徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:川口俊和著、『思い出が消えないうちに』(サンマーク出版)

2018年10月03日 | 書評ー小説:作者カ行

『コーヒーが冷めないうちに』、『このウソがばれないうちに』に続く第3弾『思い出が消えないうちに』(2018年9月19日発行)は、舞台が函館に移ります。『コーヒーが冷めないうちに』の第4話「親子」で時田計が娘に会いに未来へ移動した時、夫の流とその従妹・数は北海道に行っているということでしたが、その北海道時代が語られます。北海道函館市にも時間移動できる喫茶店があり、店の名は「喫茶ドナドナ」。店長は流の母・時田ユカリですが、彼女が店を訪れたアメリカ人の少年と行方不明になった彼の父親を探すために渡米してしまい、やむなく流と数がユカリ不在の間「喫茶ドナドナ」の営業を継続することになったわけです。そこでコーヒーを入れてお客を過去または未来へ送り出すのは時田数の娘・幸(7)。収録作品は4編。

第1話「ばかやろう」が言えなかった娘の話
第2話「幸せか?」と聞けなかった芸人の話
第3話「ごめん」が言えなかった妹の話
第4話「好きだ」と言えなかった青年の話

どれも切なくて、だけどそれぞれの悲劇を乗り越えて未来に向かって生きていく希望が見えるエピソードです。

不在の時田ユカリは全編を通して存在感を発揮しており、前作には全く登場していなかったので少々唐突感がなくはないのですが、「なにもの?!」「千里眼?!」と驚くようなタイミングでハガキを出したり、人を紹介したりします。全編を通して幸が夢中になって周囲の人を相手に質問する本、「もし、明日、世界が終わるとしたら? 100の質問」も実はユカリの著書だったというからびっくりです。そのあとがきに記されているという

「私は思う。人の死自体が、人の不幸の原因になってはいけない。なぜなら、死なない人はいないからだ。死が人の不幸の原因であるならば、人は皆不幸になるために生まれてきたことになる。そんなことは決してない。人は必ず幸せになるために生まれてきているのだから…」

これは作品全体に貫かれている思想であり、著者のコアメッセージでもあると思います。

それにしても、腑に落ちない点は、東京で営業している喫茶店「フニクリフニクラ」は創業が明治時代とのことで、こちらが本店ということになるのでしょうが、こちらの店長をしている時田流の母親がなぜ函館市の「喫茶ドナドナ」の店長なのかという点ですね。その辺の経緯はもしかしたら次作で語られることになるのかなと思わなくもないですが。このシリーズはタイムトラベルする人たちのドラマであると同時に時田家サーガでもあると考えられるので、スピンオフとして「すべての始まり~フニクリフニクラ創業奇譚」みたいなのや、「函館物語~ドナドナ創業奇譚」みたいなのも読んでみたいと思いますね。


書評:川口俊和著、『コーヒーが冷めないうちに』&『この嘘がばれないうちに』(サンマーク出版)


書評:池井戸潤著、『下町ロケット ヤタガラス』(小学館)

2018年10月03日 | 書評ー小説:作者ア行

マドリード旅行から帰って、片付けもしないまま読み出して止まらなくなってしまった『下町ロケット ヤタガラス』。旅行の行きと帰りに読んだ本を含め3冊分一気に書評を書く羽目に…

ロケット計画で付き合いの長い財前がヤタガラスの打ち上げを最後に異動になり、そこで立ち上げた衛星ヤタガラスによって可能になった精確な位置情報を利用した無人農耕機プロジェクトに佃製作所が参加することになってしましたが、財前の属する派閥と対立する的場がプロジェクトの総責任者となり、佃製作所が供給する筈だったエンジンとトランスミッションを内製化することを決定し、佃製作所はまたしてもピンチに陥りますが、プロジェクトのキーテクノロジーであるヴィークル・ロボティクスを供給する北大教授の試作機に協力することで、農耕機用のエンジンおよびトランスミッションの独自開発を進めます。

下町ロケット ゴースト』で佃製作所に助けられたのにもかかわらず、「ギアゴースト」社長・伊丹大は帝国重工の特に取締役的場俊一に復讐するために佃製作所のライバル社「ダイダロス」と手を組み、無人農耕機のプロジェクト「ダーウィン」で帝国重工の無人農耕機のプロジェクトに対立します。

いくつもの対立関係が絡み合い、緊迫感溢れるストーリー展開で目が離せません。最後に「日本の農業を救おう」という理念が貫かれるところが素晴らしいですね。改めて見直される下町の人情、使う人のことを考えるものづくりの姿勢が現実に取り戻されればどんなにいいかと、変に捻じれた日本経済を余計憂えてしまうことになるかもしれませんが、ひとまずは池井戸潤的カタルシスを存分に味わえる作品です。


書評:池井戸潤著、『七つの会議』(集英社文庫)

書評:池井戸潤著、『アキラとあきら』(徳間文庫)

書評:池井戸潤著、『架空通貨』(講談社文庫)~江戸川乱歩賞受賞作品

書評:池井戸潤著、『シャイロックの子供たち』(文春文庫)

書評:池井戸潤著、『かばん屋の相続』(文春文庫)

書評:池井戸潤著、『株価暴落 』(文春文庫)

書評:池井戸潤著、『BT’63 上・下』(講談社文庫)

書評:池井戸潤著、『民王』(文春文庫)

書評:池井戸潤著、『金融探偵 』(徳間文庫)

書評:池井戸潤著、『ルーズヴェルト・ゲーム』(講談社文庫)

書評:池井戸潤著、『銀行仕置人』(双葉文庫)

書評:池井戸潤著、『鉄の骨』(講談社文庫)~第31回吉川英治文学新人賞受賞作

書評:池井戸潤著、『果つる底なき』(講談社文庫)~第44回江戸川乱歩賞受賞作

書評:池井戸潤著、『ようこそ、わが家へ』(小学館文庫)

書評:池井戸潤著、『花咲舞が黙ってない 』(中公文庫)

書評:池井戸潤著、『銀翼のイカロス』(文春文庫)

書評:池井戸潤著、『下町ロケット ガウディ計画』(小学館文庫)

書評:池井戸潤著、『下町ロケット ゴースト』(小学館)


書評:島田荘司著、『御手洗潔と進々堂珈琲』(新潮文庫)

2018年10月03日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

『御手洗潔と進々堂珈琲』(新潮文庫)はマドリードから帰国する途中で読みました。なにせ12時間以上の長旅になってしまったので本を読む時間はたっぷりありました。

『御手洗潔と進々堂珈琲』は御手洗シリーズ第27作目の『進々堂世界一周 追憶のカシュガル』を改題したもので、「進々堂ブレンド1974」、「シェフィールドの奇跡」、「戻り橋と悲願花」、「追憶のカシュガル」の4編が収録されている短編集です。語り手は兄弟を目指す予備校生のサトル。京大傍の珈琲店「進々堂」に通い、世界一周の旅を終えた若き御手洗との思い出を語ります。「進々堂ブレンド1974」ではサトル自身の甘酸っぱい失恋譚が語られ、それに対する御手洗のコメントにサトルが救われる、というような内容です。その他3篇はすべて御手洗の体験が語られます。「シェフィールドの奇跡」では障害者に対する社会の在り方を問い、学習障害を抱えた男の子が重量挙げの選手になるエピソード、「戻り橋と悲願花」では第二次世界大戦で日本軍に徴用された朝鮮人たちの悲哀と【風船爆弾】にまつわるエピソード、「追憶のカシュガル」ではシルクロードの街カシュガルで御手洗が出会ったパン売りの少年と路上生活をする老人のエピソード。老人が語るのは第一次世界大戦後のカシュガルが世界中のスパイで溢れていた頃の、舞姫への恋心と仲良くなった日本人アキヤマへの嫉妬と、その悲しい結末。どれもミステリー色が一切ない追想ですが、味わい深く切ないエピソードです。

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書評:島田荘司著、『火刑都市』(講談社文庫)

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書評:島田荘司著、『上高地の切り裂きジャック』(文春文庫)

2018年10月03日 | 書評ー小説:作者サ・タ・ナ行

御手洗シリーズ第17作目『上高地の切り裂きジャック』はマドリード行きの飛行機の中で読みました。

腹を横一文字に切り裂かれ、内臓のかわりに石が詰め込まれた女優の死体が上高地で見つかり、浮上した最有力容疑者には鉄壁のアリバイがあるという厄介な事件の話です。膣から検出された精子は強姦殺人を意味するのか、死姦を意味するのかといった問題も浮上します。北欧にいる御手洗は死体の写真に写っていた蛆の状態から謎を解くという中編です。

「切り裂きジャック」というタイトルからつい連続殺人犯を連想してしまいましたが、殺人事件は1件だけで、腹を切り裂いて内蔵を取ったという意味では猟奇性がありますが、動機は結構平凡な感じなので、タイトルから連想されるイメージと作品の結末が全く噛み合っていないという違和感が否めません。

その点を除けばとても面白い展開でした。

横浜時代の御手洗が活躍する中編『山手の幽霊』も収録されています。怪談が多く、野狐の祟りがあるという噂の山手に建つ一軒家で、医学生の正木幸一が入居前に完全に塞いだはずの地下室から一か月後ほどして死体が発見され、警察が事件を持て余して御手洗を頼るところから物語が始まります。発見された死体は家を正木に譲った前所有者でした。持ち主および住人が次々と亡くなっている件の家にはどんな謎があるのか。その謎について考えている御手洗のところへ根岸線の運転手の奥さんがやってきて、その運転手がある日の終電で体験した怪奇について話します。その日のうちに御手洗は怪奇事件以来臥せっているという根岸線の運転手のところに押しかけ、一挙に二つの事件の関連性を認識し、解決に持ち込みます。幽霊の正体は、人の執念のたまものと言ったところでしょうか。なんともやるせないエピソードでした。

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