私の横(よこ)には彼がいる。付き合い始めてまだ三日目。少しずつ距離(きょり)も縮(ちぢ)まって…。歩きながら、彼がさり気なく私の手を取る。――もっと早くそうしてくれればいいのに…。彼ったら、慎重(しんちょう)すぎるのよ。私が、嫌(きら)いになるわけないじゃない。
もうすぐ、彼と別れなきゃいけない場所(ばしょ)。彼は右へ、私は左の道(みち)へ帰るんだ。その場所へ来たとき、彼が私の手をギュッと握(にぎ)って立ち止まった。そして、私の顔を見つめて――。
いよいよ…、いよいよね。彼は、私のすぐ前まで近づいて…。彼の目が、私の唇(くちびる)をとらえた。彼の手が私の身体(からだ)をそっと引き寄(よ)せる。私は、回りを気にしながら顔を上げる。だめよ。ここで、物欲(ものほ)しそうな顔をしちゃいけないわ。
彼の顔がだんだん近づいてくる。彼って、よく見ると可愛(かわい)い顔してるんだ。――ダメダメ。顔がふにゃふにゃになってしまう。こんな顔、見られたくない…。彼は、そんな私の気持ちも知らないで、どんどん顔を近づけてくる。もう、目の前には、彼の顔しかない…。もうだめ。気が遠(とお)くなりそうよ。しっかりしなさい。私の、ファーストキスじゃない!
――けたたましい目覚(めざ)ましの音で、私は現実(げんじつ)に引き戻(もど)された。もう…、なんて夢(ゆめ)なのよ。これは残酷(ざんこく)よ。めちゃくちゃ残酷じゃない。だって、まだ、彼に告白(こくはく)もしていないのに…。今日、彼に会ったら…。私、どんな顔をすればいいの?
<つぶやき>夢(ゆめ)を見るほど彼のことが気になるなら、これは言っちゃうしかないでしょ。
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