徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

スペイン旅行記~マドリード(1)航空会社・ホテル・レストランなど

2018年10月06日 | 旅行

2018年9月26日から10月2日まで6泊7日でマドリードに滞在しました。初日を除いて晴天が続き、日中の最高気温は25~30℃、最低気温は17~20℃でした。旅行に適した気候でしたね。2日目にマドリード旧市街を案内してくれたガイドさんによると、地元では「マドリードには冬が3か月あり、残りは地獄」と言うんだとか。特に8月は熱地獄のようで、日中は40度以上、雨なし、風なし、なのだとか。このため、「マドリードに行くなら秋」と考えたのは私たちばかりではなかったようで、観光客がかなり来ていて、定番の観光名所などはかなり混雑してました。

マドリードは言うまでもなくスペインの首都で、人口350万人、ヨーロッパで3番目に大きい都市です。にもかかわらずこれといったランドマークがないのも特徴です。1516年にハプスブルク家のカール(カルロス)1世(同時に神聖ローマ帝国皇帝カール5世)がマドリードを首都に定めるまでは、防衛の要所ではあったものの小さな地方都市でしたので、旧市街の街並みは16~17世紀のハプスブルク王家による建造物と18世紀のブルボン王家によるバロック建築が支配的です。

観光名所などは後に記すとして、まずは飛行機やホテルについて。

飛行機

飛行機はAir Europaで、デュセルドルフ10:35発~マドリード13:05着、帰りはマドリード15:10発~デュセルドルフ17:45着のチケットを格安(一人当たり約123€)で購入しました。

が!しかし!!! 行きは1時間半遅れて、帰りはいったん搭乗した後に整備のやり直しのために降ろされて、さらにマシン交換となり、3時間以上の遅れとなりました。どこのエアラインでも運が悪ければそういう問題が起こるものなのでしょうが、行き帰りの両方だったので、Air Europaの評価は最悪です。格安だけあって、機内食はすべて有料ですし。とにかく帰りが最悪でした。デュセルドルフに着いたのが20:10くらいで、それなら20:50のボン行きの最後の直通電車に乗れるかと期待したのですが、荷物受取の場所まで相当距離歩かされた挙句、なかなか荷物出しが始まらず、自分たちのスーツケースを受け取った時点ですでに電車が出てしまいました。(´;ω;`)

デュセルドルフ空港からボンまでの接続は1時間1本の直通電車を除けば、すべてケルン乗り換えになってしまいます。乗り換え接続も夜遅くなるとかなり悪くなるので、飛行機の3時間の遅れはかなり痛かったです。結局帰宅したのは翌日の1時くらいになってしまい、疲れ果ててしまいました。Air Europaには二度と乗らないと誓いを立てたくらい腹を立てました。デュセルドルフ空港の利用も今後は控えようかと考えています。ケルン・ボン空港であれば、最悪タクシーで帰宅しても50€くらいで済みますが、デュセルドルフからだとタクシー代は最低でも150€、下手すると200€になってしまうので、かなり手痛い出費になってしまいます。

空港と電車の接続という意味では少し遠くなりますが、フランクフルト空港の方が逆に便利かもしれません。

とにかく、Air Europaはサイテー!!!

というわけで、今回の旅行の思い出は大分割り引かれてしまってます。

ホテル

宿泊したホテルはマドリードの中心地ではなく、北東部の郊外・コンセプシオン地区にあるNovotel Madrid Puente de la Pazという4つ星ホテルです。セビリヤの時もNovotelに泊り、いい感じだったので今回もそんな感じを期待していたのですが、残念ながら期待は裏切られました。設備の老朽化が進行しており、洗面所の水はけが悪かったり、絨毯の痛みが目についたり、ベッドの軋みが激しかったりして、部屋が快適とは言い難かったのです。

 

従業員のサービスはよく、朝食ビュッフェもなかなか豪華でしたが、保温装置が不十分で、ちょっと遅めに行くと調理されたものが若干冷めてしまっているという難点はありましたが。以下は朝食の写真。

     

 

ホテルでは初日だけ昼食ビュッフェを利用しました。お味はちょっと残念な感じでしたね。デザートは豊富にあって美味しかったのですが。

  

一応屋外プールもついてます。小じんまりしてますが、深さが両端で違います。カフェのテラスからプールへ降りてすぐの側(下の写真の手前側)が深くて、1.3メートルくらいでしょうか。反対側は階段もあり、60~70センチくらいだと思います。私がプールに入ったのは一度だけですが、外気温が30℃近くあっても水温は23℃くらいだったので、温水プールに慣れた軟弱者の私には若干冷たすぎる感じでした。なので結局一度入った後はプールサイドでゴロゴロしていただけでした(笑)

 

なんでこんな郊外のホテルを取ったかと言えば、2か月近く前にBooking.comでベストディールとして出ていた街中のホテルを、ダンナの言に従って「様子見」してしまったため、数日後にはすべて売り切れになってしまい、慌てて別のホテルを様々な旅行サイトで探したら、もう値段の高い所しか残ってなかったのです。6泊で1000€超えるところはさすがに予算オーバーなので、しかたなく郊外のホテルに目を向け、Arcor ホテルの会員になっている私はIbisやNovotelやMercureに10%割引で泊まれるので、このNovotelにした次第です。Arcorのサイトでも街中のホテルは売り切れでした。マドリードの行楽シーズンは侮れませんね。2か月前ならまだ時間があるように思いましたが、本当にいいホテルを手ごろな値段で取りたかったら、「様子見」をする余裕はないということを今回のことで学びました。

レストラン

時系列は無視して、まずは旧市街の中心地、Plaza Mayor や Mercado de San Miguel のすぐ近くにある伝統的なレストランからご紹介いたします。

Meson del Champnonは、Cava San Miguelに立ち並ぶ洞窟レストランの1つで、名前の通りマッシュルームを専門としています。1皿7€だったと思います。観光地にしては安いのかもしれませんが、アンダルシア州の相場に比べればやはりやや高めですね。でもとっても美味しいです。

 

マッシュルームとピーマンの揚げ物

伝統的なレストランのわりには、メニューがタブレット端末で、言語が選べるようになっているのが驚きでした。外の看板も多言語対応で、日本語もあります。カタカナで「マッシュルーム」と書かれているのですぐに分かると思います。外国人観光客対応がばっちりですね!

もう1件同じ並びにあるLa Bodega Bohemiaにも行きました。パエリアが得意料理のようですが、ものによってはハズレのお品もあるみたいです。

  

私が食べたのはArroz negroというイカ墨ごはん。なかなか美味しかったです。ピーマンの揚げ物も期待を裏切らない味でした。まあ、失敗しようがないという話もありますが(笑)

ダンナの頼んだ、ソーセージの入ったスープみたいなものは失敗だったみたいです。

 

 価格は相場通りだと思います。全体評価は平均点でしょうか。「ここは外せない」というようなお勧めではないです。

すごくお勧めなのは、旧市街からは離れてますが、ショッピング街として有名なサラマンカ地区にあるタパス・レストラン「Lateral」です。値段も手ごろで、タパスの種類も豊富です。地元の人に人気があるようで、夜9時以降かなり混雑します。英語対応できる従業員は限られているので、呼び鈴で従業員を呼んでも、英語ができる従業員がくるとは限らないので、スペイン語のできない観光客には不便かもしれません。でも、とっても美味しいんです。

 

取り敢えずビールとお水。そしてガスパッチョ。

ハムコロッケ。アンダルシアでは見かけたことなかったんですが、マドリードではほぼどこにでもコロッケ(Croqueta)があります。チーズや魚が入ってるものもあり、どれも美味しいです。

野菜天ぷらにヨーグルトソース。果たしてどんな味がするものやら疑問でしたが、これがなかなかいけるんです。絶妙な組み合わせ。

スペインに来たらたこ足は外せません( ´∀` )

イベリコ豚も外せませんね。こちらはダンナのチョイス。

最後にスペアミントティーを飲んでみました。

 

次は絶対に行ってはいけないレストランをご紹介します。サラマンカ地区から割と近い、Recoletos駅や国立図書館・博物館のあるPasseo de Recoletosの車道に挟まれた緑地帯にテラスとパビリオンを出している「El Espejo」というレストランです。サルスエラ・ディナーショー(下)をやるレストランから近く、ディナーショーの時間を間違えて連絡されたために入れずに、しかたなく雨宿りもかねて入ったのがここだったのですが、見かけはなかなかおしゃれっぽい感じでも、サービスはそれほどよくありませんし、高価格。そして何よりも許せないのが、美味しくないこと。値段が高くても美味しければ納得がいきます。でもまずいのは全然納得できません。結局ここで食べたご飯がマドリード滞在中の食事で一番高かったです。二人で52€(チップ抜き)。他のところでは大抵40~47€(チップ込み)で済みましたので。

 

    

スープ、チキン、サーディンと赤ピーマン、ズッキーニの揚げ物はまあまあ何とか食べ切れるレベルで、チキン入りサラダが全然無理な味でした。ソースとサラダの調和がとれておらず、葉っぱはしなびた感じで、新鮮な野菜の食感ゼロでした。チキンは乾燥しすぎでした。

外観につられてうっかり入らないように気をつけてください!

 

Zarzuela(サルスエラ)

スペインといえば闘牛やフラメンコを思い浮かべる人が多いでしょうが、闘牛は動物愛護の観点から全く見る気はしませんし、フラメンコはすでにアンダルシア旅行で見ているので、今回はスペインのオペラ・サルスエラを見ることにしました。

とはいえ、オペラ座に入ってかしこまって観劇するのではなく、La Castafiore というレストランで毎夜9時からあるディナーショーに行きました。チケットはGetYourGuideで購入。ここのサイトの日本語訳では「ザルズエラ」となっていますが、スペイン語のZは「θ」の音ですので、カタカナ書きするなら「サルスエラ」が正解です。

ウイキペディアによると「1657年、スペインの劇作家、宮廷詩人であるペドロ・カルデロン・デ・ラ・バルカと、スペインのバロック声楽の作曲家フアン・デ・イダルゴ (Juan de Hidalgo) による喜劇の新作 "El Laurel de Apolo"(アポロの月桂樹)が、マドリード市外の別荘サルスエラにおいてスペイン国王フェリペ4世とマリアナ妃、廷臣たちの前で上演されたのが、この新しい音楽様式がこの名で呼ばれるようになった始まりであると考えられている」そうです。

というわけで、スペイン独特のオペラ作品が聴けると期待してディナーショーに行きました。ところが、スペイン独特の作品はむしろ稀で、歌われたアリアのほとんどが「ラ・トラビヴィアータ」や「カルメン」、「リゴレット」の「ラ・ドンナ・エ・モビレ」などの有名オペラのアリアでした。残念と言えば残念ですが、それはそれで楽しめました。

歌うのはウエイターのうちの二人とウエートレスの二人の計4人。第一線のオペラ歌手とは違いますが、間近で聴く迫力はあり、なかなかのものでした。

 

ショーの流れは、まずは飲み物と前菜が供され、お客が前菜を食べ終わったころにアリア2・3曲。

   

メインディッシュが供され、またお客が食べ終わったころにアリア2・3曲。

 

デザートが供され、またお客が食べ終わったころに数曲連続でデュエットやカルテットで歌われます。また、観客に一緒に歌うように促すこともあります。

 

 

今は楽譜もタブレットにロードして演奏できるのですね。タブレットであれば楽譜を照らす照明器具が必要なくて、暗い環境でも便利ですね。ピアニストの人がタブレットを使っていたので感心しました。

ディナーのコースはいくつかありますが、どれも美味しかったです。まあ、舌鼓を打つほどではないかもしれませんが。ディナーを美味しくいただきながら、オペラ(のさわり)を間近で堪能できる良い体験だと思います。

このレストラン「La Castafiore」はColonという地下鉄の駅から徒歩5分くらいのところにあります。RenfeのRecoloetos駅からも近いです。オペラを気軽に楽しみたいというか単位はお勧めですので、ぜひ立ち寄ってみてください。

 

観光名所など「スペイン旅行記~マドリード(2)観光名所その1」へ続く


スペイン・アンダルシア旅行記(1)

スペイン・アンダルシア旅行記(2):セビリア

スペイン・アンダルシア旅行記(3):モンテフリオ(グラナダ県)

スペイン・アンダルシア旅行記(4):グラナダ

スペイン・アンダルシア旅行記(5):グアディックス(グラナダ県)

スペイン・アンダルシア旅行記 II(1):マラガ

スペイン・アンダルシア旅行記 II(2):グラナダ~アルハンブラ宮殿

スペイン・アンダルシア旅行記 II(3):シエラネヴァダ山脈

スペイン・アンダルシア旅行記 II(4):アルメリア

スペイン・アンダルシア旅行記 II(5):カボ・デ・ガータ(アルメリア県)

スペイン・アンダルシア旅行記 II(6):アルムニエーカル

 


書評:横山秀夫著、『クライマーズ・ハイ』(文春文庫)

2018年10月06日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『クライマーズ・ハイ』は2003年1月に発表され、2006年に文庫化された作品。

第一ハング

主人公は北関東新聞の古参記者・悠木。現在の年齢は52歳。17年前の1985年に同僚の元クライマー・安西に誘われ、谷川岳に屹立する衝立岩に挑戦する筈でしたが、彼と待ち合わせしていたその日、御巣鷹山で日航機が墜落し、悠木は全権デスクを命じられて、安西との約束を守れませんでした。一方安西の方は、当日午前2時に繁華街で倒れているところを発見されて病院に運ばれ、そのまま意識が戻らず、植物状態に。「下りるために登るんさ」という謎の言葉を残して――。悠木は安西の息子と今衝立岩に挑戦します。17年前の出来事やそれ以前の彼の過去がフラッシュバックし、大半のページが過去に割かれます。日航機事故を彼がどう思い、全権デスクとして社内政治に翻弄されつつどう切り盛りして紙面を作っていったか。その一方で、安西の最後の日の足取りも追っていきます。また、以前に事故とも自殺ともとれる形で新米記者を死なせてしまったこと、その事件が悠木の身の振り方に与えた影響なども回想します。記者として、夫として、父として、友としての苦悩、怖れ、義憤、怒りなどが比較的淡々と描写されています。

そして、山登りを通じて、安西の息子の心細さを救い、悠木の息子・淳との親子関係を改善し、自分自身の過去を逡巡しつつも徐々に克服していく様子には山登りなどしない私でも共感できます。   

1985年の日航機墜落事故は私も朧気ではありますが、覚えています。生存者の一人だった少女がかなり取り沙汰されていたように記憶しています。あれからいくつも飛行機墜落事故があり、大勢の方がなくなりましたが、それでも520人亡くなった日航機墜落事故の規模を上回る墜落事故はなかったように思います。

作品中で20歳の女性の口を借りて「軽い命と重い命がある」という問いかけはマスコミばかりでなく、私たち一人一人が自分に問いかけ考えて行かなければならないと感じました。例えば、2001年9月11日の飛行機2機を用いたテロで約5000人の方が亡くなりました。追悼報道は言うまでもなくたくさんあり、遺族たちのためにたくさんの義援金が集まり、911の犠牲者を悼み、アメリカに同情する空気が作られて行ったのをよく覚えています。でも、その後に続いたオサマ・ビン・ラデンを追い落とし、テロリストを殲滅戦とアフガニスタンに乗り込んだ米軍を始めとする有志連合軍の攻撃で亡くなった多くの罪のない人々に対してはどうでしょうか。   

2010年代になって「イスラム国」のテロがネットの普及と共に世界中に頻発するようになり、一件一件は犠牲者も数人から数十人で規模こそ小さいですが、そのテロが欧米で起これば大きく報じられ、「イスラム国」に対する憎しみが増長されます。しかし、そうしたテロがほぼ日常的に起こっているアフガニスタンやイラクなどでテロがあっても欧米人や日本人が関わってなければニュースは軽く流されるだけです。日本では報道すらされないかもしれません。こうしたテロの犠牲者たちの命は確かに軽く扱われているとしか言いようがありません。そして大抵の人は関係のない「対岸の火事」としか捉えず、数日もすれば忘れてしまいます。私はそれが悪いと言うつもりはありません。世界中に溢れる悲惨な死・死・死・死・死。身近な人の死以外の多くの死を一々真剣に受け止めていられるほど人間の精神は強くないので、一種の自己防衛手段として感覚が鈍化し、麻痺するようにできているのではないかと考えられるからです。   

けれども、時として立ち止まって考え、命の尊さを噛み締め、命は数字では計れないということを改めて想起し、感覚を研ぎ澄ます必要はあると思います。   

そういうことを考えさせられる作品でした。   


書評:横山秀夫著、『第三の時効』(集英社e文庫)

書評:横山秀夫著、『64(ロクヨン) 上・下巻』(文春e文庫)

書評:横山秀夫著、D県警シリーズ『陰の季節』&『刑事の勲章』(文春e文庫)

書評:横山秀夫著、『臨場』(光文社文庫)

書評:横山秀夫著、『深追い』(実業之日本社文庫)

書評:横山秀夫著、『動機』(文春文庫)

書評:横山秀夫著、『半落ち』(講談社文庫)

書評:横山秀夫著、『顔 Face』(徳間文庫)~D県警シリーズ


 
 
 


書評:松本清張著、『点と線』(文春e-book)

2018年10月05日 | 書評ー小説:作者ハ・マ行

ミステリーの大御所・松本清張の名作『点と線』(1957)は私にとって多くの題名だけ知っている作品の1つでしたが、ついに自ら読む機会に恵まれました。

この作品では最初に犯人と思しき人物・安田辰夫が登場し、次に彼の馴染みの店の係女中お時と、汚職事件捜査の渦中にある省庁の課長補佐・佐山憲一が博多の玄界灘で青酸カリによる情死体となって発見されます。推理するべきは真犯人ではなく、問題の安田の完璧なアリバイを崩し、動機は何であったか、汚職事件との関係があるのかないのかを探ることです。「情死」扱いなので捜査本部などは立てられず、納得がいかない一握りの刑事たち疑問点を追及していき、雲を掴むような話から刑事の「カン」を活かして徐々に真相に迫っていく展開。鉄道および飛行機の時刻表(昭和32年のダイヤ)が駆使される緻密なトリックが面白いですね。

警視庁の刑事と地方警察著の刑事が手紙や電報でやり取りしていたりして時代を感じさせます。文体や細かな言葉遣いなども格調高い感じで、今風の小説とは全然雰囲気が違うのも興味深いです。


書評:川口俊和著、『思い出が消えないうちに』(サンマーク出版)

2018年10月03日 | 書評ー小説:作者カ行

『コーヒーが冷めないうちに』、『このウソがばれないうちに』に続く第3弾『思い出が消えないうちに』(2018年9月19日発行)は、舞台が函館に移ります。『コーヒーが冷めないうちに』の第4話「親子」で時田計が娘に会いに未来へ移動した時、夫の流とその従妹・数は北海道に行っているということでしたが、その北海道時代が語られます。北海道函館市にも時間移動できる喫茶店があり、店の名は「喫茶ドナドナ」。店長は流の母・時田ユカリですが、彼女が店を訪れたアメリカ人の少年と行方不明になった彼の父親を探すために渡米してしまい、やむなく流と数がユカリ不在の間「喫茶ドナドナ」の営業を継続することになったわけです。そこでコーヒーを入れてお客を過去または未来へ送り出すのは時田数の娘・幸(7)。収録作品は4編。

第1話「ばかやろう」が言えなかった娘の話
第2話「幸せか?」と聞けなかった芸人の話
第3話「ごめん」が言えなかった妹の話
第4話「好きだ」と言えなかった青年の話

どれも切なくて、だけどそれぞれの悲劇を乗り越えて未来に向かって生きていく希望が見えるエピソードです。

不在の時田ユカリは全編を通して存在感を発揮しており、前作には全く登場していなかったので少々唐突感がなくはないのですが、「なにもの?!」「千里眼?!」と驚くようなタイミングでハガキを出したり、人を紹介したりします。全編を通して幸が夢中になって周囲の人を相手に質問する本、「もし、明日、世界が終わるとしたら? 100の質問」も実はユカリの著書だったというからびっくりです。そのあとがきに記されているという

「私は思う。人の死自体が、人の不幸の原因になってはいけない。なぜなら、死なない人はいないからだ。死が人の不幸の原因であるならば、人は皆不幸になるために生まれてきたことになる。そんなことは決してない。人は必ず幸せになるために生まれてきているのだから…」

これは作品全体に貫かれている思想であり、著者のコアメッセージでもあると思います。

それにしても、腑に落ちない点は、東京で営業している喫茶店「フニクリフニクラ」は創業が明治時代とのことで、こちらが本店ということになるのでしょうが、こちらの店長をしている時田流の母親がなぜ函館市の「喫茶ドナドナ」の店長なのかという点ですね。その辺の経緯はもしかしたら次作で語られることになるのかなと思わなくもないですが。このシリーズはタイムトラベルする人たちのドラマであると同時に時田家サーガでもあると考えられるので、スピンオフとして「すべての始まり~フニクリフニクラ創業奇譚」みたいなのや、「函館物語~ドナドナ創業奇譚」みたいなのも読んでみたいと思いますね。


書評:川口俊和著、『コーヒーが冷めないうちに』&『この嘘がばれないうちに』(サンマーク出版)


書評:池井戸潤著、『下町ロケット ヤタガラス』(小学館)

2018年10月03日 | 書評ー小説:作者ア行

マドリード旅行から帰って、片付けもしないまま読み出して止まらなくなってしまった『下町ロケット ヤタガラス』。旅行の行きと帰りに読んだ本を含め3冊分一気に書評を書く羽目に…

ロケット計画で付き合いの長い財前がヤタガラスの打ち上げを最後に異動になり、そこで立ち上げた衛星ヤタガラスによって可能になった精確な位置情報を利用した無人農耕機プロジェクトに佃製作所が参加することになってしましたが、財前の属する派閥と対立する的場がプロジェクトの総責任者となり、佃製作所が供給する筈だったエンジンとトランスミッションを内製化することを決定し、佃製作所はまたしてもピンチに陥りますが、プロジェクトのキーテクノロジーであるヴィークル・ロボティクスを供給する北大教授の試作機に協力することで、農耕機用のエンジンおよびトランスミッションの独自開発を進めます。

下町ロケット ゴースト』で佃製作所に助けられたのにもかかわらず、「ギアゴースト」社長・伊丹大は帝国重工の特に取締役的場俊一に復讐するために佃製作所のライバル社「ダイダロス」と手を組み、無人農耕機のプロジェクト「ダーウィン」で帝国重工の無人農耕機のプロジェクトに対立します。

いくつもの対立関係が絡み合い、緊迫感溢れるストーリー展開で目が離せません。最後に「日本の農業を救おう」という理念が貫かれるところが素晴らしいですね。改めて見直される下町の人情、使う人のことを考えるものづくりの姿勢が現実に取り戻されればどんなにいいかと、変に捻じれた日本経済を余計憂えてしまうことになるかもしれませんが、ひとまずは池井戸潤的カタルシスを存分に味わえる作品です。


書評:池井戸潤著、『七つの会議』(集英社文庫)

書評:池井戸潤著、『アキラとあきら』(徳間文庫)

書評:池井戸潤著、『架空通貨』(講談社文庫)~江戸川乱歩賞受賞作品

書評:池井戸潤著、『シャイロックの子供たち』(文春文庫)

書評:池井戸潤著、『かばん屋の相続』(文春文庫)

書評:池井戸潤著、『株価暴落 』(文春文庫)

書評:池井戸潤著、『BT’63 上・下』(講談社文庫)

書評:池井戸潤著、『民王』(文春文庫)

書評:池井戸潤著、『金融探偵 』(徳間文庫)

書評:池井戸潤著、『ルーズヴェルト・ゲーム』(講談社文庫)

書評:池井戸潤著、『銀行仕置人』(双葉文庫)

書評:池井戸潤著、『鉄の骨』(講談社文庫)~第31回吉川英治文学新人賞受賞作

書評:池井戸潤著、『果つる底なき』(講談社文庫)~第44回江戸川乱歩賞受賞作

書評:池井戸潤著、『ようこそ、わが家へ』(小学館文庫)

書評:池井戸潤著、『花咲舞が黙ってない 』(中公文庫)

書評:池井戸潤著、『銀翼のイカロス』(文春文庫)

書評:池井戸潤著、『下町ロケット ガウディ計画』(小学館文庫)

書評:池井戸潤著、『下町ロケット ゴースト』(小学館)


書評:島田荘司著、『御手洗潔と進々堂珈琲』(新潮文庫)

2018年10月03日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『御手洗潔と進々堂珈琲』(新潮文庫)はマドリードから帰国する途中で読みました。なにせ12時間以上の長旅になってしまったので本を読む時間はたっぷりありました。

『御手洗潔と進々堂珈琲』は御手洗シリーズ第27作目の『進々堂世界一周 追憶のカシュガル』を改題したもので、「進々堂ブレンド1974」、「シェフィールドの奇跡」、「戻り橋と悲願花」、「追憶のカシュガル」の4編が収録されている短編集です。語り手は兄弟を目指す予備校生のサトル。京大傍の珈琲店「進々堂」に通い、世界一周の旅を終えた若き御手洗との思い出を語ります。「進々堂ブレンド1974」ではサトル自身の甘酸っぱい失恋譚が語られ、それに対する御手洗のコメントにサトルが救われる、というような内容です。その他3篇はすべて御手洗の体験が語られます。「シェフィールドの奇跡」では障害者に対する社会の在り方を問い、学習障害を抱えた男の子が重量挙げの選手になるエピソード、「戻り橋と悲願花」では第二次世界大戦で日本軍に徴用された朝鮮人たちの悲哀と【風船爆弾】にまつわるエピソード、「追憶のカシュガル」ではシルクロードの街カシュガルで御手洗が出会ったパン売りの少年と路上生活をする老人のエピソード。老人が語るのは第一次世界大戦後のカシュガルが世界中のスパイで溢れていた頃の、舞姫への恋心と仲良くなった日本人アキヤマへの嫉妬と、その悲しい結末。どれもミステリー色が一切ない追想ですが、味わい深く切ないエピソードです。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

書評:島田荘司著、『占星術殺人事件 改訂完全版』(講談社文庫)

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書評:島田荘司著、『上高地の切り裂きジャック』(文春文庫)

2018年10月03日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

御手洗シリーズ第17作目『上高地の切り裂きジャック』はマドリード行きの飛行機の中で読みました。

腹を横一文字に切り裂かれ、内臓のかわりに石が詰め込まれた女優の死体が上高地で見つかり、浮上した最有力容疑者には鉄壁のアリバイがあるという厄介な事件の話です。膣から検出された精子は強姦殺人を意味するのか、死姦を意味するのかといった問題も浮上します。北欧にいる御手洗は死体の写真に写っていた蛆の状態から謎を解くという中編です。

「切り裂きジャック」というタイトルからつい連続殺人犯を連想してしまいましたが、殺人事件は1件だけで、腹を切り裂いて内蔵を取ったという意味では猟奇性がありますが、動機は結構平凡な感じなので、タイトルから連想されるイメージと作品の結末が全く噛み合っていないという違和感が否めません。

その点を除けばとても面白い展開でした。

横浜時代の御手洗が活躍する中編『山手の幽霊』も収録されています。怪談が多く、野狐の祟りがあるという噂の山手に建つ一軒家で、医学生の正木幸一が入居前に完全に塞いだはずの地下室から一か月後ほどして死体が発見され、警察が事件を持て余して御手洗を頼るところから物語が始まります。発見された死体は家を正木に譲った前所有者でした。持ち主および住人が次々と亡くなっている件の家にはどんな謎があるのか。その謎について考えている御手洗のところへ根岸線の運転手の奥さんがやってきて、その運転手がある日の終電で体験した怪奇について話します。その日のうちに御手洗は怪奇事件以来臥せっているという根岸線の運転手のところに押しかけ、一挙に二つの事件の関連性を認識し、解決に持ち込みます。幽霊の正体は、人の執念のたまものと言ったところでしょうか。なんともやるせないエピソードでした。

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