東風と書いてすぐ「こち」と読む人は、今では少数かも知れない。ベランダの梅の鉢も、一輪から二、三輪と花の数を増やしている。三日ほど前に吹いた暖かい風が、花を促している。こんなことから連想するのは、道真の「東風吹かば匂いおこせよ梅の花」歌である。日本語の繊細さは、風の名の多さからもうかがい知ることができる。春の風には、「春一番」「東風」「貝寄せ」「あいの風」「鮎風」「朝東風」「岩おこし」「花信風」「砂嵐」「鹿の角落し」等々、ざっと思い出してもこんなにある。地域、季節、風の種類など数えれば2000を超える名前があるらしい。
島に東風バス待ち刻の手打蕎麦 石川 桂郎
風の名は、常に風を読みながら船を操る漁師たちがつけたものが多い。同じ東風でも、鳥や魚、花とを合わせた名前も面白い。雲雀東風、鰆ごち、梅ごち、桜ごちなど、それぞれの鳥や魚、花などにあわせて吹くそよ風である。陸に生活するものには、心地よい春風であるが、漁師たちには危険を予告する呼び名の役目を果たしていた。低気圧が北で発達すると、暖かい風も嵐のような強風になることが多いからだ。