僕(ぼく)は、数年振(ぶ)りに友人(ゆうじん)と会った。その友人は明(あき)らかに病気(びょうき)のようで、痩(や)せこけて見る影(かげ)もなかった。彼は僕の顔を見るなり、聞きとれないほどの小さな声で言った。
「君(きみ)に、頼(たの)みがあるんだ。これを、人の目に触(ふ)れないところへ捨(す)ててくれないか」
彼はポケットからハンカチに包(つつ)まれたものを取り出した。僕は、それが何なのか訊(き)くと、
「これは、河童(かっぱ)の手だ。――三つの願(ねが)いがかなうと、言われているんだ」
僕は、とても信じられなかった。そんな昔話(むかしばなし)的なことがあるはずはない。彼は続けた。
「けど、願いには、それに見合(みあ)う代償(だいしょう)を払(はら)わなければいけない。俺(おれ)は、マイホームを願い、それがかなった三日後に、火事(かじ)で財産(ざいさん)をすべて失(うしな)った。二つ目の願いの時は、愛する妻(つま)が逝(い)ってしまったんだ。だから、俺は、三つ目の願いをするのが恐(こわ)くなった」
僕は半信半疑(はんしんはんぎ)で訊いてみた。「その願いは、どうやってするんだい?」
「こいつを頭の上に乗せて、願いごとを三度、繰(く)り返すんだ」
彼はそれを頭の上に乗せて、こう繰り返した。「妻を蘇(よみがえ)らせてくれ…」
だが、何も起(お)こらなかった。彼はホッとした顔になり、そのまま出て行ってしまった。
あれ以来、その友人に会うことはなかった。半年ほどして、彼の妻と名乗(なの)る人から、彼の訃報(ふほう)を知らせる手紙(てがみ)が届(とど)いた。――その手紙を受け取って、僕はハッとした。仕事に追(お)われて、彼との約束(やくそく)を果(は)たしていないことを思い出したのだ。あれはまだ、机(つくえ)の引き出しの中で眠(ねむ)っていた。もちろん、ハンカチの中身(なかみ)は見ていない。
<つぶやき>これって、三つ目の願いがかなったってこと? 早く捨ててしまいましょう。
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