千歳山は山形市のランドマーク、と言った人がいた。毎日廊下の窓から眺める山だが、昨夜降った雪に朝日が当たると、ことのほか美しく見える。感動をもって眺められるのは、一冬で数度である。目に焼きつけておくのはもちろんだが、せっかくの景色をカメラのレンズを望遠に替えて撮った。今日の千歳山も感動ものの一つである。元気でるうちにあと何度この光景を見られるか、いつもそんな気持ちに駆られる。今年の誕生日で81歳。ほぼほぼ、平均寿命、健康の平均寿命が72歳だから、山登りを続けられるのは幸せなことだ。朝、蜂蜜レモンを湯にとかし、甘酸っぱい味覚の至福に浸る。昨日、レモン三個に、蜂蜜1瓶、レモンを小さく刻んでたっぷりの蜂蜜に漬け込む。また明日から楽しめる80歳の蜂蜜レモン。
平安なうちに迎える81歳。そんな境遇にある人の生涯に関心がわいてくる。佐貫亦夫、飛行機設計技術者にして作家。秋田県横手生まれ。ヨーロッパのアルプスの山歩きも行っている。昭和に入って間もなく、東大の航空学科に入学。しかし、在学中に脊髄カリエスに冒され、休学を余儀なくされる。故郷の横手の病院で、ギブスベッドの療養生活を送るが、兄に書見台を作ってもらいあり余る時間を読書に充てた。真っ先に読んだのが『上高地』。まだ見ぬ日本アルプス、スイスのアルプスへと病床でのの想像力がふくらむ。『佐貫亦夫のアルプ日記』、『佐貫亦夫のチロル日記』に見られる、アルプスを自分の庭のように楽しむ生活は、この闘病生活のうちに培われた。
ブックオフの棚を探してこの人の本がないか探した。文庫の講談社学術文庫は、全部でも30冊もないほどだ。どうやら、この人の読者はこの地方には少ないらしい。アマゾンの本で検索をかけると、佐貫亦夫の著作は40冊を超える。『チロル日記』は単行本で2000円を超えている。講談社学術文庫の『不安定からの発想』の中古本を500円ほどで注文、すぐに発送される。山とのかかわりには、ひとそれぞれの動機があって興味深い。
満81歳になってプロペラの開発で行っていたドイツを旅し、『こだわりのドイツ道具の旅』という本も上梓している。81歳を過ぎて知人に送った手紙。
「今年は懐かしいドイツへ三年ぶりで行ってこようかと考えています。アルプスはもう遠くなりました」
また江戸時代の大学者佐藤一斉は、80歳で書き始めた『言志四録』の最後「耋録」のはしがきにある言葉。
「自分は今年80歳になっても、まだ耳も目も ひどく衰えるまでには至っていない。何とこれ幸いなことであろうか。一息でもあるかぎり学業を止めるべきではない」
自分も81歳まで健康で生きていられる幸運を無駄にすべきではない。先人の生きざまにふれてその思いを強くする。それにしても耋とは、老いに至るを組み合わせた漢字である。なんとも、後学への遺言のような箴言集である。