徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル6 人面瘡』(角川文庫)

2018年10月21日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『人面瘡』というタイトルにも覚えがありました。横溝正史の作品とは思ってなかったのですけど、恐らく何かの小説かマンガで言及されていたのではないかと思います。この角川文庫には表題作のほか、『睡れる花嫁』、『湖泥』、『蜃気楼島の情熱』、『蝙蝠と蛞蝓』が収録されています。短編のせいかどれも舞台設定や関係者の背後関係の設定が比較的単純です。

『睡れる花嫁』は、以前結核で亡くなった妻を何日も愛撫し続けたという男が使っていたアトリエから話が始まり、この男が出所した後に次々と裏若い女性が花嫁衣装を着せられた死体となって発見されるという事件です。「前科」があるから同じことを繰り返すという偏見・決めつけを利用した殺人事件で、問題の男はただ濡れ衣を着せられただけです。

『湖泥』は、田舎の村の何世代にもわたって対立する二家「北神家」・「西神家」のドロドロした怨念によって起こった事件であるかのように話が始まりますが、実は全然関係なかったというちょっと拍子抜けするストーリーです。両家には同じ年頃の息子がおり、西神家の方にお世話になっていた御子柴由紀子が北神家の息子浩一郎と結婚することになって西神家の方が横槍を入れていた状況の中、村の祭りの夜から由紀子が行方不明になり、その後死体で発見されます。また不在にしていたはずの村長の妻も実は殺されていることが発覚して事件が少々複雑化します。

この作品では金田一耕助が犯人に自白させるために「かまをかける」ということをしているのが印象的でした。

『蜃気楼島の情熱』は、アメリカ帰りの志賀恭三という人が島を買って建てたという竜宮城が舞台です。金田一耕助はパトロン的存在の久保銀造に年に一度の挨拶に来ていたところで、銀造の友人である志賀恭三の竜宮城を見せてもらうことになっていました。約束の日、たまたま恭三の親戚に不幸があり、お通夜を終えてから銀造と金田一耕助を案内することになりましたが、その通夜の席で亡くなった滋というその家の息子が実は恭三の妻である静子と結婚後も関係を続けていたということが暴露されます。そしてその夜、妻・静子は殺され、翌朝発見されることになります。

恭三はアメリカにいたころに妻殺しの容疑をかけられて拘留されたことがあり、その過去は地元の人たちに広く知られていることでした。ただし、「妻殺しをした」と誤解されていたようですが。この事件も『睡れる花嫁』同様「前科」があるから同じことを繰り返すという偏見・決めつけを利用した殺人事件で、恭三は濡れ衣を着せられるわけですが、金田一耕助がそばにいたため早急に濡れ衣は晴らされます。

『蝙蝠と蛞蝓』は金田一耕助の住むアパートの隣人の一人称で書かれた作品です。うだつの上がらないもじゃもじゃ頭を「蝙蝠」に譬えて毛嫌いし、なにか彼をぎゃふんと言わせるようなことをしようと思い立ち、それ以前から毛嫌いしている「蛞蝓女」を殺してしまい、耕助に濡れ衣を着せて困らせると言った筋の小説を書きかけます。翌朝本人はその小説をくだらなく思ってそのまま引き出しにしまって放置するのですが、本人が忘れたころに「蛞蝓女」が実際に殺されてしまい、自分が容疑者として逮捕される羽目になります。結局彼の書きかけた小説自体が事件解決のカギとなります。最後に「蝙蝠が好きになった」というところが珍しくユーモラスな感じがしました。

『人面瘡』は、難事件を解決した金田一と磯川が静養に来ていた「薬師の湯」という湯治場が舞台。その夜、用足しに目覚めた金田一は、月明かりの中を歩く夢遊病の女を目撃します。床に戻った金田一は、しかし磯川の呼びかけによって再び目を覚し、宿の女中・松代が睡眠薬自殺を図ったと知らされます。松代は一命を取り留めたが、不可解な遺書を残しており、妹の由紀子を二度も殺したと告白していました。人面瘡は松代の脇の下にできていました。間もなく由紀子は稚児が淵で溺死体で発見されます。死亡時間から松代の犯行でないことは確かでした。では松代の罪業感はどこから来るのか?由紀子はどういう人物で、また彼女を追って来たらしい顔に火傷のある男の正体は?

話が進むうちに由紀子の底意地の悪い業の深さが徐々に明らかになっていき、被害者なのにあまり同情できないような感じになります。真犯人は死亡し、松代は人面瘡から解放されて、宿の跡取り貞二と結婚が決まるというハッピーエンド。

これら5作に共通しているのは、意地悪く業の深い女が大きな役割を果たすところでしょうか。真犯人そのものであったり、犯罪の焚き付け役であったり、犯罪を誘発して被害者になったりと役どころはそれぞれ違ってはいますが、「女って怖い」というイメージが非常に色濃い作品群だと思いました。


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル1 八つ墓村』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル3 獄門島』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル4 悪魔が来りて笛を吹く』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル5 犬神家の一族』(角川文庫)


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル5 犬神家の一族』(角川文庫)

2018年10月21日 | 書評ー小説:作者ヤ・ラ・ワ行

『犬神家の一族』(1950)もタイトルだけ知っている作品のひとつでした。今までどんな話なのかという粗筋すら知らなかったのですが、なんというかドロドロですね。

犬神財閥の創始者犬神佐兵衛が生涯正妻を持たず、3人の側室を置いて、その三人にそれぞれ娘が一人ずつ、松子・竹子・梅子の異母姉妹。これだけでもすでに複雑な家庭環境と言えるのに、娘たちが結婚してまたは結婚を控えていた頃に老いらくの恋をしたとかでわが子たちよりも若い娘にうつつを抜かした挙句に息子まで産ませ、この母子は松竹梅姉妹に追い詰められて失踪。また、犬神佐兵衛がそもそも実業家として成功できたのはひとえに那須神社の神官、野々宮大弐のおかげだったということがあり、大弐の孫である珠世が祖父母両親を失うと、彼女を犬神家に引き取り、自分の娘たちや孫たちよりも可愛がったという歪みっぷり。そして残された遺言状は、この珠世に全財産を相続させるというもの。ただし、珠世は松竹梅姉妹の息子たち佐清(すけきよ)・佐武(すけたけ)・佐智(すけとも)のうちの誰かと結婚しなければならない。また、珠世が死んだ場合は行方不明になっている佐兵衛の息子・青沼静馬が条件に応じて一部~全部を相続することになるという争いが起こらない方がおかしい不穏な状況。佐清が復員してきて、顔に大けがを負ったために往時の顔に似せたマスクを着けて帰郷したという事情も一家の中で疑心暗鬼を生じさせずにはいませんでした。

しかし第一の殺人の犠牲者は犬神家の者ではなく、犬神家の相続にかかわる法律事務所の弁護士の一人若林豊一郎で、金田一耕助に会って事情を話そうとした矢先に殺されてしまいます。その後、犬神家の家宝に関わる斧(よき)・琴(こと)・菊(きく)(=「良きこと聞く」という祝言でもある)と関連付けられた連続殺人が行われ、「ほら言わんこっちゃない」という事態に発展してしまいます。

犬神佐兵衛の過去の秘密がものすごい威力の爆弾のように白日の下にさらされるところも印象的ですが、松竹梅姉妹の父の愛人に対する所業の告白も相当陰惨です。

真犯人はそれほど意外な人物ではないのですが、本人のあずかり知らぬところで謎の共犯者があるらしいことが事件を複雑怪奇なものにしていたようで、あまり金田一耕助が素晴らしい推理で事件を解決に導いたという印象は受けません。例によって真犯人は自殺してしまいますが、最後に一つの恋が実るところは、ちょっとした救いになっているかもしれません。


書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル1 八つ墓村』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル2 本陣殺人事件』(角川文庫)

書評:横溝正史著、『金田一耕助ファイル3 獄門島』(角川文庫)

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