッツが段々濃くなり純度も増してくる。しかし、これで仕上がりという事は無い。何か、デミグラスソースの作り方の様である。思えば、デミとはフランス語で半分、グラスは輝き、ソースとは実質ースピリッツの事だ。稽古などは、一万回の修練で導かれた奥義だって沢山ある。つまり煮詰めてこしての連続なのである。