『金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件』(1946)はタイトルすら知らなかった作品ですが、密室殺人トリックの登場するなかなか面白い「いかにも」なミステリーです。東西ミステリーベスト100(2012)の10位に入っているのもうなずけます。
事件は昭和12年、岡山県だかの田舎で名家・一柳家の当主の婚姻の晩に起こります。本陣の末裔だという一柳家で起こった事件では、飯屋で一柳家への道を聞いたみすぼらしい風体の三つ指の男が取り沙汰されたり、当主の「生涯の仇敵」なる者が登場したり、分家の者の思惑だとか、何やらいろいろな妖しい事実でミスリードされますが、アメリカ帰りの金田一耕助が謎を解くと「なあんだ」という感じです。ただ、殺人の動機として、根底に凄まじい男尊女卑プラス潔癖症があり、時代と田舎という環境を鑑みれば、それがあり得るのかも知れませんが、現代的男女平等感覚では受け入れがたいものがありますね。ミステリーとしての面白さはそれによって減るわけではありませんが。
この本には他に『車井戸はなぜ斬る』と『黒猫亭事件』の2作品が収録されています。
『車井戸はなぜ斬る』は昭和21年に本位田家という名家で起きた事件で、本位田家の病弱だけど観察眼の鋭い17歳の娘が結核療養所で静養中の兄(次男)に宛てた手紙をベースに語られます。本位田家の先々代・先代当主がやり手で、その昔は並び称されていた3つの名家の中で唯一羽振りのよい家として残り、他の2家は凋落したことによって買った恨みや、先代当主の不倫によって本位田家本家と凋落した秋月家にひと月違いでうり二つの息子が生まれ、それを苦にした病がちな秋月家当主が自殺し、1年後に息子を親戚に預けた後に妻も後追い自殺(両者とも車井戸で)するという不幸な経緯が事件の遠因となっています。戦地から復員した特に目を失って復員した本位田家長男にして現当主が果たして本人なのか、戦地で一緒だったが戦死したという秋月家の息子が入れ替わっているのかといった疑惑の中から生まれた不幸な事件です。
金田一耕助の活躍はなく、ただこの娘さんの書簡やその他の資料を入手したので、探偵小説かである作者に渡しただけ、ということになっています。
これに対して、『黒猫亭事件』は「顔のない死体」というトリック(大抵加害者と被害者が入れ替わる)と「一人二役」という最後までばれてはいけないトリックを組み合わせた「事実は小説より奇なり」という設定のミステリーです。この作品中で何度か「獄門島」事件に言及されますが、時系列的には「獄門島」事件から時を置かず昭和22年に東京で起こった事件とのことです。このトリッキーなミステリーは前置きの通り、顔のない女性の死体が黒猫亭という酒場の裏手(雑木林がうっそうと生い茂る崖に三方を囲まれている)で掘り返されるところから始まります。その死体の身元確認が難航し、黒猫亭を最近売り払って神戸に行ったという夫婦の行方やその夫婦がそれぞれ持っていたらしい不倫の関係などが徐々に明らかになっていくわけですが、隠れた共犯者の供述や行動により捜査が攪乱されます。その絡まった糸を金田一耕助が解くパターンですが、動機は非常に陰惨で残酷無比な上、最後には真犯人自身も自殺するので、何とも後味の悪い作品でした。
横溝正史の本はこれで2冊目ですが、慣れない言葉遣いに結構戸惑っています。時代や出身地の違いもあるかと思いますが、ある意味日本語の勉強にもなります。たとえば「効顕いやちこ」。これは「霊験あらかた」と同じ意味らしいですが、今まで見たことも聞いたこともありませんでした。
次は『黒猫亭事件』で再三言及されていた『獄門島』を読むつもりです。『獄門島』は東西ミステリーベスト100(2012)で1位の作品です。