徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル7 夜歩く』(角川文庫)

2018年10月23日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『夜歩く』は非常に凝った構成の推理小説です。「三流探偵小説家」だという屋代寅太が一人称で語る古神家殺人事件。古神家は岡山県と鳥取県の県境に当たる山村一体の元領主。代々くる病(佝僂)が多く出る家系で、若き現当主守衛(もりえ)も佝僂。そして代々家令を務めていた仙谷家の現当主鉄之進は古神家前当主の後妻お柳と関係を持ち、実質上古神家の実権を握っています。その鉄之進の息子直記が語り手屋代寅太の友人という設定です。物語に因縁めいた古い家系を持ち出すのはいかにも横溝正史的かもしれません。しかし、この作品には蜂屋小市という画家で、佝僂の人がもう一人登場し、「首なし死体」となって古神守衛と身元入れ替えが行われます。また、『夜歩く』のタイトルが象徴するように夢遊病者も登場します。仙谷家が夢遊病の家系という設定です。鉄之進の夢中遊行とお柳の娘八千代の夢中遊行が事件の進展に大きな役割を果たします。この八千代が戸籍上は古神家の娘なのですが、夢中遊行の性癖から実は仙谷鉄之進の種ではないかという疑いがあることも複雑な人間関係と可能の縺れに大きな影響を与えています。

さて、この作品では、「首なし死体」というトリックが使われているばかりでなく、ネタバレになってしまいますが、「記録」として書かれているはずの屋代寅太の物語時代が実は「小説」であり、金田一耕助によって語り手の意図が喝破されてしまったので、途中から「敗北」を認めて真実の告白に変わるというどんでん返しがあります。つまり、途中までは「作中作」が提示されているわけですね。ストーリーの前提自体がひっくり返されることになるので、インパクトはかなり大きく、実に面白いですね。「転」は「転」でも「異次元転換」と言えます。実は殺人犯自身が語り手だったというオチは、アガサ・クリスティーの『終わりなき夜に生まれつく(Endless Night)』を彷彿とさせます。

登場人物たちの「不遇者」に対する露骨な差別意識が気にはなりますが、そういう差別意識を持つ人は現代でも少なからずいる現実を鑑みれば、「現実の人間らしさ」を表現しているともいえます(残念ながら)。なので作品中の差別的表現に目くじら立てるのは野暮ですし、無意味だと思います。


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